創作小説 『擬態』 草稿

 アイデアが思いついたので、短い小説を書いてみた。普段書いているエッセイもあまり慣れたものではないが、小説に至っては多少の経験があるだけで全くの素人であるので、まぁ、温かい目で見守ってほしい。

 以下の物語はフィクションです。実際の地名、人物、団体などとは一切関係がありません。また、いくつか具体例が挙げられていますが、それもまったく現実とは関係ありません。

擬態

「あなた、カメレオンでしょう。」
 午前の授業が終わった昼休み、校庭の草むらで女子高生、加藤凛子はある男に向かって言った。
「馬鹿なことを。俺は人間だよ。」
 男は言った。彼は凛子と同じきつね色の、正確に言うとキャメルゴールドの制服を着ていた。といっても凛子とは違って男子用のものだが。
「じゃああなた、何年何組なのよ。」
問いかける。
「2年4組」
 男は答えた。
「嘘よ。あなた、時々私と同じクラスの教室にいるようだけど、名簿を見ても、友達に訊いてもあなたのような人はいなかったわ。」
 凛子は進級以来、男が時々教室に入ってくるのを目にしていた。しかし名簿を見ても名前がわからず、友人や教師に訊いても、存在は認識しているが、名前や人物像はよくわからないという答えが常であった。
「でも、なんでカメレオン?」
 男は問いかけた。
「私は見たのよ。あなたがお昼に生物部のトカゲ用の餌(コオロギ)を食べているのを。目にも止まらないスピードで舌を伸ばして。あんなの人間技じゃないわ。あとはまぁ、人間に擬態できる動物がいれば、カメレオンかって思っただけ。」
 そもそも動物が人間に擬態するなんてことも信じられないけど。凛子は付け加える。
 凛子は生物部員であったため、動物、とくに爬虫類への見識は深かった。
「ばれちまったか。こんなの何年振りだ?30年振りくらいか。」
「カメレオンってそんなに長生きするの?」
 怪訝そうに問いかける。
「いや、カメレオンの寿命は長くても10年程度、何十年も生きることはない。しかしだな、生き物の中には、異様に長生きするものが時々現れるんだ。400年近く生きた二枚貝とか。どこかの宗教のお坊さんとか。」
「そんなものなのかね。」
 まぁ、人間に擬態するカメレオンの方が摩訶不思議か。凛子は心の中で謎の納得をする。

