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短編ホラー小説『あなた』     ~マッチング・ゲーム~ (後編)



友人


 あなたの友人は、あなたとカラオケの後に別れて隣町の二駅分ほどに距離がある”例の公園”へと車を走らせていました。どうしてもあの公衆トイレはあの公園のだと確信を得たかった・・・いえ、間違いだったという確証が得たかったのもあり、友人は自分の感情や気持ちをなかなか表には出さない性格のようで、内心、もしかして・・・という不安と疑問で頭が一杯だったのです。

 30分ほど車を運転していると、交通規制が敷かれていて前へと進めなくなっている。
 別のルートへと回り込むが、また警官が車や通行者をはり込み道行く人たちをその場で事情聴取を取っていて、なんだか面倒くさそうでもあり友人にとって今は何となく警察は遠慮したい心境だ。

 友人はこの日は諦めて帰路へと着き、少しがっかりしたような、なんとも言えない気分でもあった。
《まさか、そんな訳はない。あれはゲームだろ・・・少女が銃を乱射し、捕まった。それを、俺が?・・・いや関係ねぇよ。俺はゲームをしただけだ。女の名前も知らねぇし、関連がねぇ。それにあれを拾ったのも俺じゃねぇ》

 必死に認知バイアスを曲げて他責へと持ち込む。友人はそういう人ではあるが悪いやつではない。自分の感情や気分に実直なだけだった。



 昨日の残りのカレーが、またカレーライスにするには少し量が足りない。友人は冷凍庫を開けてカチカチに凍って固まった冷凍うどんを一つ取って、適当な出汁と水を足してカレーうどんにしてそれを夕食とした。

 友人の性格は、内心は繊細ながらも大雑把でガサツな部分が多く、うどんを啜り食べているテーブルの横に開いたままで置いてあるノートPCは、電源もつけたままずっと放置されていた。咀嚼しながらマウスを操作し、面倒くさいのが嫌いなようでロックすら常備解除をわざわざしている。再生された動画は有名なグループで、定番のテーマで動画を配信している様子が映し出されていた。

 食べ終わった食器類はそのまま片づけることもなく放置され、PCの動画も再生されたまま、友人はシャワーを浴びにいく。

ピロリロリン♪ピロピロリン・・・ピロリロ・・・・・・・

 スマホのコール音が鳴っている。
 しかし友人は入浴中のため電話の呼び出しには気づくことも無く、コールは切れてしまう。数秒後、また同じコール音。友人が持ち歩いていた鞄の中から聞こえるが、一定時間が鳴ってまた切れる。

 浴室のシャワーの音が止まり、友人は身だしなみには気を付けているようで、乳液か化粧水を顔につけながら戻ってくる。スマホを持ってベッドへと横になると、先ほどの着信を気にせず何かをスマホで見ている様だった。

・・・ピロン♪

 何かの通知音が、友人の手元からではなくまた鞄の中から聞こえる。友人は玄関に置かれているだろう鞄の方へと向かった。

 戻ってきた友人の手元には両手にスマホを持っていて、カフェで拾った真っ黒いスマホは友人が持って帰っていたようでした。
 友人は自分の物であろうスマホをベッドの上に置いて、黒スマホの方へと集中しだす。

・・・ピロン♪

 今度は友人自身のスマホから通知音が鳴る。


ネカマ


 黒スマホの例のアプリ通知は、”友人自身が登録”したMad Satanマッド サタンアプリのマッチング情報でした。友人は他のオンラインゲームやSNSでも自身を女性として登録するクセが、この時もつい出ていた。

 友人自身のスマホの画面は『now loading』が表示され読み込みをし出す。しかし『now loading』の表示は下部にあり、画面は車の後部座席に座らされているような画格でガタガタと揺られながら街灯が背後へと勢いよく過ぎ去ってゆく。夜中で車内も暗くライトが点いていないため、画質は荒く不鮮明で場所の特定は難しい。

