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【小説】心霊カンパニア② 『クレア・サリエンス』

クレア・サリエンス




シャルル・ベルナール


 梓さんと古杣さんとの会話の間、シャルルは一人でいつの間にかテーブルの食器類を全部片づけ終わるところでした。ボクはなんだか申し訳ない気持ちになり洗い物だけでも手伝おうとしたんだけど、地に足をつけたとたんに痛みが走り足の怪我のことを忘れていた。

シャル、悪いけど千鶴ちゃんを部屋まで送ってくれないかい?俺は会長とまだ少し話があるから・・・後はやっとくし」

 そう言って親指をキッチンの方へと指し示す。

「OK」

 仲が良さそうな男の友情って雰囲気に、ボクは少し嫉妬した。

「あ、そうだ」

 シャルルはキッチンの方へと少し小走りで向かい、そして小走りで返ってきた。

「はい、これ。あげるね」

 筆談用のノートとサインペンやボールペンなどを手渡してくれた。ありがとうと言いたいのだけど、古杣さんじゃなきゃ伝わらないのだと再確認するように貰ったノートを一瞥いちべつし、両手の平を合わせ合掌の仕草で感謝の意を表した。シャルルも笑顔で合掌してくれて、なんだか少林寺拳法の試合前みたいになって変な感じになっちゃった。

 洋風の雰囲気にはピッタリだったシャルルが、今度はまた旅籠はたごの世界、和風空間の廊下へ入ると全く逆の違和感を感じながら新鮮な空気を一人で勝手に味わっていた。外国人さんが着物を着た画像を見たことがあるんだけど、そんな感じに新鮮でまぁ悪くはないんじゃない、って感覚。それに似てるかな。

 移動中にいくつかシャルルにも聞きたいことが沢山あるから、書き溜めておいた。部屋に着くと敷かれていた布団のシーツが新しいものに変わっていて、誰がやってくれたのだろうと不思議に思った。他にも人が居るのだろうかと。そんなことを一瞬考えながら、早速一つ目の質問をシャルルに見せた。

 <シャルルはどうしてここに来たの?>

 見せた瞬間、あっ、と気が付いた。流暢で上手な日本語を喋ってはいるけど、文字は読めるのかな?
 ボクは困惑しながらシャルルに向けて「OK?」と、OKサインを示すと、意図が伝わったのかOKサインが返ってきた。

「えっとねぇ、話せば長くなるんだけどねぇ。僕のおばあさん、日本のおばあさんはね、梓会長さんの叔母にあたる人なんだよ。そう、梓さんとは少し遠い親戚ってわけ。僕が8才ぐらいの頃だったかな?子供の頃にフランスの方で色々と問題がおきて、こっちにお世話になりにきたって感じ」

 ボクは急いで次の質問を書いて見せる。

<何があったの?>

「・・・OK、じゃあ、明日の準備をしに行って、終わったらまたここに戻ってくるよ。千鶴ちゃんは、まだ眠くありませんか?」

<全然、大丈夫です>

D'accordダ・カード、じゃあ、またね」

 日本人じゃあダサいウインクも、やっぱり様になるなと感じながらシャルルが去る背中を目で追っていた。


サンソン家


「日本にはまだ死刑制度が、あるんですよね。フランスではだいぶ昔に廃止されたんだけど、知っていますか?」

 支度を終えたシャルルが紺色のTシャツにジーパンという、ラフな格好でやってきてくれて身の上話をし始めた。ボクはあまりそういった話は詳しくない、というか普通の一般的な高校生でそんな僭越な歴史や法律なんて知っている方が変なぐらいだ。だからボクはなんとなくだが首を横に振って幼気な素振りをした。

「千鶴さんもあまり言いたくない過去の辛い話を僕たちに教えてくれました。だから僕もその敬意だと思って話させてもらいますが、千鶴さんと同じようにあまり気持ちのいい話ではないと思いますが、大丈夫ですか?」

