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無料 短編ホラー小説『あなた』~山着~第二話・マヨヒガ

『帰郷』


 怏々と活性化された草木の緑葉は、毎年の恒例行事のように秋から冬に掛け紅葉となり朽ち果て落ちる。それはまるでわたしたちが毎日入浴し石鹸で垢を洗い落とすかのように、草木や山にとっては我々と同じく清々しくスッキリした気持ちになるのだろうか。

 山という生物が、まるで動脈や静脈のように張り巡らせた木々の幹や根は、毛細血管のように細かく枝となり葉という細胞を分裂していく。その自然の恵みが砂を土と変え、様々な動植物の糧となる。

 木を伐採し錬金したコンクリートを敷き詰めて、鉄の塊に石から抽出した油である炭化水素を注入し走らせる自動車。山からすればそれはまるで皮膚をカビらせる真菌や白癬のような存在だろう。

 しかし、何をするにも田舎での活動に車は必要だ。
 荷物は全て引っ越し業者に頼み、あなたはまた車で数時間かけて目的地へと向かう。仕事は一旦、長期休暇を貰ったが状況次第では辞めるとこも覚悟の上で、長距離運転で帰省をしている。

 義理の叔父の話を聞いてからは、この長いトンネルを見ると別世界への入口に見えてしまう。生唾を飲み込みながらハンドルを握る両手には汗が、フロントシートにずっと座っていたお尻には余計に汗が”ジワる”のを自身で感じる。

 トンネル内によくある、等間隔に配置されたオレンジ色の低圧ナトリウムランプが、ボンネットとあなたの両腕をリズミカル照らす。その点灯が地獄への秒読みを刻むかのように、あなたを何かが受け入れていく。

 最後の直線コースに差し掛かる。前方の遠い先にトンネルの出口が小さく見え、ここを出てしまうとなんだか一生、もう引き返せない気がしてくる。なんとなく微かに踏み込むアクセルを緩めてしまっている自分がいた。

 トンネルを抜けると雪景色が・・・なんてことは無く、そうであれば大分と気が楽だったかもしれない。まだ雪が積もるような季節ではなく、肌寒いだけの時期が続く。山々は緑葉と紅葉がちり散りとなり、マヌケな顔をしている。

 あなたは確固たる決意を込めてこの地へとまた帰省しにきましたが、心のどこかではまだ逃げ出したい気持ちも燻り蠢いていました。その嫌悪感。それは得体も知れない『もの』への、『おもどりさん』への恐怖なのか。未知なる未来への不安からか、それとも叔母への罪悪感からか・・・・・・
 それらの現実から、そしてあの『視線』から、どちらからも逃れることはできない。そう悟った。

 杜下は言った。「忘れろ」と。

 しかし逃がしてくれないのは”山の方”だった。この数か月、忘れさせてくれはしなかった。

あらゆる闇から覗いてくる奴らは、何を想いながら見ているのか。何かを語ることもなく。何かをしてくる訳でもなく、ただひらすら「おいで」と呼び続ける・・・・・・
 このままでいいはずがない。納得しなければならない。”唯一の生き残り”と言ってもいい母方の家族である叔母に恨まれても、憎まれても、あなたは納得しなければならなかった。



「車中」


 叔父をあんなことに巻き込んでしまった。なので叔母にはまだ会う勇気はなかった。かと言って、これからずっとホテルなどの宿泊施設で泊まり続けれるほど、あなたに予算はありません。選択肢は野宿しかないが、これまでの経験上、その勇気も無かった。

 唯一の希望として、一か所だけ車中泊RVパークが可能なキャンプ地があった。キャンプ地というほどなので、当然、その場所は山の方だ。

 以前、職場の仕事仲間からの誘いで一人キャンプを断念したほどのあなたですが、そこの車中泊は格安で、一泊、つまり二十四時間で五百円という破格な値段設定なため現実的に、切実的にそれしか今の時点では方法がなかった。