 友人は画面をそのままにして洗面所へ。ドライヤーの音が響きどうやら髪を乾かしに行った。

 乾かし終え戻ってきてスマホをチェックするが、まだ『now loading』だったみたく友人はノートPCのキーボードを叩き出し、何かレポートのようなものを書いていた。



 約一時間後。


 友人の作業が一段落ついたような表情と肩や首を回す動作を見せ、自身のスマホチェックをすると『now loading』は完了したみたいだった。スマホを持ってベッドにうつ伏せに、肘を付いて上体を起こしゲームに集中する体制を取った。

 枕元をごそごそと探り出す。コードを取ってスマホに挿した。充電もしっかりとしながら本腰を入れるようだった。友人は自分が考えている懸念を払拭したい一心で、再度プレイを真剣にしよう意気込んでいる。


あなた


 あなたは浮遊感と共に薄く意識が戻った。しかしまだ微睡まどろみの中ではっきりとはしない。二人の男性があなたの腕を片方づつ掴みあなたを持ち上げている。足の方も誰かに持ち上げられているような気がした。ゆらゆらと揺られ・・・あなたはまた・・・無意識の奥深くへと・・・ハンモックのように・・・揺られ落ちていった・・・・・・。



・・・ガタン!


 縦に大きく弾むような衝撃が、お尻からあなたを少し持ち上げる。階段から飛び降りる夢を見ていた。
 少し目を開けると、車の後部座席に乗っていた。
《運転手は・・・誰だ》
 バックミラーには帽子を被った頭部しか見えない。直ぐさま首筋に「チクリ」と刺す小さな痛みを感じ、また今度はバンジージャンプをしたかのように意識が真っ逆さまに落ちて行く・・・・・・


廃墟


 カビ臭く草木も腐り湿った臭いがあなたの鼻をつんざいた。
 月明かりでしか周囲は見えず、頭がやけに重い。まるで前頭部にオウムでも止まっているかのように。その二点に起きざま意識の重点が置かれ、遅れてあなたは気が付いた。
 左目が全く見えていないことに。
 左目を確認しようとして、また次に気が付いた。
 身体が全く動かないことに。
 腕を動かし目と頭を確認しようとして、動かない。立ち上がろうとして、足も動かない。ここは何処かと確認しようとして、首も動かない。

 あなたは目線の高さから察するに、椅子に座らされている状態のようです。目線の先には今では珍しいぐらいに見なくなった、大きくて分厚いブラウン管テレビが地面に無造作に置かれていた。

 瞬きは出来る。眼球もきょろきょろと動かすことは可能だ。臭いはさっきから感じていて、耳も周囲の虫の囀りがうるさい。口は
「あぁ・・・が・・・お、おひ・・・・・・」

 微かにだが発せれるようだった。喉が異常に乾いていて、脱水しかかっている。
「・・・あ・・・んら・・・ろう・・・ひれ・・・・・・」

 都会の喧騒、モスキート音は全く聞こえない。無駄に声を出して体力の消費は避けた方が良さそうだった。目いっぱい右目の眼球を右へと動かし何があるかを確認する。目端に見える掃き出し窓にガラスは破片すら無く、外部からの風が残酷にあなたを吹き付けてくる。天井や壁、床はコンクリートが打ちっぱなしの剥き出しで、冷たい空気の真っ暗なこの世界を更に冷たく冷酷さを表現してくる。微かな月明りと蟲たちの合唱も、恐怖を煽って助長しているようだった。

 室内の雰囲気はまるでどこかのビルかマンション、ホテルの廃墟のようで、生き物と生活感の気配は全くない。

 何もかもが冷たい世界の中で、足裏の感覚すらない。靴を履いているのかどうかも分からない。履いていれば多少の圧迫を感じるだろう。履いていないなら今、視界の殆どを支配してる不気味で無慈悲なコンクリートの冷たさを感じるはずだ。そこであなたは上手く喋れない原因も分かってきた。