 ボクはうん、うんと頷きこう書き記した。

<ボクはもっとここのことを、みんなのことを知りたい>

 と真剣な眼差しでシャルルを見つめ返した。

「わかりました。では・・・・・・」

少し真剣な顔をして、なにかを覚悟したように感じる。

「僕のフランス側、父の家系は『サンソン家』という、代々、Monsieur de Parisムッシュ・ド・パリ死刑執行人という、忌まわしき血筋の末裔なんです」

 ボクには全く聞き馴染みのない言葉でしたが、真剣な顔をしながら聴き続けた。

「今の時代、死刑執行のときには薬や電流、日本では吊るし首といったやり方だと思うんだけど、昔はね、斧や三日月刀を使って敵対国や反逆者への見せしめとかで『公開処刑』が流行っていた時期があったんだよ。あ、日本でも調べたんだけどあったんだよね?ハラキリからの打ち首ってやつ。カイシャク介錯だっけ?そんなのと同じ感じね。違いといえば日本では落とした首を『晒し首』にするんだよね?ヨーロッパでは執行の一部始終をみんなに見せるんだ。で、その時にある程度の技術がないとキレイに首を落とせないんだよ。ヘタにしちゃうと首の骨のところで刃が止まってしまって、苦しめながらの処刑になっちゃったり、昔の貴族なんてのはみんな見苦しいのとか嫌いなんだよね」

 なんか、フランス革命やマリー・アントワネットの物語や世界史でそんなことは聞いたことはあった。たしかギロチンじゃなかったっけ?

「公開処刑を見物している観客もどんどんと目が肥えてきて、見事な処刑が好まれだし、失敗すると暴動にまで発展することもあったそうだよ。だから各国がお抱えの執行人を責任を持たす意味でもこんな役職を作ったんだとも思う。あ、そうそう、このムッシュ・ド・パリっていうのは今でいう役人、公務員みたいな感じでね、特別に貴族たちと同じようにお屋敷なんかも宛がわれていたみたい」

<ギロチンって、聞いたことがある>

「ああ、そうそう、だんだんと自由や権利みたいな美徳が主流となってきてね。あまり野蛮な行為はダメっていう価値観に変わっていったらしい。そんな中、ギロヨン?ギロタン?って博士が開発したのがそのギロチンってやつだよ。出来るだけ苦しまないように処刑するためにって。その頃の『シャルル=アンリ・サンソン』って人は当時の有名人や罪人、反逆者なんかをそのギロチンに懸けたっていうので一部では有名らしいよ」

 全然ボクは知らなかったけど、話の腰を折らないようにまた、うん、うんと頷くだけにした。それよりシャルルと同じ名前なんだ、と違和感をすごく感じた。

「でも、僕のそういった祖先たちや執行者ってのは世界共通の悩みに苦しめられるんだよ。現代の日本の人たちも同じだそうで、やっぱり、例え罪人だっていってもさ、こっちもただの人間さ。人間が人間の命を、首をまるで材木のようにばっさばっさと切り続けていいものかと、罪の意識に苛まれるものなのさ。後で実は冤罪だった死刑囚がいるとか聞いたりすれば、普通の常識的な人なら誰もが疑問に思わないかい?今のように科学捜査やDNA分析といったものが無かった昔なんて、きっと想像以上に冤罪や騙されて捕まる人も多かったと思う。あ、因みに、僕のこれらの昔話は別に代々おじいさんやおばあさんから聞かされた真実だとか、伝承みたいなそういったことではないよ。僕が個人的に調べた事とただの想像だからね。死刑制度が廃止されてからは僕らの家系の中でも完全に禁句タブーとして忘れ去られ、意図的に消された歴史と血筋、正しく”忌み血”だと思う。だから僕のラストネーム、ファミリーネームは『サンソン』ではなく『ベルナール』へと変更された程なんだ」

 なんだかスケールがボクのと違って大きな話だと少し驚きを隠しきれなかった。

「様々な公開処刑が盛んだった時代は僕らの家系は比較的、裕福だったそうだ。打ち首だけでなく火刑、吊るし、八つ裂き、轢き回し等、一つのエンターティナー、見世物や娯楽になっていた時代が続きその間はよかったんだけど、宗教感や道徳が一般的に普及しだしてからは云わば紳士的な価値観の世界では僕らの血筋、家系は忌み嫌われて、日本でいう『村八分』?のような扱いを受けていたりしていた」

 かわいそう・・・と言っていいのかどうか。なんだか複雑な心境にボクはなっていた。

「そういった事情の関係でさ、世間からどんどんと隠れ潜む様に暮らすことを強要され続けてきて、争いの火種が部族間から種族間へ、国家間も大きくなるにつれて自国内では僕らの祖先に処刑された子孫が、積年の恨みかのように僕らの家系を迫害しだしたりする時代もあったそうだ」