 一般的なRVパークの相場は千円からで、最低限の施設などが揃えられている。例えばトイレや電気自動車のバッテリー充電といったことが可能なようになっているのですが、そこが安い理由の一つは近くにある旅館の敷地にある大きめの駐車場を併用していて、旅館側の宣伝も兼ねているみたいだった。なので二つ目の理由は充電や売店といった利便性はここにはない。旅館側は温泉も設置してあるので入浴のみの利用も可能にし、キャンプ地と旅館との共同運営をしているようでした。

 あなたにとってはトイレと入浴が可能であれば、ひとまずは十分だったのでそこを利用しようという段取りではあった。

 道中、山道を進むあなたはずっと動悸が収まらなかった。車のヘッドライトがずっと前方を照らしているからまだよかったものの、更にその先や左右の『闇』を気にしてしまうと色々と恐怖がフラッシュバックしてしまい、ただの岩や木陰が人のように見えてしまう。できるだけ左右やバックミラーは見ないように、前方の明るい部分だけを見ながらなんとか頭と心を誤魔化して目的地へとたどり着いた。かなり曲がりくねった山道だったということもあるが、メンタル的に恐怖との戦いも必要だったため、当着時には夜が更けてしまった。

 この時間では旅館の受付もやっていないと思い、料金の支払いなどは明日の朝一番に行って話をつけておこうと判断した。

 大きめの保育所や幼稚園の運動場ぐらいの大きさの開けた駐車場には、ナイター照明のような強めの明かりが一つだけで全体を照らしていて、他の車は二台だけ。中の様子は人の気配はなく、同じような車中泊の利用者はあなただけのようでした。

 高速を降りた所のパーキングエリアで食料は余分に買っておいたので、腐るのに足が速そうな具材のおにぎりとエッグサンドから頬張った。咀嚼しながら周囲を目配りし、全体を把握しようとする。

 外灯の明かりが強すぎ、その先は一切、星の一遍すらも見えないぐらいに暗い。いつも気になってしまいあなたが恐れるパターンの一つだ。できるだけその先には意識を向けないように、大きく息を吸って自分をまた誤魔化す。

 手前にあるワゴン車の影が長くこちらへ伸びている。あなたの車の手前で切れていて、そんな些細なことで安心するようにした。

 あなたの後ろ、反対がわ駐車場の端っこには白の普通車が止まっている。汚れて錆びれた感じに見え、誰かが乗り捨てたような雰囲気だ。その先はもう森と言っていいほどに、手前の木々しかあなたの目には映らなかった。

 前回の一人キャンプ場では途中で車を降り、さらに徒歩にて自分の足で登らなければいけなかったが、今回はこの駐車場が目的地だ。なのでここまでは大丈夫だった。車から降りさえしなければ・・・よくは分からないが、心霊や幽霊的な存在には無意味であろうこの鉄の塊ではあるが、それでも心持ちは全然ちがった。

 この日は長い運転の疲れもあり、すぐにあなたは周囲の恐怖を掻き消すかのように眠りについた。



「館主」


・・・・・・コン・・・コンッ、コンッコンッコンッ・・・

 助手席側のサイドガラスが叩かれる音で、あなたは目が覚めた。
 意識がまだハッキリとしない中、外を見るともうあなたの恐怖の『闇』はすっかり消えて明るみ、目の奥が痛む。すぐにノックの音がした方を確認すると、中年の男性が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「・・・すいません、大丈夫ですか?」

 外界から閉ざされた車内に、そう声が微かに聞こえてきた。あなたはこの旅館の館主だと察し、少し急ぎめにフロントドアを開けて外へと出て、申し訳なさそうに男性の方へ向かった。

 先ずは謝罪し、事情を説明してこの場所の利用と料金を払う意思を示した。男性はやはり館主兼オーナーだそうで、表情は無愛想だがいい人ではあった。料金も本日からでいいと言ってくれたので、あなたはお返しのつもりで本日の入浴料金も一緒に支払わせてくれと言った。