 全身が麻痺している。

 手足が動かないだけではない。まるで存在していないかのように感覚が全くない。舌もそうだ。ヘタに喋ろうものなら舌を嚙み切りそうな、歯医者で麻酔を大量に打たれた後のように。感覚が無い中でも、耳の奥には痛みをずっと感じている。なのに意識があり視覚や聴覚だけは生きていた。



支配


「・・・!!あ”あ”あ”、があ”がぎぎぎぎぎ・・・・・・」

 突然、全身に強い電流が走った。僅かに許されたあなたの世界である目や口が見開き、全神経、身体の内部から電気が放出されたかのように痺れて、自身の支配からどこかへと消えた手足が痙攣しているのが見えた。

 すると視界が少し上へと上がった。どうやらあなたは立ち上がったようだ。足の筋肉の流動や自分の体重の重みといった感覚も感じない。まるで幽体離脱でもして浮遊しているように、身体が勝手に動き出し一歩づつ、一歩づつ、ブラウン管テレビの方へと進んでいく。

 電流のショックで気が付かなかったが、いつのまにかあなたの頭部から光が照射されていた。その明かりは懐中電灯ほどの光量はなく、まるでスマホのライトのように小さいが手前は十分に照らされる光が、ヘッドライトのようにあなたの前頭部分から出されていた。

 ブラウン管テレビがあなたの足元まで到達し、頭が強制的に下へと向いていく。首の骨が
ギリギリギリ・・・パキ・・・・・・
 首や腰が凝った時に鳴らすような破裂音が耳の奥に鳴り響く。
 ブラウン管テレビは壊れていて、コンセントの線すら見当たらない。

 身体が90度、左へと向く。その先には今の部屋から出れるような、戸がはまっていたであろう出口がポカンと口を空いてあなたを待ち構えている。その先は真っ暗で、あなたのライトでは照らしきれていない。

 また一歩、一歩、ゆっくりとその出口へと向かいます。

 あなたは一刻も早く、この場所から出たかったが、無情にもあなたの身体は部屋から出ず、開け放たれた真っ暗の出口の手前でまた90度、左を向き室内を散策し始めます。その歩みはまるでRPGでもやっているかのようなカクカクした歩き方で、そこであなたは考えたくもない思考にたどり着きました。

《あの、Mad Satanマッド サタンってゲームのプレイヤーに、いま俺が、成っているのか?!》

 突き当りまで到達し、また左へ。頭では必死に抵抗するが、それに伴うのは右目だけでした。


ペスト医師


 そうして、ガラスの一切が無くなった掃き出し窓へとやってきて、そのままバルコニーの外へと真っすぐに進む。木々と草花が新芽を見せ出す時期ではあったが、外の月明かりではそんな風情に思い馳せることも無く、暗闇の中に風で蠢く枝葉があなたを嘲笑っているかのようにさざめき出していた。

 アーチ状にカーブを描いているバルコニーの柵や手摺りは、風化したのか劣化したのか、殆どが朽ち果て崩れている。床も今にも崩れ落ちそうにコンクリはひび割れ、繋がった鉄骨で支えられているように少し地面がバウンドしている気がする。

 もう一歩であなたは落下しそうな所まで前進させられ、また首の骨が軋むように首が上下左右、あなたの意思に反して動き周辺を確認していく。高さは二階。目下には木が生い茂っていない空間が開かれ、数点のモニュメントが点在したこの建物の敷地内の中庭のように見える。

 あなたの操縦者はこの庭をずっと眺めているようでした。

 薄っすらとした月光で見えるモニュメントの影は、公園にあるアーチ状の雲梯うんていのようなゲート。噴水のような塔とションベン小僧かマーライオンか、何某らの像。ブランコの名残のような鉄棒の柵と・・・手前二つのモニュメントがゆっくりと蠢いていた。