<受け継がれる家系の仕事だから、仕方なくやっていたのにね・・・・・・>

「そうだね。まぁ今の僕らだから言えることなのかもしれないけど、どっちの気持ちも分かるっていう中間の意見で捉えてしまうかな。まぁ、そういったことで表向きはこの『サンソン家』の血筋はもう昔に、六代目で途絶えたとされてはいるんだけど、まだ『完全』ではなかったってのがこの僕さ」

 なんて声をかけていいのか分からない話だった。いや、てゆうかその話とシャルルがここにきた理由が繋がるようで繋がらないもどかしさがボクの頭の中をさらに混乱させてくる。そんな心境を察したのかどうか分からないけどシャルルが続けざまに、ボクの疑問に答えるかのように語りだす。

「霊体験をしてきた君ならもう察してきていると思うけど、そういった代々から多くの恨みや遺念が蓄積されている僕の血は、尋常じゃないほどの霊が付きまとっているらしい。そんな中、ボクは『嗅覚』が普通じゃないんだ。千鶴ちゃんの『視覚』のようにね」

 親しみを込めた笑顔が、またボクの胸をキュンと締め付ける。

「生まれた時から僕は、ずっと吐き続けていた。この変な臭いが永遠に続き、吐き気だけでなく頭痛や眩暈もずっとしている。どんな臭いかって言われると説明が難しいんだけどね。色々あるんだけど一つだけ表現できるのが、鼻血が出た時に喉の奥に血の味や鉄の臭いがするでしょ。あの感じと感覚が似ているかな。他のは普通では感じない臭いさ。風や電気が臭うこともあれば、細菌やウイルスの臭い、怒りや悲しみといった感情の臭いもあるんだよ。霊の臭いの殆どはその感情と血、錆び、腐敗と腐食の臭いが非常に強くて、歪だったり波打っていたり。僕自身もその感情の波に呑まれることもあるんだ」

 ボクには少しだけ分かった気がした。あの、じじいを殺した女の子の霊がボクの中へ入った時に、怒りと悲しみの感情を共鳴した時に、似たように感じたかもしれないと。

「僕が8才の時、ここに来るまではずっと栄養は全て点滴や液体ドリンク。だからガリガリで病弱な子だった。多くの草木や花々の中、そんな自然の匂いの中ではなんとかマシだったから、子供の時はよく近くの大きな公園の森の中へ行って日本のマンガを読んでいたね。植物にも感情はある。そんな話を聞いた事はないかい?多分、そんな安らかな感情の匂いが人間の臭いを緩和してくれるのかもしれない。その様子を見てくれていた僕の両親は、外は危険だってことで毎日のように多くの植物を採っては部屋中に並べてくれたりして、それで気分は少しマシにはなるんだけど、でもそんな中でも食事は喉を通らなかった。やっぱりさ、嗅覚って味覚にも影響しちゃうじゃん。例えるなら、すっごい悪臭のトイレで強力な芳香剤をまき散らした中で食べるご飯って感じって言えばわかるかなぁ?物理的な嗅覚なら慣れてしまうってことはあるけど、『霊臭』ってのは僕の魂が感じていることだから慣れるなんてのは無かった」

 ボクは露骨に嫌煙な表情をしながら大きく頷いた。確かにそれは食べれたもんじゃないとすごく納得できる。

「両親は僕をあらゆる医者に診てもらい、様々な治療を試してくれた。殆どが化学物質過敏症や自臭症という診断しかされず、酔い止めや頭痛薬を処方されるだけだった。物理的な手術として、臭いを感じるセンサーの部分を焼き切るという提案もされたけど、その判断は僕が大人になり自分で判断をした方がいいと最終手段として考えてくれて、それまではあらゆる手をずっと模索してくれていた。そんな実験的な日々の中で打つ手が無くなっていき、父が自分たちの家系の所縁を視野にいれExorcismeエクソシスム、ようするにエクソシスト的な領域にまでやっと発展していった」