「それで、俺に何の用だ。」
 男は腰のあたりに手を当て、面倒くさそうに訊く。
「あ、そうそう、あなた、私たちの学校に入ってくるのをやめてくれる?」
「こりゃまたずいぶんド直球なようで。」
 男はさらに面倒くさそうな様子だ。
「お前のような素直な奴は嫌いじゃない。けどよ、俺が何に擬態して何をするかなんて、俺の勝手だろ。口出ししないでもらえるか。」
「みんな気味悪がっているのよ。よくわからない男が教室の中にいるって。」
 凛子が友人にその男の話をすると、皆口をそろえて言った。
「そうか、お前、思ったより素直じゃないんだな。」
 男は言う。
「何よ。大体、カメレオンが人間に擬態していること自体がおかしいのよ!」
「どうして。」
「…っ。」
 凛子はうまく答えられない。おかしいと思っても、実際に目の前にいるのだ。
「…まぁ、お前の言いたいことはわかる。簡単に言うと、お前の常識の中では、人間に擬態するようなカメレオンがいてはいけないんだろう。」
「…そうね。」
 恐怖に似てはいるが、そんなものでは表せない。世界のバグと言うか、そういう存在がいると、自分の認識する世界が壊れてしまうような気がしたのだ。自分の知っている、調和のとれた平和な世界が。
「でもよ、お前だって『人間』に擬態してるんじゃねぇのか。」
 男は問う。
「私はあなたみたいな怪物じゃない。」
「そうじゃねぇって。」
 男は草むらにあった大きな石に腰掛ける。
「お前はどうやら、俺を恐れている。けれどそれ以上に、俺に興味津々のようだ。…そうでもなければおれに話かけることはないだろう。」
「なっ、何が言いたいのよ。」
 図星を突かれて動揺するも、何とか平静を装う。
「そんな奴、お前くらいだってことだよ。他の奴らは俺を気味悪がっているだけだ。」
「だから何なのよ。」
「さっきお前は、『みんな』気味悪がっている、と言ったな。これは、他人の気持ちを一番に考える、優等生ちゃんの言葉とも捉えられるが…、」
 男は凛子の目を見つめる。
「『みんな』の中に、お前が入っているとすれば、お前は自分の気持ちを、他人の気持ちに合わせている、いわば、他人の中に『擬態』させていることになる。違うか?」
「っ…。」
 またもや図星を突かれたような気がする。
「それの何がいけないって言うのよ。」
「いや、いけないってことはないんだ。例えばだな…、いい例が思いつかねぇ。」
 苦笑した後数秒間、男は頭をひねった。
「そうだ、お前が制服を着て学校という集団に『擬態』しているのはなぜだい。」
「何よその言い方。」
 相手のこじつけるような主張にいら立つ。
「ああ、すまない、とにかく、お前が今、制服を着ているのはなぜだい。」
「それは、学校が決めたルールだから。」
「ルールは守らなきゃいけないものなのか?」
「当然でしょ。じゃないと先生に注意されるもの。」
「やっぱり優等生ちゃんだな。でも、じゃあ何で注意されるのがいけないんだ。」
「それは…」
 再び回答に窮する。
「例えば、他のみんなもそのルールを破って各々が好きな服装を着ていたら、お前は制服を着続けるのか。」
 男が問いに補助線を引く。
「…そんなこと、あるのかしら。」
 凛子は問いかける。まるで、何か答えることに不都合があるかのように。
「ルールを破る者が多くなって、ルール自体が形骸化したことなんていくらでもある。この国は、少し前、といっても200年くらい前か。それまでは宗教上、肉を食べてはいけないとされていた。けど隠れて食っていた人も多かったかな。『ぼたん』とか、『さくら』とか、本当に、人間ってのは悪知恵が働くもんだ。おっと話が逸れたな。今の状況を見てみろ。スーパーには大量の食肉が溢れているな。」
「…確かに、みんなが制服を着なくなったら、私も制服を着なくなるかもしれないわ。」
 拳を軽く握りながら、凛子は答える。
「でも、『制服』、というルールは、肉の例えほど嫌われているものなのかしら?この高校を受験した人はみんな指定制服があることを知っているから、それを認めて来たのだろうし、制服のない中学校からここに来た人も、概ね満足そうにしているわ。」
「何かそういうデータがあるのか。」
「小学生みたいな反論ね。」
 凛子は少し得意げになる。相手を打ち負かせるような気がした。
「細かくデータを求めていても、世の中にはデータを取れない、取る価値があまりないことだってあるのよ。それでもそのことについて語らなくちゃいけない以上、実体験に頼るしかないじゃない。それに、そんなデータを取る必要が起こらないことが、何よりの証拠よ。」
半ば滅茶苦茶な理論だが、一応筋は通っている、と凛子は自分を安心させる。
「いや、お前は他のみんながお前の思うように主張を『擬態』させることを当然と思っている、まぁ、話がややこしくなるからこれはいいか。」
 何かを諦めたように言いつつ、話を続ける。
「そうだ、じゃあ何で制服というルールをみんな、いや、お前が嫌っていないんだ?」
「そうね…制服が好きだからかしら。何と言うか、一体感が出るのよ。私はこの高校の一員なんだって思える。」
 今度は相手を打ち負かすというよりは、自分自身の正直な気持ちを吐き出している。
「それに、制服があるから守られている規律とか、秩序もあると思うの。服装規定をしっかりと守るとこから、他のルールの遵守にも波及しているというか。まぁ、データもないしうまく言えないんだけどね。」
 急に男が凛子を指さす。凛子は驚く。
「そうだ!俺が言いたかったのはそれだ!」
 男がにやけ顔になる。
「制服というルールも、宗教上の禁忌も、社会的な規範とか常識だって、人間をある集団に『擬態』させるものに過ぎない。お前らが食べ物を箸で食べていることだって、お前の『歩く』という移動法だって、人間集団に『擬態』させるために親が仕込んだことだ。けれど、そのうちの多くは、社会秩序や調和を維持する上で役立っていることがある。だから人間がまわりの人間に『擬態』すること自体、悪いことではないのさ。」
やっとうまく伝わった…。そんな安堵したような心持ちが男から感じられる。
「…。私が他人の中に『擬態』していて、それはいけないことではない、というのはわかったわ。」
 相手に言いくるめられたような気がしていい気はしなかったが、凛子は認めた。
「でもそれが、あなたの擬態と何の関係があるのよ。」
 男の目を真摯に見つめて問いただす。男は立ち上がり、目を逸らして横を向き、空を仰ぐ。
「お前も俺も、人間という集団に『擬態』しているってこと。正体は違えど、結局やってることは同じなんだから、仲良くやろうぜ。」
 その目はどこか、遠くを見ているようだった。