「・・・なら、受付まできて手続きをしてください。ああ、手続きと言ってもそれぞれの切符をお渡しするだけなんで」

 館主は当旅館の入口へとあなたを誘導するように踵をかえして歩いていく。あなたはすぐに車へと戻り、財布が入っている鞄と車のキーだけを手にして後を追いかけます。

 受付・・・のようなカウンターは無く、おそらく女将さんらしき人物が廊下からやってきた。館主さんとはご夫婦なのだろうか。旦那さん、館主さんとは違い愛想のいい笑顔と仕草であなたを迎え入れてくれます。

 女将さんとの、ワックスが効いた木製のタイル貼り廊下でのやり取りで駐車券と入浴チケットを貰い、あなたは軽く会釈をして車へと戻りました。駐車券は毎朝、旅館へと購入しないといけないらしく、数日や一週間といったまとめ買いはダメだと言われ、駐車場の隅っこで風化した車を見ていたあなたは疑問に思うこともなく合点がいきました。

 あなたは自分の車内へと乗り込む前に、なんとなくあなたは再度、隅っこのボロボロな車に視野を向けました。所どころ錆が見られ、タイヤも無くなりフロントガラスは割られていたのか、キレイに取り外され中が丸見え。ボンネットはへこみ、調子者の若者かなんかが花火でもして楽しんだかのような、何かが燃えた焦げ跡も見られ、前日は暗すぎてここまでボロボロだとは気づきませんでした。

 苦虫を嚙み潰したような気分になりながら、運転席へと乗り込みあなたは車を走らせます。
 


「牡丹」


 GASスタンドでガソリンを満タンにして、あなたはこの懐かしむような気分には到底なれない心境の最中、故郷を車でドライブ感覚で回ろうと思いました。町というには殺風景で、村というには発展しているこの中途半端な土地全体の把握や物資の調達、最悪、移り住む必要があるかもしれないことも見越しての行動です。

 国道沿いの主要道路には点々と店や雑貨店などが点在し、それ以外は田畑や空き地、小規模の民家。恐らく一家や一族だったりが集まった一家集落なんかが見え、進めば進むほど大きなスーパーといった集合施設はなかなか見えてこなくなっていく。

 これ以上進んでもあまり意味がないと思う所まで来て、あなたは道を引き返そうとしました。時間的になのか、交通量がほとんどないのでUターンをしようかと一瞬悩みましたが、あなたは田舎の怖さを知っているため思いとどまりました。

 右折かもしくは左折が出来る場所まで進んでいると、コンクリートで舗装されていない土系舗装の道が右へと、田畑と小さな山のふもと道が伸びていました。こんな道がわざわざあるので、もし別の道へと出なかったとしても切り返して引き返すことぐらいは可能だろうと思い、GPSにも記されてない道を右折します。

 その”みち無き道”を進んでいくと、何とも言えぬ建物が見えてきた。民家にしては玄関が大きく開かれていて旅館のようでもあり、旅館にしては建物全体が小さく、まるでちょっとしたお屋敷に近い外観でもあった。
 玄関と思われる前には少し広めのスペースがあったのでそこで車の切り返しができそうでした。ゆっくりと進め切り返していくときに、大きな玄関が目前となる。すると

『飩饂鯨山』

 という木製の大きめな表札が目に入ってきた。看板にしては小さい。
 あなたはこの漢字が読めませんでした。

《・・・・・・くじら・・・やま?》

 疑問に思いながらも、誰もいないことを願いながらゆっくりとハンドルと切り車のフロントを切り返していく。最後にバックを気にしながら、ターンが切り返し終え戻ろうとしたとき、いつの間にか全く気が付かなかったが、あなたの前方すぐに前に高齢の男性が立っていてあなたを見つめていました。