除霊と浄霊


「もし、僕たちがこのお屋敷の外で出会っていたとしたら、僕の周りには何百、何千かもしれない霊体や怨霊が千鶴ちゃんには視えたかもしれないね」

 少し考えただけで悍ましい光景が目に浮かんだ。きっと生首を抱えた霊が無数にこっちを見てくるのだろう。
 ・・・でもどうなんだろう。ずっと不思議だったのがボクは外国人の霊は見たことがない。きっと、その『縁』が紡ぐことが少ないからだとは思うのだけど、シャルルに憑いているその亡霊のような死者たちは、こうやってシャルルとボクが繋がった今現在ではシャルルを通して見えるようになるのだろうか。そんな少し不謹慎な好奇心と共にゾワゾワっと悪寒が全身に走る。

「僕が住んでいた地域で一番有名な悪魔祓いエクソシストの所へと連れられた僕は、様々な花を散りばめられた祭壇に寝かされて一通りの儀式みたいなのを施されていった。僕や除霊師とその助手など丸一日ぐらいその場にいた人全員、眠ることもなくずっと聖書の言葉や祈りを唱え、聞かされていたけど全くの効果はなかった。逆に、祭壇だけでなく部屋中を生け花や観葉植物に両親が用意してくれて囲まれていたのだけど、どんどんと悪臭、死臭、血と鉄の感覚が勝ってきて最終的に僕は気を失ってしまった。あ、眠ったんじゃないからね。そして次に気が付いた時には自宅のベッドだった。両親がうな垂れていたので、それを見て僕は失敗したんだなと感じた。後で聞いたんだけど、やっぱり祓う霊=悪魔が多すぎるんだって。なんだったら何体かの悪魔を余計に怒らせてしまったらしく、そこから僕は血の感覚と鉄の臭いはいくら花々と草木で誤魔化しても消えることは寝ている間すらも無くなった。何度も何度も血で溺れるかように息苦しくなり、完全に意識は朦朧と神経疲労で死にかけていた」

<ボクも、除霊をしようとして酷くなったことがあります>

 顔の横に伝言を書き開いたノートを持ってきて、驚いた表情を突き出しながらシャルルの目を見つめた。

「梓会長さんに聞いた話だけど、一般的なエクソシスト悪魔祓いや除霊ってのはその名の通り、払ったり退かせたり、その場所や人から除くことを指んだって。だから本当に力があったり真に神の加護を受けている人物やそれなりの高位な精霊の力でない限り、非常に危険な行為でもあるらしい。それは術者にとっても危険であり逆に怒らせてしまうことが多々あるみたい」

 ボクは父と母のことを少し思い出した。

「だからここのみんなはできるだけ『浄霊』に力を入れている。払っても除いても、またやってきたり何倍にも脹れて還ってくることもある。だから浄化し根本から霊を納得させていくことを基礎とした活動をするってのが会長の意向なんだ。あ、でも本当に危険で今すぐに対処しないと危ない!って時とかはまず『除霊』するってのは仕方がないらしいってこともこっちで聞いて教えて貰ったけどね」

<浄霊・・・素晴らしいことだと思います>
 もっと早くに、ボクはここの人と出会っていれば・・・・・・

「まぁ、その浄霊ってのはまためちゃくちゃ大変で、時間も労力もかかるんだよ。現状、梓会長の負担が大きくてみんな心配しているよ・・・・・・」

 シャルルが遠い目をしている。

「あ、そうして、死にかけていたところに僕の話を聞いた日本のおばあちゃんが、わざわざフランスまで駆けつけて来てくれた。梓会長と一緒にね」

<そこで、シャルルと梓さんの初対面ってわけね>

「ああ。そうして僕はここへとやってきて、この屋敷の中でなら普通の暮らしが出来るようになった。本当に感謝しているんだ」

 シャルルの表情は恍惚とも言える穏やかで遠い目をしていた。本当に心底報われたんだなと感じる。


シャーマン


「初めて食べたみかんやリンゴ。ショコラやプリン、モンブラン。刺身、ワサビ、醤油の風味。バジルやアンチョビ、トマトやチーズ。初めてまともな風味で食べるものは全てがBuonoボーノ

 食べ物かい!と突っ込みそうになったが、そこは我慢した。SNSで見たんだけど色覚障害がある子供が特殊なメガネを掛けられて、みんなと同じ世界を垣間見た瞬間、感動で涙している動画を見てボクはもらい泣きをしたことがあるのを思い出した。きっとそれと同じような感動だったんだろうと瞬時に自分を戒めた。

