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スウェーデンの高齢者施設ではどのように 終末期ケアへと移行するのか

認知症を患った人の中には認知症の悪化、つまり脳の働きの低下により最期を迎える人もいます。
 
そのような人の多くは、自分自身で食べることが難しくなるという症状がみられます。食べるという動作自体が難しくなる人は、介助によって食事をするようになります。そして、徐々に飲み込みのプロセスが困難になってきます。
 
飲み込めない、もしくは飲み込んでも誤嚥してしまう状態になると、栄養と水分の摂取が難しくなり、摂取できるものを少しとりつつ、木や花が枯れていくように、終末期を経過し亡くなります。
 
 
このような認知症の悪化は徐々に訪れるため、看護師やスタッフによる体調の変化を本人も家族も確認しつつ経過を見ていけます。
 
食事の時間にこれまでのいうに起きて、食欲が見られる状況でなく、感染症の症状もなく、日中も傾眠の時間が長いと、私は家族へ、認知症についての知識を伝えると共に明確に状況を説明します。そして、医師と相談して、早期終末期に入ったという『ブレイクポイントミーティング』を高齢者本人と、家族と高齢者の部屋で持ちます。
 
 
多くの家族は、いつかこのような状況が来ることが分かっていても、やはりとてもショックを受けます。

私の経験では、高齢者本人も一緒に対話的な話の時間が持てると、本人自身がこの人生についての思いや、これから訪れる死について受け入れつつある気持ちを言葉にするかたも多く、家族が辛いながらもこの終末期という時間を大切にしたいという気持ちに移行しやすいように感じます。

もちろん、それぞれの高齢者の生きるということへの価値観や、家族との関係、死への思いも違うので、とても悲しく、不安になる人もいますが、どんなことが不安なのかを聞き、穏やかな最期の時を過ごせるようケアが約束されていることを説明すると多くの人は、このミーティングをよかったと言います。


そして、いよいよ意識がなくなる、呼吸に変化が出てくると、更に最終の終末期の『ブレイクポイントミーティング』を家族と持ち、最後の呼吸が近づいてきたことを伝えます。
 
 
このように、認知症の悪化による徐々に起きる体調の変化によって、終末期ケアへと移行するケースでは、時間的ゆとりもあり、検査もなく、内服薬をなくし、注射による症状緩和のみになるので、自然の流れのような形でスムーズに進みます。
 
ただ、このようなケースではなく、少し体調が低下している、例えばいつもより元気がない、食欲がない、コミュニケーション能力が下がっているというような時に、感染症を疑える症状の熱、咳、下痢などが見られる場合には、抗生剤の治療によって、回復することも大いにあるので、終末期ケアへの移行がすぐに決定さえることはありません。
 
このようなケースは高齢者施設という、医師が週に1回しか訪問しない環境で、どのような医療やケアをどこでどのように進めていくのかを決めることはとても難しいです。
 
 
しかし、このような状況こそが、高齢者の体調も、高齢者の考えもよくかわっている担当看護師としての仕事の大事な場面です。
 
適切な倫理観、高齢者の疾患についての知識、アセスメントできる能力、高齢者、家族、さらに電話やメールでの医師とのコミュニケーション、現場のケアスタッフが決定に合ったケアを実行してくれるよう導くリーダーシップが発揮されなくてはなりません。
 
高齢者施設に暮らし、中度認知症を患う(普段は簡単な質問には答えられるコミュニケーションのレベルだが、記憶障害は明らか) 90代の方の事例を紹介します。
 
最近1カ月は突発的な下痢が時々起こり、便の検査をしても原因は分からず、症状緩和の薬剤を内服していたのですが、おなかの痛みからとても不安を示し、スタッフがそばにいないと、泣いたり、叫んだりしてしまうほどでした。しかし、この不安定な精神状態は、お腹が原因かもはっきりしないところで、夜も眠ることすら困難な日も出てきていました。そのような中、ある日曜の夜38.7度の熱発をしました。
 