 あなたはフロントガラスを開けて
「・・・ああ、すいません。間違えてこの道入ってっちゃいまして・・・」

 おじいさんは無言であなたをまだ見つめています。

 車内からは失礼かとも思い、その場で車を停めて車外へと出てあなたは再度同じことを繰り返し伝えつつ、世間話も交え愛想を振りまきました。

「あの、すいません、ここは旅館か何か、ですか?」
 少し間があってから

「・・・・・・こんなな~もねぇとこ、だれがすき好んで泊まりにくるけぇ」

「あ・・・そ、そうですよね、ご自宅ですか?すいません勝手に入ってきてしまって」

「・・・食いもん屋しちゅう。食ってくけ?」

「え?あ、お食事処ですか!へぇ、知る人ぞ知る老舗の名店、隠れ家的でいいですねぇ」

 あなたはここぞとばかりにおじいさんを持ち上げた。しかし何も言わずにおじいさんは建物の中へ入っていき、消えていった。あなたは急いで車のキーを抜きに戻り、屋敷風の建物へと入っていった。


『逸話』


 建物の中は一遍して個室のような区切りがされていて、まがきといわれる置き型の格子で各食事スペースが確保されている。座席が多く、まるで時代劇に出てくる花魁の女郎屋の雰囲気に似ていた。

 間もなくして、こんな田舎の山中には似つかしくなく、しかしこの建物には最適かと思われるような、若く少女と言ってもいいような可愛らしい女性が現れて、あなたを座席へと案内しました。

「いらっしゃいませ。じいちゃんが入れよったんですってね。ほとんど予約制だからたまげたや」
 若いのに訛りが少し強めだった。

「すいません・・・あ、ここは何屋さんなんですか?」

「ああ、ここは『小鍋立て』『うんどん』をよく提供しちょるきに」

「こなべ・・・あ、鍋と、うどん?」

「そや。多分、いきなりやから簡単なもんしか出来やんかもやちゅうけど、まぁゆっくりしていって。今日の予約は夕方からだけやし急がんでな」

 そう言って、襦袢じゅばん姿の少女は奥へと消えていった。

 いい匂いがしてきて、あなたはお腹を鳴らした。朝からなにも食べていなかったので丁度よかったと言えばいいタイミングだった。出汁のいい匂いの中に、少しクセのある臭いもしてきた。

 座席の周囲を見渡すが、メニュー表や値段表、薬味やお箸といった飲食店には必需品だろう物すらも一切テーブルには置いていない。本当に飲食店だろうか不安になる。まだ準備中だったのかともあなたは考えていた。

「はいよ、お待ち」

 出されたのは肉と山菜が入った、通常よりかは太麺なうどんだった。食べてみると本当に美味しく、出汁は煮干しが強めで昆布と醤油といった関西風。山菜もこの辺で取れているように新鮮さを感じる。麺は精密的な均一性がないので間違いなく手打ちでありコシも強く、まるで讃岐で食べる本格手打ちうどんのようだった。

 肉が独特で、豚肉のような味だが弾力はカモ肉のように食べ応えがある。肉だけで食べると少しだけクセを感じ、さきほどの臭いもこの匂いだと確信した。クセはあるが、出汁や麺と一緒に食べると、すっ、と臭みは消えて逆に美味しくこのクセがやみ付きになりそうなほどだった。

 あなたは食べることに夢中になり、10分もしないうちに全て平らげて満足感に溢れて自然と笑みを浮かべていた。すると

「どうっちゃ。いけたか?」

 あなたの知らないうちに先ほどのおじいさんがあなたの横に立っていた。驚いたあなたは少し咽てしまった。

「ゴホンッ!ゴホンッ!・・・あ、はい、とても美味しかったです。ゴホッ・・・ごちそうさまでした」

 ”いけた”とは問題ないか?ということの意味でもあった。

「これ食っときゃ~大丈夫だろうて」

「??大丈夫?」

「ああ。安心して帰ってええでや」

「・・・どうゆうことですか?」

 おじいさんはその後は何も言わずにまた奥へ、恐らく厨房へと戻っていった。そしてすぐに先ほどの着物の襦袢姿の少女があなたの元へと戻ってきた。

「お客さん、凄いねぇ!あれ”自動いす車”やないけ?!あんた金持ちなんね!」

「じ、自動?!・・・ああ、車のこと?いいや、金持ちとかじゃないですよ。ローンだし」

「後で私も乗ってみたいなぁ」

「・・・これこれ、この方は”もどられる方”じゃけ」
 おじいさんがまたいつの間にか少女の後ろに立っていた。

「え~、そうなんけ~。じゃ~しゃ~ないの」
 少女は分かり易く肩を降ろしながら厨房へ戻っていく。

「・・・おめ~、この辺の者け?」
 おじいさんが片手に湯呑を持ちながら、座席の端に座り込み話しかけてきた。

「あ、あ~・・・はい、生まれはこの辺なんです。あの、ここから北側にある山のふもとの。何年かぶりに帰省してきまして、故郷も町並みを見て回っていたらここにきてしまったんです」