 奥目の一体は、まるでゾンビのようにふらふらともう一体のモニュメントから離れて行こうとしている、普通の人間シルエット。もう一体は、そのゾンビ人間風の方にゆっくりと近づく。その影は、頭部がカラスのような口ばしが有る鳥のようなマスクを被り、身体は人間で膝まであるロングコート。その手にはまるで死神が持つような大きな鎌を構えて、ゾンビ人間を狙っている。口ばしと鎌の相互関係は三日月のように模っていて月光と相まっていた。

 鳥頭マスクの死神は鎌を振りかぶり、ゾンビを真っ二つに裂いて佇んでいる。頭部を切り離し、髪を掴んでこっちを振り向いた。その刹那、あなたは死を覚悟するほどの恐怖を感じるが、操縦者はまだ動かずに事の成り行きを見守っていた。

 死神がこちらに向かって歩いてくる。次のターゲッティングを間違いなくあなたへ設定した歩みをしていた。それは当然で、あなたの頭からはずっとライトが点灯し向こうからは丸分かりである。

 操縦者は死神があなたがいる建物内に入ったのをご親切に確認してから、180度方向転換し移動を始めた。


逃走


 あなたは気が焦り、心臓の鼓動も早くなっているにも関わらず、動きはまた一歩づつ、のんびりした動きで進む。

《早く早く早く早く早くー!》

 かなりのストレスを感じながら、やっとこれまでいた部屋から出て廊下らしき通路に出る。あなたは左回り理論(人間左回りの法則)を知っていたので、このような時はいつも右に行きたいのだが、操縦者は単純な人間のようで迷うことも無く左へと舵を取る。

 人が二人、並んでギリギリ通過できる程度の廊下を進み、いくつかの部屋を素通りし突き当りを今度は右に。そのすぐ先にあった左の部屋に入って行くようでした。あなたは意思通り動けない歯がゆい中、ただ見守ることしか出来ない。兄弟や友人がプレイしているゲームを、ただ超リアルタイムに一人称で見せられている気分だった。

 操縦者が選んだ部屋はボロボロに壊れて埃だらけのタンスや机、マネキンが多く収納された二階の物置き場のようでした。横向きに歩けないあなたは多くのマネキンや机に腕や肩、足をぶつけながらなんとか押し入り、部屋の奥まった所で止まる。

「・・・!!あ”あ”あ”、ぎぃぃぃがあ”がぎぎぎぎぎ・・・・・・」

 また電流が走り、あなたは気を失いかけました。首が少しふらふらと動き、間もなく頭部のライトが消えた。消灯も可能になったようだった。
 電流はなんだったのか。意味はあるのか。あなたが操作していた時と同じく間違えて押してしまったのだろうか。恐らく、消灯方法を探るのに押してしまったのだろう。頭が破裂しそうなほどの激痛に操縦者への恨みを持ちながらも、自責の念にも駆られる。あなたは自宅での操作の際に”三回”も押したのだから。

 暗闇に潜む中、あなたの目の前はチカチカと無数の光が稲妻のように中心から周辺にへと花火のように輝く。強く頭を打った時に目の前が光るという内視現象が、二度の電流で生じていた。
 視線と意識がふらふらと蹌踉よろめくが、身体は横になったり座ることは当然、許されない。ただ真っ暗な視界の中に立たされ、目の前には汚れ変色したマネキンが近距離であなたを見つめてくる。

・・・コンッ・・・コンッ・・・コンッ・・・・・・

 遠くから徐々に、鎌の柄を杖代わりにして歩いてそうな音が近づいてくる。

・・・コンッ・・・コンッ・・・・・・

・・・コンッ、コツ、コツ・・・コンッ、コツ、コツ・・・・・・

 杖の音に、革靴かブーツのような足音がリズミカルに続く音が追加され、あの鳥頭マスクの死神があなたがいる部屋の前の廊下を歩いているのが明確となった。

・・・コンッ、コツ、コツ・・・コンッ・・・コンッ・・・コンッ・・・・・・

 音が離れて行く。

・・・コンッ・・・・・・

 殆ど聞こえなくなった。良かったと安堵したい所だが、まだ続くこの地獄の逃避行に気が変になりそうだった。



とんがりマスクの黒子


 鳥頭マスクの死神が通りすぎたと判断した操縦者は、頭のライトを灯して逃走を開始した。あなたは恐怖と痛みで憔悴しきり、茫然と行く末を見守ろうと、とっくに身体は支配されているが心までも操縦者に身を委ねる気持ちになっていた。

