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【小説】心霊カンパニア①-3 『クレア・ボヤンス』

都合


 美味しい食事を存分に堪能し、一息ついたボクは古杣ふるそまさんを見ながら
《ごちそうさまでした》
 と伝え、その際にボクは久しく少し笑顔が作れたと思う。この瞬間から普通の高校生のような感情を取り戻していくんだけど、この時はまだ口元をキュっと横へやるぐらいしかできなかった。

千鶴ちづるさん、あなたはその特異な力をお持ちになられながら、仰っていただいた環境にて精神を病み、意識と精神と共に魂をも生と死の狭間、幽境ゆうきょうへと落ちつつあったの。あの状態ではそこらの浮遊霊体だろうが畜生霊だろうが、接触されると誰でもあなたの身体を乗っ取ることが出来てしまったことでしょう。私が施したのはその幽境からあなたの幽体と意識を引き戻した、それだけ。あなたの自身を正確に見つけることができたのはそこにいるシャルルさんの御かげでなのです。ありがとう、シャルル」

「いえいえ、まぁ、猟犬みたいなものですから」

 シャルルは照れくさそうにして、外見に似合わず流暢りゅうちょうな日本語で謙遜した。そんなハニカムところもまたかわいい♡

 シャルルはおばあさんが日本人というクォーターで、高い鼻と深い深海のような瞳はどうしても吸い込まれるように見惚れてしまい、いつもボクはシャルルを困惑させている。

「さて、本題でございますが、千鶴さん、あなたにお願いがあるのです」

 日本人は人の目を見て感情などを読み取るというけど、目が閉ざされたあずささんはボクにはハッキリと音程を変えた口調でしか細かな想いを感じることが出来ないでいた。

「私の”眼”になってはいただけませぬか?」

 えっ?!・・・っと、どういう意味かが分からずにちょっと狼狽した。その反応をすぐに感じ取ってくれたのか、古杣さんが続いて説明の補足にすかさず入る。

「会長はある事情にて目が見えません。まぁ、言われなくてもすでに分かっているでしょう。私たちのようなこの能力は決して超能力だとか霊能力といった優れ秀でたものではなく、通常の感覚とはズレたり歪んだりした認知機能なんです。もちろん、梓さんのようにその能力に磨きをかけ卓越した霊能者もいますが、その訓練そのものが代々伝わるような列記とした属性と特性に合った儀式や伝承、修行をしなくてはなりません。それの方法すら一生かけても見つけられずに人生を終えることが殆どです」

 なるほど、と心の中で頷く。でも、眼の代わりの理由にはならない。

「片方や一部だけがズレたままなら、それがその他の感覚の邪魔になり日常生活ですら不便で社会性を失いかねない。それは千鶴ちゃんは経験済みでよく分かっていることだと思う。でも、ズレたもの同士が集まり助け合いながらも共鳴し合うことにより補正し合えるんです」

 ・・・ちょっとまだ意味が分からないなぁ。

「例えば、僕たちが居るこの世界は一般的に三次元世界と言われる時空間に存在しているのだけど、四次元や二次元にズレることは案外、普通に日常的に起き得ることなんだ。文字や記号というのは一つ一つを見るとただの『点』でしかない。しかし小説のように文字が綴られ文章や文脈を作り『線』となると、次は僕たちの頭の中で想像という映像が絵という『面』や時には場面という、立体映像、つまり三次元に変換されるだろう。その僕たちの脳における様々な機能が重力や過去や未来という時間と・・・・・・」

 ちょっとちょっとちょっと汗、なおさら分からなくなってくるよぉ汗。

「ふふふっ・・・ごめんなさい。古杣は変に真面目な所がありますのでね。えっと、千鶴さん、あなたのその能力は少し強まっているようですね。そのままだとまた無念を残しただけの霊体に悪さをされることになるでしょう。でも、そこは私の力によりなんとかなります。その変わりと言っては何なのですが、目が見えぬ私の力になってはくれませぬか」

《え、でも、そういえばさっき、幽体として意識を移動すれば見えるんじゃあ・・・・・・》
 古杣さんの目を見てそう唱えた。

「会長の|幽魂剥離《ゆうこんはくり》は長時間の稼働は出来ないのと、そもそも危険な術でもあるんです。この屋敷内であれば問題ないのですが、肉体が完全に無防備になってしまう・・・君が幽境へと彷徨っていた状態に近い感じだね。その間に・・・会長の目が見えなくなってしまったのもそれが原因でもあるんです」

 古杣さんがなんだか悲しく、そして後ろめたしくも見えた。何があったのだろう・・・・・・

「さっき、千鶴さんも視える霊についておっしゃっていたように、霊体というのは自分の所縁や因果関係、悪い言い方をすれば自分の都合のいいものしか見えない、もしくは見ない存在なの。どれだけ具体的か抽象的かはまた個人差がありますが、これだけはどれだけ修行をしても正確に視ることはできませぬ。みんなが同じ景色を見ていたとしても、その『注意』は違うもので、興味や印象そのものが違う。好きな異性の顔の好みや御着物の好みですら人それぞれ違うでしょう?それはそもそもの『感じ方』が違うのです」

「・・・というか千鶴ちゃん。君は残念なことに身寄りがもう無い。帰る場所が無い状況なんです。ご両親や周囲の人たちがどうなったか・・・君が一番わかっていることだと思う。君自身が行きたい場所や・・・ここが嫌だというのなら無理は言えませんが、一蓮托生いちれんたくしょうとまでは言いません。是非、よろしければ僕と梓会長が君の後見人にならせてはくれませんか?」

 突然の申し出にボクは驚きを隠せなかった。強制や強要でもない。可哀そうだと同情し、彷徨い死にかけた子犬を拾って無責任にまた捨てるようなことでもない。ただの義務感や使命感、仕方がないようなやっつけ感でもなく、こんなボクを必要とし、そしてボクも必要とする。そんな関係をボクは望んでいたのかもしれない。ボクの存在は他の人が不幸になるんだと自暴自棄になり今後の展望も何もなかったのに、その言葉に歓喜しながらまた泣き出してしまった。

《こちらこそ・・・ご迷惑でなければ・・・よろしければ、よろしくお・・・お願いしますぅぅぅ》

 ボロボロとまた号泣した顔をしながら、ボクは古杣さんと梓さんの顔を交互に見ながら、深々と頭を下げた。


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