「・・・そうけ。北んとこけ~。大変じゃったのぉ」

「??大変?」

「こんな時代に『人身御供』なんての。まだやっとるきにそりゃ問題も起きよるで」

「?!おじいちゃん!あの山のことなんか知ってんですか?!」

「どうしたんおみゃ~、知らんのけ?」

「はい!教えてください!」

「わしもそないに関わらんようにしてきたぜよってに、今のこまけ~ことは知らん。昔からあっこは年に一回、この季節にいつも誰かがあの山んとこいってなんかしちょる。今回はその忌まわしの風習がバレて役人さんが来てあ~だこ~だ揉めて人死にもでたんだってよ」

「ええ?!そんなことが?聞いたことないですよそんなの・・・」

「昭和になっちゅうてからも、んなことやってっから田舎もんってバカにされたりしゆうに」

「?昭和??」
 あなたはおじいさんが少し痴呆気味かなと感じました。

「おめぇがどんな事情があってあの村ぁ抜けたんかは知らねぇが、なんし運が良かったか親がたいそう頑張ったんじゃろな。感謝せぇよぉ」

「・・・え?まさか、今でも『生け贄』の文化が残っているって言うんですか?まさかぁ」
 あなたはおどけて見せた。

「・・・わしゃ、知らんがの」

「・・・あ、おじいちゃん。よかったらもっとあの山らへんのこと聞かせて欲しいんだけど。なにか知りませんか?わたしは調べに戻ってきたんです。叔父さんが・・・親戚が行方不明になって探さなきゃならないんです!」
 あなたは切実に、おじいさんに迫った。

「よかよ。だけんど、わしゃ知っとるのも聞いた話しか知らんでよ」

「全然、いいです!お願いします!」

「・・・んー、どっから話せばいいかのぉ・・・・・・」


「昔話」


 むかしゃぁの、こっちとあっちゃは丁度あの山ぁ挟んで別の集落やったんじゃ。領主が違ぇでな。今や上の都合で一緒になっちまったがや。

 こっちのもんはずっとあの山にゃ行くなっとガキのころから口酸っぱく散々言われとった。隣同士の村やのに一切の交流もせんと・・・まぁ一部の人間は繋がっとるっちゅう話もあったがよ。密会するような連中やら、商売しとうようなもんまでの。

 関係あるんかどうか、知らんでよ。わしがガキん時の連れが突然、消えたんじゃ。小さい時はようあの山のふもとで、よう肝試し、度胸試しっつって遊んだりしとったきに、村中総出で探しとったがわしゃ絶対”あっこ”じゃと思ってわし一人で山んふもとまで行ったのぉ。

 ん?なんで一人で行ったかと?

 クソ生意気なガキじゃったからのそいつぁ。どうせあいつの親父とまた喧嘩でもして、鼻息吹かせながら山ぁ越えたろうとしてたんじゃろうと思っての。逆にそいつ、誰よりも先に見つけてびっくりさせたろぉ思ちょって意気込んだんじゃ。

 とりあえずいつもわしらが集まる場所、悪ガキがようしゆう隠れ家みたいなわしらで作ったとこがあっての、そこに行って見たんじゃ。そこのそれぞれの宝物みたいなん取りにくるじゃろう思おてな。したら、そこに居ないでよ。あいつのもんもそのまんま。ほんまに山ぁ越えよったんかーと思ってのー。わし自身は流石に一人で越える勇気と根性は無くってな。肩ぁ落としながら帰ろうとしたんじゃ。