 物置部屋から出ようとした”あなた方”ですが、死神から逃げようと部屋の奥へと向かうぶつかった際に外れた、マネキンの手か足の部分パーツを踏んでしまい後ろへと大きく転倒する。皮膚下の痛みなどの感覚は無いあなたですが、衝撃が頭蓋骨や全身の関節や大腿骨に響き激痛が走る。どうやら体中に何かの部品や装置が設置されているようで、それで動かされているような事が痛みの部分で何となく感じた。腰や背中、頭部、膝や肘などに。


 転倒から数十分。


 どうやら倒れると、起き上がることが出来ない様でした。ずっとライトで照らされる錆びれた何も無い天井を見せられ、途方に暮れるしかない最中、微かに聞こえる聞き慣れたゲーム実況者の叫ぶ声が聞こえる。幻聴だろうか。凄く遠くでその動画を誰かが再生している。しかし音源は凄く近く、あなたの脳内から聞こえる。まるでスピーカーがあなたの中にあるかのように、頭蓋内で反響し骨伝導で聞こえてくる。

 友人とその動画を見て、いっしょに遊ぶゲームを選んだ記憶が思い出された。

 すると、眺めていた天井が
ズルッ・・・ズルッ・・・ズルッ・・・・・・

 上へ上へとスライドしていく。部屋から出され、またどこかの室内へとそのまま引きずられて運ばれていた。

《まさか・・・あいつに、見つかった?!》

 あなたは焦りました。抵抗が出来ない状態なのでどうすることも出来なかったが
「・・・うぅ・・・あぁ・・・やえお・・・・・・」

 何とか説得しようと、麻痺したままの喉と舌でなんだか分からない者とのコミュニケーションを取ろうと必死に声を出そうとするが、空しく天井が上部へと流れていく。



 画面がグワンと勢いよく起こされ、壁が天井と床との設置線を見て天地を把握した。誰かに起こされ立たされたのだ。

 左右からマントかポンチョかを纏った、全身が真っ黒の出で立ちで顔から頭部にまで真っ黒な全頭マスク。頭頂部は長くとんがった、その恰好は何かの映画で見たKKK団のようでしたが、真っ白では無い二名がその姿をあなたの前へと現せた。

 鳥頭マスクの死神に続き、また不気味で不穏で不安を狩り立たせる。

 二人はあなたの全身を目配らせ、ペンライトを持って隅々までチェックを開始した。あなたが見つめる右目にもそのペンライトを当てられ、眩しさで30秒ほどあなたは目眩ましを起こし、視野が正常に戻る頃には、二名のとんがりマスクの黒子は忽然と消えていた。



赤いワンピース


・・・ピロン♪

 また、頭の中から遠くのほうで、音がした。スマホの通知音だった。

 通知音が鳴って間もなくして、あなたは動き出す。
 絶望に打ちひしがれる最中に、少しの希望が捨てきれない自分がバカバカしくも疎かでもあった。最早、もう終わって欲しかった。不安と恐怖、驚愕させられ抵抗すら出来ない歯がゆさ。アドレナリンの放出に脳内が慣れてくるころだった。

 虚無の境地で勝手に進む目前を眺めていると、目端に赤い色が一瞬だけ映り、通りすぎた。また戸が朽ち果て開け放たれた部屋の中から見えた気がした。しかし、あなたの意思で引き返すことは出来ない。