インフルエンザもCOVIDも流行ってきた時期なので、もちろんそれをまず疑いました。しかし、熱はすぐに下がり、他の呼吸器症状は見当たりません。血圧も呼吸状態もすごく悪くはないという状態です。ただ、高齢者は、うなりながら、寝るわけでもなく、起きて食事を食べられる状態でもなく、薬さえ飲めません。
 
この時、我々看護師は、病院に搬送して病院でされる医療と、施設で我々ができることを比較しました。
 
病院では、各種検査、(一般的には採血とPCR)、水分補給の点滴、静脈に投与できる抗生剤の治療がされるでしょう。

高齢者施設でも、採血やPCRはできます。ただ結果が翌日になってしまう欠点はありますが。また、水分補給の点滴も看護師がいる時間帯であれば可能で、高齢者に必要とされる最低限の水分投与はできます。抗生剤は内服での治療は可能ですが、静脈へ投与できる効果の強い抗生剤投与はできません。(医師が常駐していない施設での治療には全国共通のガイドラインによる制限があります).
次に、病院へ搬送され、急患室で待ち、病棟で治療をうける中での、高齢者へのネガティブな影響について看護師3人で話し合いました。
 
・救急車でくる救急看護師、急患室のスタッフ、病棟でのスタッフと多くの違った人がこの高齢者に関わることで、不安を感じること。
 
・急患室は人の動きも多く高齢者施設に比べ慌ただしい環境の中、トリアージで高い優先順位になる可能性が低く、長時間検査を待つこと、点滴はされても食事を介助してもらえる可能性は低く、ゆっくりとコミュニケーションしてもらえる環境ではなく、認知症状態の下がっている人にとってはとても快適とはいえる環境でないところにいなければならないこと。
 
・入院になってもこの方の家族はおらず、仲の良いお友達も高齢のため病院までお見舞いにいくのは困難であり、安心できる人との繋がりが絶たれてしまう可能性が高いこと。
 
この3点があげられました。
 
この高齢者にとって、安心した自分の部屋で過ごせ、家族当然の施設スタッフがケアするとこが、この方にとっては大事だと判断した我々は、本人にも施設でできることをまずは最大限してみると提案しました。しかし、ご本人は混乱状態にあり、本人が希望を示せる認知状態ではなかったので、看護師の判断を医師に電話で確認しました。
医師も我々の考えを理解し、検査と点滴をしました。
 
点滴によって水分が補給されると何とか食べる元気がでて、自力での水分、栄養分の補給と、治療薬の内服ができるようになり、回復に向かう場合があるからです。
 
なので、この点滴は命をつなぐというより、自力で生きられるための補助的な意味で、通常2,3日を上限にして、点滴で回復の兆しが見られない場合は、点滴を中止します。
 
この方は点滴をしても、内服薬も摂取できず、水分も口を湿らせる程度にしか摂取できるようになりませんでした。
 
発熱から3日目、覚醒している時間も減っていき、不安すら表現できない状況になり、医師が施設を訪問する日になりました。
この時には、施設でできる医療は全て行っており、採血データからみても、今後回復が見込めないのは明らかでした。
 
本人が意思を示せない中でしたが、医師は高齢者を診察し、これまでの経緯から判断して病院での医療はせず、施設での終末期ケアへの移行と決定しました。
 
 
我々、看護師にとって高齢の入居者を病院へ送ることは、簡単なことです。しかし、スウェーデンで求められる高齢者施設での看護師の能力は、そのような仕事をすることではありません。
本当にその人が望むこと、その人にとって最善のこと、最期の時を安心して過ごせるのかを見極めながら、医師との連携をしていくことができなくてはなりません。
 
可能な医療についての選択肢を想定、比較、あらゆる状況を考慮してアセスメントしたことを客観的な情報と共に、的確に医師へ伝え、適切で倫理的な医療判断の決定へとつながるような仕事を、ケアスタッフと、同僚の看護師と協力しながら、日々させてもらっています。
 

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