「わかったわ。でも、それはそうとして、あなたは何で人間に擬態しているの?」
 しばらく経った後、会話が再開した。
「あなたは人間の秩序なんて気にする必要ないじゃない。」
「…。」
 男は少しの間黙り込み、そして口を開いた。
「俺は、『擬態』することしかできない。できなかった。」
語り始める。目は空を仰いだままだ。
「天敵に見つからないように体の色を変え、背景に『擬態』する。そんな生活を続けているうちに気づいたんだ。『俺って一体何なんだろう』ってね。」
 男は続ける。
「自分の存在を消しながら、無駄に長い時間を生きながら、色んな動物を見てきた。自分の餌である昆虫も、天敵のフクロウも。いろんな生き様を見てきたけど、どれも本能とか、習性とかに身を任せて、知らず知らずのうちに他の個体の中に『擬態』してたんだ。」
「…。」
 凛子は黙って聴き続ける。
「結局おれもみんなも何かの中に『擬態』しているだけで、自分に特別な存在価値はない、そう思った時だったよ。人間に出会ったのは。」
 男の顔に歓びが見える。
「人間も結局、本能とか、社会規範を使って集団の中に『擬態』している人が多かった。でも、どんな人間にも、『個性』があった。『擬態』しようとしても隠し切れない、彼らの中に眠る何かが。」
 男の語り口には、心を掴まれるものがあった。
「『個性』で苦しんでいるひともいたけれど、『個性』を主張している人もたくさんいた。古くは詩とか、絵画とか、最近では音楽とか、服装とか、それから性的指向とか。」
 男は胸元で拳を握りしめる。
「彼らは、何というか、すっごく楽しそうだった。そんな彼らを見ているうちに、俺も、『擬態』するだけじゃなくて、何かになってみたくなったんだ。だから、人間のマネゴトをしてるってわけ。」
「そう…。だったのね。」
 凛子は男、カメレオンの苦しみに心を揺さぶられた。それと同時に、人間に「擬態」してばかりで「個性」の乏しい自分に、苦しんでいた。
「あ、そうそう。人間のマネゴトをしていると、時々、面白い人に話しかけられることがあるんだ。『個性』豊かな奴にね。それも一つの理由かな。」
男は凛子の目を見る。
「まさか…私のこと?」
「俺に話しかける奴なんて、相当な物好きしかいないしな。」
 凛子は呆然としていた。と同時に、かすかな恍惚を覚えていた。

 キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴る。白熱した対話も長くは続かないようだ。
「あ、もう戻らなきゃ。」
 凛子が慌てる。
「さっすが優等生ちゃん。」
「さっきから思ってたんだけど、それやめてくれる?何かいい気がしないわ。」
「わかった。」
「やけに素直ね。」
「もうお前は、周りに『擬態』するだけの人間じゃないってわかったからね。」
 凛子は胸の中に確かな歓びを感じる。
「あなたはどうするの?」
「俺か?俺はちょっと休むとするよ。何か疲れた。」
 草むらに寝っ転がりながら、男は答えた。
「まじめにやらないともっと角が立つわよ。まぁ、あなたは人間に完全に『擬態』する気はないんでしょうけど。」
 ご名答。そう言って男は目を閉じた。人間の姿のままであったが、ぐるぐる巻きになったしっぽが見えていた。
「本当、真面目に擬態する気あるのかしら。」
 凛子は教室へ歩きながら、つくづく考える。
「まぁ、それは私も同じか。」
 校庭の空は青く、晴れやかだった。


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