「・・・あ、あ・・・らふへ・・・へ」

 救出か、はたまた別の敵か。もうそんなのはどちらでもよかった。もう、これが続けられることの現実から逃げたかった。

 操縦者もその赤いナニカも、お互いに気付くことなく進む。

 階段があり、そこを降りて行く。もしかして、このままこの建物から出て行けるのではないかともまた希望を感じさせられる。

・・・ジャリ・・・ジャリ・・・カサカサ・・・・・・

 一階部分の床は多くの枯れた草木や砂利があり、壁も所どころ穴が開いていたりと腐食が激しく、獣臭すらしている。

 操縦者の方向感覚は確かだろうか。あなたにはそんな思考を張り巡らせる体力は残っていなかったので、ただあなたを操作している人物に祈り、託すしかない状況で、また自分が笑けてくる。やはり、まだ少し助かりたいという見込みを、自分は感じている。

≪・・・いや、いや、なんで・・・こんな・・・いやぁぁぁぁぁ≫
 あなたが操作して、恐らく死なせてしまった女の子の絶望した悲鳴を思い出す。
 あの子は自身の何を見たのだろうか。あのような絶望を感じる悲鳴を上げるほどのことに、今、自分も、きっと成っているはずなのに・・・・・・

 希望と絶望の狭間に、あなたは経っていた。

・・・カサッ・・・ザザ・・・・・・

 背後から草木と砂利を踏みつける音と、異様な気配を一心に感じた瞬間

カー、シュンッ!

 鋭利な鉄が地面を掠めるような音と同時に、あなたは右へと大きく倒れ込んだ。頭を壁に打ち付け、少し前方へと倒れ込む角度が変わり、ドンと落ちたその目先には汚れきった裸足の足首だけが見える。
 首がまた勢いよく上へと向けられた。するとその足首から上が見える・・・はずが、それより上の部分は無くなって足に血が滴っている。これは、この足は先ほど切られたあなたの右足でした。上へと向けられたあなたの顔の、その足首の先から「ヌン!」と現れたのはあの鳥頭マスクの顔で、口ばしはあなたの顔のどこかに当たり少し曲がるほど顔を近づけてきた。硬質なイメージだった口ばし部分は革製で、目はゴーグルのようにまん丸な目で頭部はヘルメットのようにツルんとしていた。鳥頭マスクの死神はあなたの顔をまじまじと見定めて、庭の時のゾンビのようにその場で惨殺をするかと思いきや、そのまま髪を掴みあなたはまた引きずられる。

ブチッ!・・・ブチブチブチッ!

 掴まれた髪が全部引きちぎれる音の後、あなたの目線は上へと変わる。

・・・ガシュ!

 死神の鎌が振り下ろされ、痛みは無いが下腹部から腹部にかけて違和感だけを感じ続けながら、引きずられて行く。その間、冷たそうな鎌の持ち手をあなたはただ眺めていた。


赤い・・・ワンピース?


・・・・・・
・・・ピチャン・・・ピチャン・・・ピチャン・・・・・・

 水滴が滴る音がずっと続いている。そこは大きな浴室です。
《だからか、この水滴音は・・・・・・》
 あなたはそんなバカ様な、安直な思考しか出来ません。

 世界が反転している。
 あなたは宙づりで、逆さに天地が逆転しています。
 真下には浴槽があり真っ赤に染まる。

・・・ピチャン・・・ピチャン・・・ピチャン・・・・・・

 真っ赤に滴って浴槽を染めていたのは、あなたの鮮血。

 あなたの足元、実際には天井からぶら下がった、一つの常夜灯。オレンジ色の落ち着く色の電球。今のあなたのようにブラブラと釣り下がる。

 前方にはまた、先は真っ暗に開け放たれた戸。いつのまにかそこに女の人が。
 赤い、ワンピースの・・・・・・
 いや、違う。

 全裸の女性。

 腕や頭、髪は血が固まりどす黒くなっているだけで、全身に血を浴びた全裸の女性だった。顔や身体は白く、まだ乾ききっていない身体の鮮血が真っ赤に覆っているのが遠目ではワンピースのように見えていた。