<だからここで料理とかしてるんだね。美味しかったよ本当に!またあのオムライス食べたい!毎朝でもいいよ♪>

「ははっ、ありがとう!」

 今のシャルルの明るさや屈託のない笑顔、鋭気からは想像ができない程の過去の話だなと、まるで別の人の話を今シャルルから聞いているような感じがする。

「欧米の文化や習慣がどうって話ではないし、どっちがどうなんて僕にも分からない。エクソシストの世界でも『解放の祈り』という浄霊に近い儀式を行うこともある。どうしても『天使』『悪魔』や『神』という構図での『敵対』、『光と影』、云わば”二元論”という思考は、はっきりとした立場や明確な態度を示すことが必要になってしまい、見極めを誤ると『悪い存在でないモノが悪くなる』ことが起きてしまうんだって」

 ちょっと、またボクには分からない世界な話のような気がしてきた・・・・・・

「例えば、実際に悪魔祓いの現場では『憑依した”人物自身”が司祭や神父の言葉により自分は悪魔だと思い込む』ことがあるらしい・・・一種の洗脳や、あ、日本の言葉で言うと『空気を読む』っていうんだっけ?それが拗れて本当の悪魔へと変貌してしまう」

 あ、少しだけなんとなく分かるかな。

「ここからは僕の考えなんだけど、そういった洗脳や勘違いってのは何も”人間だけではない”んじゃないかな」

 冷や汗がじんわりと全身を濡らした気がした。

「千鶴ちゃんは聞いたことがあるかどうか分からないけど、まぁ映画でもよく聞くことがあると思う。悪魔祓いエクソシストの殆どは悪魔を『全否定』するよね。あ、当然、悪魔っていう程なんだから否定しなきゃいけない程に悪い存在なんだけどね。霊という存在や感覚ってのは日本やインディアンほど今の西洋文化圏内では馴染が浅いというか、昔から精霊や霊体の信仰や文化とは『異端』扱いだったんだ。『魔女狩り』ってのは聞いたことがあるだろう?徹底的な魔女狩りや異端審問によりそういった文化やシャーマンを根絶やしにしてきたってのもあり、アフリカのブードゥーや日本の仏教、アメリカの先住民たちのように精霊やスピリチュアルと言った捉え方が難しかったのもあるんじゃないかな」

 なんとなく分かるような気がするけど、そうなのかと頷くことしかできなかった。

「まぁ、あくまでも”もしかしたら”って範囲だけど、悪魔っていう大袈裟な存在じゃなかったとしてさ、ただの・・・っていう言い方が適切かどうかすら分からないけど『ただの悪い霊』だったとか、ただの霊や寂しかっただけの霊とかが『全否定』されたり『お前は悪魔だぁ!』と言われ続けられたとしたら、しかもそれなりの『力』をもった人にね、言われたら『あぁ、俺ってそうなのかなぁ』ってならない?っつー話だね」

 あながち、そんなことは無い・・・とは言い切れないかもしれない。冤罪で捕まった人たちがつい、やっても無い犯罪行為を長時間も「やっただろ」「お前が犯人だ」と言われ続けられたとしたら、そうなのかなぁ・・・と思ってしまうような冤罪が実際にあるのと同じことが、意識ある精神体であるならばボクらとそう変わりがない・・・のかもしれない。

「まぁ、真意の方はわからないけどね。少なくとも、そしてあくまでも僕の場合はそうだったってことさ。僕はこの屋敷を出たとたんに、何体もの祖先が処刑し、そして半端な除霊師が怒らせて『悪魔』と化した霊に憑りつかれ速攻で僕自身に『自殺』を図りにかかってくるんだ・・・・・・」

 そう言って首筋と手首のキズをボクに見せてくれた。いたたましくも痛々しいものだった。

「まぁ、そんなこんなで僕は8才のときに最終的には拘束具に包まれ血の臭いに溺れながらここへやってきた・・・って話さ」

 目の奥には悲しみの海がマリアナ海溝のように深く、藍銅鉱アズライトブルー色のように視え、表情は裏腹にまたボクにことを安心させるかのようにかわいい笑顔で微笑みかけてくれる。



