作詞 宮藤官九郎さんのメッセージから 今年のNコンの課題曲 小学校の部 「かわっただけだよ ヘンじゃない」の作詞をされた宮藤官九郎さんが、課題曲の楽譜の最後にメッセージを載せられています。 僕は小学校の頃 変わった子 でした。授業中うろうろしたり、大声出したり、、と、書かれています。 また、僕が育った昭和の小学校と今とでは、色々ちがうでしょうが、、、とも書かれています。 確かに、昭和の小学校では 変わった子 だったかもしれませんが、令和の今では、そんな子は ど
つくしが芽吹いて、しばらく時が過ぎてしまった。畑の真ん中に立つ大きな一本桜は、ちょうど今、満開になったらしい。 周りの菜の花が満開になった桜をお迎えしている。今年もたくさんの花を咲かせることができて、よかったね。もうすぐ、お友達の桜も花を咲かせるよ。 でも、その頃には、一本桜は、散ってしまっているけど。次々と、命は受け継がれていくんだね。 一本桜は、こう言っているよ。また、来年会おうね。
今年度、何年かぶりに、以前の卒業式の形に戻った。卒業式に歌う歌の練習など大変ではあるが、充実している。卒業生も、以前の卒業式を見た事がないので、全く初めての体験をしている。もうすぐ本番である。楽しみである。
プロフィールにも記載しているが、私は、現在、公立小学校の音楽の講師として勤務している。音楽の他に、通常学級担任も全学年経験し、特別支援教育にも長年取り組んできた。教職経験は40年以上になる。 趣味としては、音楽は勿論の事、写真、ガーデニング、DIYなどに取り組んでいる。よって、学びたいことは、山のようにある。 後、数年経つと70に手が届こうとする年齢だが、まだまだ学ぶ時間が足りない。 しかし、この歳になると、残りの時間が気にかかる。死ぬまでにどれだけのことができるのだ
少し季節外れの写真だが、決して風化させてはならない風景がここにある。 宮崎と言えば、マンゴー、チキン南蛮、宮崎牛、地鶏などが全国的に知れ渡るようになった。 かつて東国原英夫氏が宮崎県知事の頃、口蹄疫という牛の病気が流行った。おびただしい数の宮崎牛が殺処分された。宮崎県から牛がいなくなるのではと思えるような感じだった。 殺処分された牛は、この大地の下に眠っているのだ。2度と繰り返してはならない記憶だ。
これは、宮崎市青島の市街地の風景。画面下に青島駅合唱見える。 青島の海岸。夜明け前の風景。夜明け前の、この時間が美しい。青島の海は、いろんな表情を見せてくれる。
singerという名前で書いているが、私はプロのsingerではない。 上のイラストは、このnoteの中からお借りしたもの。私とは全く似てないんだけど、歌を続けて60年以上、年齢も70歳に手が届こうというところまできてしまった。 なので、もうとっくに定年退職しているのだが、いまだに、小学校の音楽の講師を続けている次第である。 これも、私の、心の故郷の風景の1つです。