 そしたらまぁなんか数人の人影が動きよって、わしゃ夜目をひん剥きながら動きを追ったで。
 おめぇも田舎もんなら分かっちょるでよ?下手に手元で明かりを灯すと余計に先が見えんくなりよる。だからわしらはそんなんに頼らず月明かりやらで山ん中行動しちゅう。

 だげん、捜索隊らは違うでよ。大人はみんな提灯やら電灯やら使ちょる。そらそうだわな、人探しとるんじゃけん。最初はその人影も探しちょる勢かと思ったが、そいつらはわしらのように持っちょらんでな。明かりをよ。

 他にわしらの仲間、悪ガキども友人勢がわしとおんなじこと考えて探しにきちゅうかとも思ったけんど、ならなんかわしから逃げるように去らんじゃろ。普通にわしんとこ来て居らんくなった奴がおったか聞くじゃろ?

 いやな予感さしたでなそんときは。死ぬ覚悟しながら後を追ったで。

 なんぼ夜目にしたっちゅうても生い茂った森ん中ぁまでは流石に見えん。やのに奴らぁほんに見えちゅうちゃうんかいうぐらいどんどん進むでよ。んだもんで当然のように途中で見失っちまって、わしも自分がどこにおるんか分からんようなってもうてな。追うどころか迷子じゃ。帰るにもかえれんようになってもうて数時間うろうろしとったきに。連れの救出どころか自分が危ないって自覚したころ、捜索隊となんとか遭遇できてわしは何とか助けられたんじゃ。

 んじゃがその後そん子は見つからず、ずっと行方不明のままでの。

 ああ、あと更に、不思議なんはその子の両親はずっと我が子を探し回っちょったが、一年後ぐらいかのぉ。両親もまたともに消えおったんじゃ。親族の何人かはその一家を探しておったような感じではあったがよ。そん後のこたぁもうまだガキだったわしには分からんくなったで。
 

「仙人」


 そんなわしの実体験もあってじゃの、裕福でもなんでもねぇ家庭じゃけぇ生活がバタバタして忙しくっての。連れの失踪事件のこたぁ意識から薄れてきたりしちょったが、心のどっか引っかかってたんやろのぅ。山菜やらなんか食料になるもんぉ山んに採りに行った先で出おぅた、どっかの坊さんか仙人さんかに聞いた話があっての。どこじゃか場所の話かもはっきりせんちょったが、もしかしたらあっこの山から、ここらの集落の話やもしれんと思っちょるんやが・・・

 ある日、いつか分かっちょらん昔の話、何人かの僧侶が命からがら山のふもとの村ぁたどり着いたそうじゃて。言葉がようわからんこと言っとっちゃきに、どこぞの国から追い出され逃げるように海を渡り山を越えてきとうようて、その村に保護を求めてきたそうな。

 しかしその村は、どこぞのわからんもん村に入れるわけにゃいかんって追い出し、何度も助けを求めちゃっきに、そのたんび稲作なんぞに使うとる鍬やら熊手やらを持って村のもんは応戦して村に入ってこんようにしとっちゃ。

 何人かいたその僧侶たちも日ごとに人数が減ってきちゅうに、餓死したり病死したりしとっちゃと。
 僧侶たちの逆恨みがどんどん日にちに膨れおっての。最後の一人になってまで執拗にその村に執着し、最終的にゃその村を恨みながら最後の一人も死におったそうじゃ。

 そんな異国民の恨みや呪いを払うために、その坊さんはずっとその村と山を修行も兼ねて供養に回っておると聞いたことがあるんじゃ。



「帰路」


 「今ぁそん坊さんもどうなっとっかは知らん。そんとき以来、会っちょらんでな。周りの人や古い人にそんな坊さんか仙人と会った話をしてもそんな人ぁ見たことも聞いたこともねぇ、知らんとしか言わんね」

