見出し画像

【宮古島帰省日記】Vol.1 宮古島バイブス

朝だった。
18年間過ごしてきた部屋と空白の時間を埋めるかのように、
僕は1つになっていた。
窓から差し込む朝の光は眩しく、丸を描いて目に入る。

Shimoji Rentaro

いうてますけど。ただの日記です。カッコつけてごめんなさい。

諸々の諸事情により、地元宮古島に帰ってきています。
年始に帰ってきていたのもあり、久方ぶりの帰郷、な感じはしません。

それでも多くの変化をこの数日で感じました。

僕が過ごした宮古島は18歳のあの日から止まっています。
その時からもう7年が経ちます。恐ろしい。

その変化を楽しみつつ、危機感も若者なりに感じているわけです。

地元の良さがなくなっていってはいないか。
島民の生活に何かしら変化があるのではなかろうか。
まだあの「窮屈さ」は残っているのだろうか。

などなど、そんな想いをこの滞在期間、日記に起こせたらなと思い文字を打っています。

暇な人だけ読んでくれたら嬉しいかなと。

さて、概要はここまでとして、今日の日記の内容に行きます。

内容って言ったって、中身のあるような文章を書くつもりもなく、ただただ住んで感じたことを書き殴るものにできたらいいかなぁと思います。

毎日やるかはわかんないです、僕さぼり魔なので約束はできません、ごめんなさい。笑

追記:3000文字弱書いてるので読むの人によっては10分くらいかかるかも。貴重なお時間いただける方のみ読み進めてもらえたら幸いです。


今日は寝坊した。寝坊って言ったって、二度寝。

実はまだ宮古島に帰ってきた感覚はあまりなく、ただただ自然豊かな長閑な地域に放り出されたような感じ。

でも、今日の朝は実家をひたすらに感じた朝だった。

冒頭でもあった「窓から差し込む光」がとても鮮明に丸を描いていたんです。この現象、絶対名前あるけど調べるのめんどくさい。笑

それがとても神秘的で、同時に幼い頃の朝の感じを思い出します。
僕は寝坊魔で、年間250回ほどある登校日に200回遅刻する先生泣かせの生徒でした(しかも行ったら行ったで反抗して朝の会の終わりには学校飛び出すという。笑)

それでも父の怒号で起きる自分のガキっぽさがたまらなく懐かしく、高校生にもなれば父の部屋のドアが開く音でバッと起きるくらい体に父への恐怖感が染みついてました。ちなみに今日もその音で起きました。笑

そんな懐かしさを感じた朝に「帰ってきたなぁ感」を感じたわけです。それでその懐かしさを身体中で感じていたらいつの間にか8時半でした(小学校だったら遅刻)

朝起きた後の今日の午前中は、自分の身の回りの整理と仕事などの準備をしていました。
身の回りの整理と言っても、元々あった部屋が物置化していることもあり、自分のいるものいらないものを整理する時間でした。
その時にも懐かしさをひたすら感じる時間になってなかなか進まなかったのは想像にたやすいですよね。皆さんも経験ありますか?

そんなこんなで昼前になり、夕方付近の会議の資料準備と事前情報インプット、ついでに関連の本も1冊読破する徹底ぶり。よくやったこれがプロの仕事だと自画自賛しながらランチをしました。

昼は母が作っておいてくれていたゆし豆腐の味噌汁とチキンカツ、白米200gです。この時に水は1リットル飲みます。めっちゃ水飲むんですよね。

ランチが終われば、市役所に住民票を取りに行き、住民票をとったその足で自動車練習学校(通称自練"ジレン")へ資料提出へ。
資料を出しに行ったら不備があり、安全学校へ赴くとなんと9月22日以降でないと自練に通えるかどうかの可否が出ないとのこと。やらかしたー。
3年前のツケを今食らった感じですね。この時期には自練が混んでいることもあり、滞在期間延びること確定です。昔の自分をぶん殴りたいです切実に。