 シャルルの壮絶な過去の話を聞き終わる頃には、ボクはもう完全に自意識を取り戻せていた。これも後で聞いた話なんだけど、シャルルの『霊臭』は生者の悪い所も嗅ぎ分けることができるらしい。
 長年、飼っていた犬が主人の病気、がんを感知し早期発見できたという『探知犬』のドキュメンタリー番組をみたことがある。きっとそれに近いことなんだと思う。今までいつもシャルルがキッチンに立ってきたのも、みんなの体調と”霊調”を嗅ぎ分けて必要な栄養素や対策、魂の調整師、薬剤師のような役割も担っているんだと。きっとさっきの料理にも、ボクに必要な要素を料理に込めて作ってくれたんだと思う。

 ボクは自分だけがなぜこんな目にあうのだろうか。自分だけが世界中の不幸を背負って生まれてきた『忌み嫌われた子』だったんだと、ずっとそう思ってきた。しかし、シャルルの話を聞き、ボクだけでなくここにいるみんなが同じ境遇の仲間なんだということを強く想い、仲間意識だけではなく『同志』のような感覚にまで感じていた。全然違う経緯だけど、同じ痛みを共有する『兄弟』のような気もして、精神、いや、『魂』って言った方がいいんだろうな。魂の治療、浄化まで受けたんだと思う。

 古杣さんはそういったことを解ったうえで、ボクとシャルルをこうやって示し合わせたんじゃないかと、今ではそう思っている。

 最後に、シャルはこう言った。


宿罪


「要するに僕がここに来た理由は、この自分の能力の因果と梓会長との繋がりも大きいんだけど、でも一番はここ日本の文化さ。最初はアニメや漫画から触れだしたことだけど、こっちに来てみて日本語を勉強しもっと文化や感覚を学び知っていくと霊や神に対する扱いや考え方に一番、衝撃的な感動を受けたんだ。尚更、興味が尽きないね。また不思議なのは日本人の多くは『無宗教』という事実さ。でも、日常的にお祭りや御参り、先祖供養や行事をはっきりとした仏教徒でもないと認識しているのに行っている。きっと意識的ではなく無意識に、まるで”当たり前のように”自然や神、そして悪魔とさえ呼ばれる存在ですら受け入れ、認める。世界が今現在、やっと理解しだした『多様性』というものを大昔から知っている。いや、TVやネットの世界を見るかぎり『昔の方が』、だったのかもしれない。海外の、時に西洋文化では『無神論者』という世界観の方が信じられないんだ。現実というのは残酷で非情、弱肉強食だ。そんな世界を受け入れ認め、許せる心を持つには道徳心や正義感を学び、何かにすがり生きていかないと自我が崩壊しそうになる程だよね。嫌なことも良いことも、自分の責でなく”神の思し召しが無かった”と諦めの境地か、感謝をしていく術としても宗教は成り立っている。さっきも言ったように西洋文化とは明確に善と悪、天使と悪魔という白と黒、光と影、長と短が分かれ常に対立関係が成り立ってしまうもの。そうしないと納得がいかない。しかし日本は悪・・・妖怪や化け物といった存在すら神のように扱い、敬い、崇め、悪い部分も認め受け入れていく。これは僕たち人と同じことが言える。悪い人間、罪人を断罪し差別や忌み嫌い続けたとして、問題は解決するだろうか。なにが変わるのだろうか。恨みや憎しみを増長し悪を膨れ上がらせるだけなんじゃあないだろうかと・・・僕は思ったんだ。これは僕のこの血に流れている過去の罪と同じだ。多くの罪人を法の名の元にただ葬り続けてきた。・・・なら、僕は処罰ではなく『恩赦』を与えようと。多くの悪人を全否定してきたこの血筋に染みつき憑りついた数多の怨縁おんねんたちを、何年かかってもいい、一人ひとり『浄霊』していこうと決めたんだ。その心と意思を学び、もっと知る必要が僕にはまだまだある。そういった精神を、梓さん達やそして千鶴ちゃん、これからは君からも教えてくれないかい?」

 ボクは、なんだか日本人であることを誇らしく感じた。ここまで日本のことを尊重し言ってくれるシャルに対し、誠心誠意を込めて接していこうと思いを込めて、手を取り握りしめながら大きく頷いた。


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