 何か、誰かと電話で話している。その言葉は日本語では無かった。
 通話を終え、こっちに近づいてくる。

 満面の笑みを浮かべながら、ちょうどあなたの顔と立つ女性の顔が同じ位置で目の前までやってくる。そんな高さにあなたは逆さに宙づりにされている。不気味にほほ笑む血だらけの女性が、あなたに口づけをしてきた。まるであのハリウッド映画のワンシーンのようだが、ときめく訳もなくあなたは終始、震えている。

 女はあの死神の鎌を持っていた。すごく嫌な予感がする。
 微笑みの顔は目前から消えて、整った胸があなたの目の前に。どうやらこの血まみれの女は脚立か何か、椅子か台に上ってあなたの下半身に何かをしている。

 あなたは、感覚が無くなっていることに感謝することになる。

 女は鎌を使い、あなたの陰部を切り取っていた。目の前に鮮血が降り注ぐ。自分の血が鼻の中に入り、喉を伝う。
 女は台から降り少し下がる。嬉しそうに微笑びしょう猥笑わいしょうへと変わり、その陰部をあなたに見せつけながらそれを頬張り始めた。

ブチ・・・コリ・・・プチプチ・・・ゴリュゴリュ・・・ゴク、ゴクン・・・・・・

 袋から睾丸を取り出して口の中で転がしながら噛み締め、飲み込んだ。袋の皮の部分で自分の顔や胸へと血で自分の肌をなめすかのように擦りつけて、恍惚な表情をしてこっちを見てくる。

 あなたは恐怖で泣き続けていた。痛みがあればとっくに気を失えていたかもしれない。今度は痛みが無いことに後悔してくる。

 次は男根を逆さに口で咥え、薄い唇からあなたの男根の先を出したり入れたり。女は自らの口内で男根を感じながら、自分の陰部も弄りだす。泣きじゃくるあなたの顔や目を、全身が赤い血に染まっていくあなたの身体を見ながら欲情していく。
 切り取られた男根は、その後、浴槽の縁へと大事に置かれた。

 女はあなたの顔へと滴る血を舐めとりながら、また台へと上がる。足を膝関節から外し切り取り、その切り口から滴る血を直接、豪快に飲みだした。血が出なくなったあなたの足は、浴槽に無残に放られる。女の目線はもうあなたを見ていない。そして足首から先が無くなった右足も同じく。ノコギリも無いのに手慣れたように膝関節部分から解体を施す、その手際と恍惚な笑顔がとにかく恐ろしかった。
 両足が取られても吊るされている。養豚所で解体された豚が吊るされているようなフックは、あなたの腰部分を貫き骨盤で支えられているようだ。

 女は楽しそうにあなたの腹部を見上げ、鎌で突っつきゆっくりと引き裂いてゆく。鎌の刃先に無駄に抵抗するあなたの肌の弾力に押され、前後に揺らされる。

ボタッ!・・・ボタボタボタッ!!

 女は気が狂ったかのように喜びを全身で表現してきた。様々な臓器があなたの目の前を落下していき、女はその臓器と血の海に寝そべり手足をバタバタとさせて、長い腸を全身に絡ませながらケタケタと喜び笑い転げ遊んでいる。

 結構な出血をしたが、あなたはまだ死ねなかった。逆さ状態では血がどんどんと頭部に送られ、死ぬどころか気を失うことさえさせてくれない。痛みによるショック死さえもさせてくれないこの女の残虐性が、とにかく恐ろしい。
 もはや人間で有るはずがないと、美しい悪魔があなたの前で優雅にあなたのパーツで遊戯する。

 両腕が肩関節から切り取られ、血が勢いよく飛び散ってゆく。少しあなたは朦朧としてきた。女は全身にあなたの血を浴びながらテンションが最高潮に上がり、奇声と爆笑をイカれたように発しボルテージが上昇する。

 女はあなたの手と腕を陰部に押し当てる。血がまるで潤滑油かのように・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・



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※これらの作品も『あくまでも』フィクションです。


 

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