「その・・・内容というか、異国の僧侶の話も誰も知らないんですか?」
 あなたは真剣な眼差しで長い沈黙を破り質問を投げかけた。

「・・・いんや、正直、そこは聞くんが怖かったけん誰にも言っちょらん。わしぁ数メートル程度の距離で会おちょるからの。田舎の噂話が広まる怖さっちゅうんはおめぇさんも知っとるじゃろ。聞き回ってるやつがおるって・・・その連れを誘拐かなんかしちょる、ようわからん連中の耳に入られても嫌じゃけぇ。・・・・・・物の怪かなんかの類・・・じゃないかも知れんけんの」

「・・・人かも、ということですか?」

「・・・わからん。わからんからこそ、怖いんじゃ」

「なんで、わたしには言ってくれたんですか?」

「・・・・・・おめぇ、そろそろ帰ぇたほうがええぞ」

「え?!なんでですか?」

「あんま長居しちゅうと、帰ぇれんくなりぃよ」

「??あ、ちょ・・・・・・」
 そう言っておじいさんは奥へと引っ込んでしまった。あなたは仕方がなくまるで異世界のようなその建物から帰宅することにした。帰り際に少女が見送りに出てきてくれ、車の中を珍しげに眺めながらひと言こういった。

「その松毬ぁ、大事にしとっけってじいちゃんが。んでなんか知らんが、期が来たぁ燃やすんじゃて。なんの話じゃ?」
 ダッシュボードの、フロントガラスにもたれ掛かっている松ぼっくりを指さして少女が言った。

「・・・どうゆうこと?」

「知らね。んじゃね」

 少女はかわいい笑顔で手を振り、建物の中へと走っていった。あなたは色々と疑問や不思議に包まれながら、土道を進む。



「人影」


 あなたはその女郎屋敷のような飯屋を後にし、数える程度にしかない主要道路を車で走りました。基本的な地形の変化はなく幼少時代の微かな思い出を振り絞りながら、見知った場所を見つけては車を停めて徒歩でまた周囲を徘徊し、懐かしの地を堪能しながら周囲全体を把握していきます。

 この地区は地盤が安定していないからか、景観を維持するための地元民の反対が強いのか、マンションや集合住宅は少なく連立する平屋や二階や三階建てのアパートしか無い。もし住むとしたら誰も使わなくなった一軒家の方が安く賃貸できるかもしれない。そんなことを考えながらこの村で唯一の駅周辺を探索してから、また駐車場へと帰っていく。

 
 その夜。

 旅館の温泉で約束通り入浴をすませて車内で眠りについたのですが、なぜかふと深夜に目が開きました。よくある寝返りや呼吸のし辛さなどで一瞬、目を覚ますように開けただけです。運転席のリクライニングを目いっぱい倒しながら眠っているあなたのすぐ横、後部座席のサイドガラスは外からの目隠しシートであるサンシェードを張っているので外からは簡単には見えないはずですが、その窓に顔をもうガラスに付いているのではないかという近さであなたを覗こうとしている人影と、なんだか目が合った気がしました。

 「う!?・・・」
 あなたは驚きましたが、必死に叫ぶ声を押し殺し黙って気配を殺そうとします。気配と雰囲気しか分かりませんが、いつもの『もの』の気配です。が、人であった場合も怖いものです。

 こんなにもハッキリと『もの』の視認ができたのは初めてでした。顔や姿はあのナイター照明が後ろから強く照らされていて、逆光で暗く全く見えません。
 いや、まるでその『もの』事態が真っ黒な影のようにも見えます。少し前かがみで、傾聴姿勢で覗き込まれているのは不安と疑問しかありませんでした。

 真っ黒な人影の闇の中、目だけが薄っすらと映っている気がする。
 その目は普通の目であり、映画や漫画のような分かりやすいお化けや妖怪のような目ではない。いっそのことそうであったら夢や幻覚だと自分を言い聞かせて夢へと逃げられるのだが、その目はそうさせてくれません。

 あなたも、じっと見つめ返しながら視線を変えることができませんでした。何をされるのかが分からない恐怖であれば、いっそのこと襲ってくるなり脅かしてくるなりしてくれればそれなりの対処ができるものの、ただじっと車内を覗き込んでくるのです。