そうやってしょぼんとしていると親父が1つ40円の天ぷらを買ってくれ、元気になりました。このくらい素直だとちょろいですね。

そのあとは、親父のお得意様のいる漁港へ。
1ヶ月間お世話になった彼女の家族へお礼の海ぶどう、もずく、かつおだし、油味噌を購入&配送。
小さい頃、よくきていた漁港の端にある養殖場を営むタトゥーゴリゴリの愛想のいいお兄さんが「大きくなったなぁ!」ではなく「丸くなったなぁ!」と元気いっぱい言ってくれて、それでまたションボリしたのはここだけの話。

そんなこんなで夕方の会議に臨むため帰宅。
今日の会議は宮古島でどうビジネスを営み、それを形にしていくかのプロセスをブレストした。
宮古島に実際住んでいた、住んでいる自分にだからこそできるプレゼンをしようと望んだけれど、結果ボツ。スタートアップなんてこんなもんよなと思いながらまた1から練り直し。そんな過程も超楽しい。

そうやっているといつの間にか20時を過ぎ、20分ほどのエクササイズをして汗を流した。最近は運動を習慣にしている。楽しいんだこれが。

そして夕食の時間。
今日の夕食は昼の残りとリンゴとキャベツのサラダ。このサラダが格別に美味いのよまた。作り置きもできるし、本土に戻ったら絶対作ろうと思う。

そこからシャワーに入るとあっという間に21時半。そこでこのコラムを思いついてすぐパソコンを開いた。
今気づいたけど髪乾かすためにコンセントを繋いだドライヤーを部屋に忘れてきた。何してんね〜ん。


今日の気づきは「仕組みや見た目は変われど結局人」

宮古島の人はお節介でお人好しが多い。その分温かい。

ガソリンは高騰しているし所得は上がらない、けれど富裕層は増えているから物価が上がって困っているのは昔から住む島民だけ。

だけどその島民同士もなんやかんや楽しそうに苦労しながら支え合って生きている。素敵。

社会的に経済力がない人は大抵弱者扱いされる。
けれど宮古島の人はそれを感じさせないくらい明るくて楽しくて温かい。
沖縄全体的にそういう風潮を感じるけど、宮古島はそれを1.5倍くらいで感じる。密です。

結局人だよなぁと。


レジャースポーツも高騰し、海も商業施設が増えて観光客へのビジネスが発展している。けれどそこが発展しても儲かるのはそこに住む島民じゃない。

僕はこの根本的な仕組みを変えたくて今の仕事をしている。

宮古島島民の経済力を底上げするエコシステムを宮古島に作る。
そのモデルを1つ作って、地方と呼ばれる都市部から離れた地域でもビジネスを活性化でき、経済が生まれる仕組みを作って、日本全体の経済を底上げしたい。
国にいつまでもぶら下がってるような雇用の仕組みを根本から見直し、自給自足できる金銭システムを構築したい。

自分の親が、自分が昔から経済的に困窮してきた経験を、自分たちから変えていくような仕組みづくりを通して、お金で可能性を閉ざしている宮古島島民のような人たちの何かしらの力になりたいなと偉そうに志しているわけです。

そのためには組織の力が、、、ってなると話長くなっちゃいますね。笑
ごめんなさい、この話はまた今度。

まだまだ知識も経験も自分自身の経済力も足りないけれど、そうやって自分の志を持って進ませてくれる我が命に感謝ですよ、まじで。

それに気づかせてくれている宮古島にビックサンクス。
この島レペゼンできてまじであざす。宮古島のグッドバイブス身体に刻んでさっさと大阪戻れるように頑張ります。

なんかラッパーみたいですね。ラッパーの生き方は好きですよ僕。
だってあの人たちって、、(もうええて)

頂きましたサポートは、今後のキャリア支援活動(読書サークル運営費、学生団体運営費、学生のキャリア支援等)に使わせて頂きます。より詳細なものにつきましてはまた追って発信致します。よろしくお願い致します。