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私の好きな本①『三日間の幸福』

 私は2chのSSが好きだった。
 SSの存在を知ったのは学生の時で、閲覧できる端末も限られていたので、リアルタイムで追いかけたことは無かった。当時から嫌われていたまとめサイトで読んでいた。
 いま改めてSSとは何の略だと思い調べてみたら、当時から何の違和感も無く「えすえす」と読んでいたが、本当にそうらしい(pixiv百科辞典参照)。確かに全然短くない話もあったから妥当な定義か。
 SSは台本のようなキャラ名と台詞の羅列で出来ている。当時から小説を好んでいたが、この形式の物語は斬新で、学業の合間に読み漁っていた。と言っても、まとめられていた範囲のものしか読んでいないので、大量に読んでいたわけではない。クロスオーバーブーン系に関しては知識不足で手を出せなかったのもあって、SSを嗜んでいた方からしたらそれっぽっちかと鼻で笑われる量しか読んでいない。
 それでも当時読んでいた作品は今でも胸の中に残っているものばかりだ。お互いに仲間と思っていた存在から裏切られて最終的に手を組む勇者と魔王の話とか、魔王討伐のために文字通り体と精神を削った勇者一行の末路とか。そう、勇者と魔王の話を読むことが多かった。
 そんな中、私はとあるSSを見つけた。2chのSSにしては珍しく、普通の小説のように地の文と会話文とがはっきり分かれた形式のものだった。こんな形式の話もあるんだなと、なんだか逆転した感想を抱いたのを覚えている。
 そのSSの作者にはハンドルネームみたいなものがあったらしく、まとめサイトでもその人が書いた作品という形でまとめられていた。その人の作品は少し不思議な設定の作品が多くて、ファンタジーとはまた少し違う幻想的だけれど人間らしさの表れた物語に私は魅了された。
 そしてその人の作品とその人の名前が記憶の片隅に追いやられたくらいの年月が経ち、書店で同じ物語に再会した。

『三日間の幸福』


 書店で働いていた時の話。
 いつものように本を並べていたときのこと、ふと目に留まった本があった。今は無きその書店は瞑れるのも分かるくらい暇な店だったから、勤務中だったが手に取ってあらすじを読んだ。
 あらすじにはなんだか見たことのある単語が散りばめられていて、一番下には原題としてかつて読んだSSのタイトルが記載されていた。と言ってもすぐには気付けず、もやもやを抱えたまま帰宅してから原題を調べ、やっとはっきりと思い出した。
 当時読みふけっていた作者の、一番好きなSSだった。
 人生に躓いた主人公が、金に困って金策をしていると「寿命を買い取ってくれる店があるらしい」という噂を聞いた。半信半疑で教えられた場所に行くと、そこでは本当に寿命を買い取ってくれるらしい。査定をしてもらった結果、余命三十年で、三十万。一年につき一万というあまりに安すぎる結果と、この後に待ち受けている悲惨な人生を知って、主人公はほとんどの寿命を売ってしまった。そして過去に幸せを見出そうとするが、どうにも上手くいかない。幸福を求めて様々な挫折をした結果、今身近にある一番の幸福に気付くのだが――、これ以上語るのは野暮なのでこの辺りにしておく。
 このSSを初めて読んだ時の感想は、正直もう覚えていない。けれど相当な衝撃だったことは確かだろう、それまでずっと心のどこかにこの作品は眠っていたのだから。
 それからもう一度SSを読んで、他の作品も読んで、小説を買うことに決めた。買った日からすぐ読み始めて、SSだったとき以上の素晴らしさに胸を打たれた。
 けれど私が一番好きなのは、作品自体よりもこの本のあとがきである。
 勿論作品そのものも愛しているが、一番心に深く突き刺さったのは、この人自身から生まれた言葉だった。

あとがきについて


 皆さんは小説を読んだ後、あとがきを読むだろうか。私は毎回読んでいるので、読まない人の心理を想像できない。もし読んだことが無い、あまり読まないという方が居たら是非理由をお聞かせ願いたい。
 最初からあとがきや解説まで含めて一冊の本だと思っていたような気がするから、読み始めたきっかけというとまた違うのだろうが、間違いなく私をあとがき好きに仕立て上げてくれたのは時雨沢先生だろう。私の大好きな小説の一つ『キノの旅』では、毎回毎回ユニークなあとがきが仕込まれている。もはやどこにどんなあとがきが存在しているのかを確かめるために読んでいるまである(あとがきが小説の一番最後にあると思ったら大間違いだ)。
 比較的人生の早い段階で『キノの旅』と出会ったおかげで、あとがきを読まないという選択肢が考えられなくなった。故に『三日間の幸福』でもあとがきを読んだのだが、恐ろしく後ろ向きな希望がそこには書かれていた。
「具体的に何が書かれていたんだよ」という声が聞こえてくるようである。ごもっとも。しかしこれは私の口からは言いたくない。実際に『三日間の幸福』を読んだ後に触れることでしか得られない希望がそこにはあった。人によってはどこが希望だと言いたくなるような文言に見えるかもしれない。
 けれど私にとっては、紛れも無く希望に見えたのだ。

なぜこんな紹介の仕方をするのか


 私はネタバレが嫌いである。ネタバレをされるのは勿論嫌いだが、するのも同じくらい嫌いだ。
 本当は私の御託など聞かず「いいから読んでくれ」とごり押ししたいくらいなのだが、流石にそれで読んでくれるのは私の心優しい友人達だけである。私と縁もゆかりも無い方は絶対に読んではくれないだろう。
 故に、いやらしいやり方ではあるが好奇心を煽るだけ煽って放置という形をとらせてもらった。そんなに煽れてないという話もあるが、私にはこれが限界である。これ以上内容に触れるのは私の理念に反する。結局ごり押しの力を借りるしかないのかもしれない。

 読まないと人生を損するとは言わない。しかし、読んでくれた心優しい貴方に損をさせることはない、ということは、声を大にして主張したい。


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