 時間の感覚が狂いだしてきます。

 数分なのか、数時間なのか。

 じっと見つめ合っていると気が付きます。その『もの』は瞬き一つしていませんでした。
 これで人間ではないことだけは分かりました。しかし、一向にじっと見つめてくるだけでなにも起きません。

 あなたは次第に慣れてきました。恐らく何時間も経っているのでしょう。そんな中、また気が付きました。あなたは、
 おいで・・・また・・・おいで・・・
 という声と、この『視線』は同じなんらかの『もの』だと思っていましたが、どちらか片方しかあなたの前に出現していないことを。

 今は、時刻はもう午前3時を過ぎています。
 この数時間の睨めっこの間、丑三つ時は越えているはずだが声はしていない。見ることと、伝えること。どちらかしかできないのだろうか。それとも別の存在なのだろうか・・・・・・

 そんなことを考えているうちにいつの間にか、『もの』の影の姿は消えていて、嫌な感覚も消えていました。


「消失」


 この地、故郷の近い土地だからこそ、昨晩の『もの』の存在を強く感じたのだろうか。それとも”見つかってしまった”のだろうか・・・

 そんな不安があなたを襲い、あれから一睡もできませんでした。

 空が明るみ視界が確保され次第、あなたは車を発進させます。行き場所なんて決めていません。ただひたすらあの場所から移動をしたかったのです。

 時刻は6時25分。

 この村の主要道路に一つだけコンビニがあります。そこで朝食ついでに少し駐車場で時間を潰すしか今は思いつきません。とにかくそこで一息つきたかったのと、自分以外の人がいるという安心感も欲しかった。

 あなたが好きなドリンクをコンビニで買い、買っておいたサンドウィッチ食べながら考えます。先ずはどうしていこうか・・・・・・

 ふと、昨日行った女郎屋敷にもう一度行きたくなりました。それは単純にまたあのうどんを食べたくなったのです。それと、料金を払っていないことにも気が付きました。レジや受付のようなところが入口付近にもなく、だれも居なくて帰りなさいと言われるがまま出てきてしまったのです。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、あの古い建物と二人の服装などの雰囲気、訛った言葉がなんだか落ち着くような居心地の良さもありました。お昼にはまた行こうと決意し、その後はどうしようかと悩みます。

 本当は、また『杜下』に話を伺いに行きたいのです。しかしなんだか気が引けています。なにより「もう忘れろ」と言われているのですし、叔母へのことが一番の気がかりです。できれば、自分の手で叔父を見つけ出して救いたい。その思いを元、ここへやってきたのですから。
 できれば勝手に山へ、禁足地へと入って行くよりも誰かの許可を得て叔父の捜索を開始したかった。自身の安全確保のことを考えてのことでもあるが、出来れば人手があれば身も心も安心安全なのは当然である。


 時刻は10時ごろ。

 頃のいい時間になりあなたは再度、主要道路を車で走らせて女郎屋敷へと向かいました。しかし、昨日の場所付近までやってきましたがあの”脇道”が見当たりません。想定していた距離を大幅に過ぎますが、それでも例の土系舗装はやってきません。

 いくつかの土系舗装の道はありましたが、田畑の真ん中を横切る道や見える範囲内の突き当りに民家があり、ただの通過道に過ぎませんでした。何度も何度も引き返したり往復してもあの道はありません。

 あなたはシンプルに不思議という疑問もありますが、なによりも悲しく寂しい気持ちになり諦めきれず、また何度も何度も、他のドライバーの迷惑なのも気にせずに低速で探し回り、明らかに主要でもないただの一般道でも脇道をも気にして探しました。しかし、あの屋敷への道はありません、消失した、いや、初めから無かったかのように・・・・・・

 あなたはここだと確信を得ている場所、小さな山のふもとで車を停めて車外に出てまで周囲を見渡します。道の痕跡どころか、そこには本当に小さな小川が流れているだけで車はおろか徒歩の人間すら入れず、小川のせせらぎがあなたを嘲笑うかのように空虚な時間を刻み続けました。



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