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白昼の死角

 
  人に勧められて、「白昼の死角」という本を読みました。

 この本は、終戦後の混乱期に、東大生数名が中心になって立ち上げた犯罪集団が、大企業相手に巧妙な金融犯罪を次々に引き起こし、多額の資金を手に入れるという小説です。登場人物や団体名は変えているようですが、実際にあった金融事件を素材としているようです。

 この本は、天才的詐欺師の手腕と、男女の痴情を赤裸々に描写しており、ある意味、救いがたい人間の性のようなものが余すところなく描かれています。

 ただ、僕がこの本から感じたのは、悪銭身につかず、一度裏の道に踏み込んで、そこで反社会的な事件に手を染めて仕舞えば、そこで染みついた臭いが取れることはなく、真っ当な道、お天道様のもとで生活しようとしても、行動様式や悪縁から逃れることができなくなってしまうということです。
 
 非常な手段で絶対的な権力を手に入れた独裁者が、頂点から降りることができなくなり、周辺の側近を粛清してしまうように、人生の選択肢が限られてしまいます。

 これは、犯罪とまではいかなくても、「これぐらいはいいだろう」という小さな後ろめたさでも、同様のことが言えるように思います。
 例えば、副業を禁じられているのに、ハンドルネームで小銭を稼ぐようなことも、少しぐらい慣らし運転をしてもいいだろうと考えて、手を出してしまうと、そこから先は日陰で小銭を稼ぐことはできても、仮に軌道にのっても、正々堂々と稼ぎを増やしていくことは難しくなります。

 まあ、こうした副業については、組織や社会がルールを作るのに難渋しているだけで、日本社会の人的資源が縮小していく中で、能力ある人材やその知見をシェアすることが求められている中、むしろ戦後の闇市のごとき、過渡期のグレーゾーンと捉えることもできますので、法律に触れるような公的セクターにあって、しかもよほど悪質な所業でない限り、永久追放のような厳しい風当たりを受けることはないでしょう。

 それでも、自分の成功体験をビジネスモデルとして売り出すことは、裏道を教えるようなものなので、今後、マーケットが広がっても、先駆者として名乗りも挙げることもできませんし、衆知を集めて自身のスキルを高めることも、どこかでシフトチェンジしない限り、難しいような気がします。

 話が少し逸れましたが、裏道での成功は、常に自分の心に不安を飼うことになり、知らず、心を蝕んでいきますし、仲間との離反が破滅につながるため、信頼せざるを得ないのに猜疑の恐怖は高まり続け、仲間は減ることはあっても増やすことはできない、先細りの道になります。

 まあ、墓場まで持っていく秘密を持つことは、人生の味わいを深めることになる場合もありますが、他人を不幸に陥れて自分を利し、悪銭を得て欲を満たしても、人生の背後に広がる暗闇におびえた生活は、薄氷の上で宴を催しているようなもので、御免こうむりたいと思います。

 僕の進む道はフロンティアで、垂直離陸ですが、できれば一つのロールモデルになりつつ、経済的自由と、行動の自由、離合集散の自由を手に入れるようにしたい。若木の小さな傷を恐れるが如く、少なくともビジネスについては、小欲を満たすために大利を失うことのないよう、自暴自棄にもならず、未来を手の入れていきたいと思います。

 ちょっとわかりにくくて恐縮ですが、一種の決意表明ということで、ご承知おきください。

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