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クルミを衝動買いしたら夫のことがさらに大好きになった【前編】

 その日の私は、疲れていた。

 2週間ほど前のある日。
 仕事帰りに立ち寄った、いつものスーパーの産直野菜売り場。その日の献立と翌日からのお弁当を考えながらいくつかのをカゴに入れた後、ふと、売り場の片隅に置かれた黒い木の実が目に入った。

 クルミ。
 一袋に30個から40個ほど入って、お値段250円。

 即、買い物かごに入れた。

 そう、その日の私は、疲れていた。

 クルミの殻から実を取り出すのは手間と時間がかかることも、殻の大きさに対して入っている実がわずかなことも、知っていた筈なのに、忘れていた。ついでに言うと、自分にはクルミを使って何か料理した経験も無ければレシピのアイディアも無いということすら、忘れていた。
 忘れていたというより、正直、何も考えていなかった。

 クルミっ!クルミ好きっ!!めっちゃ大好きっ!!!
 250円!安い!!たくさん食べるっ!!!

 そんな思いだけで、衝動買い。

 この時点で私は、クルミの殻から実を取り出す方法を知らず、そのための道具も何一つ持ってはいない

 そんなことを踏まえて熟慮する事もなく衝動買いしてしまった。
 疲労とは恐ろしい。

 (いやそれホントに疲労のせいか?オメーが阿呆なだけじゃね?という自分自身の心の中の声は無視する。)

 「クルミ買ってきた!」

 帰宅後、私より少し後に帰宅した夫に、買ってきたクルミを自慢げに見せた。クルミをはじめとしたナッツ類は、夫の大好物でもある。

 「わあ!凄い!」

 夫、大喜び。

 「炒って塩振っておつまみ!」
 「わーい!」
 「おやつも作れるね!」
 「わーいわーい!!」
 「くるみゆべしとかも作れるかな?」
 「ひゃっほー!!!」

 さんざん盛り上がった後、夫に聞かれた。

 「クルミ割りは?」


沈黙。



 叩いても落としても、クルミの殻はびくともしない。
 包丁の刃も刺さらない。
 家にあるペンチは小さすぎて、クルミを挟むことすら出来ない。


 その日は、お魚と野菜でいつもの晩酌を楽しんだ。
 衝動買いされたクルミは、袋に入ったまま、戸棚上の海苔やパスタを入れてある場所に納められた。


 その週末。

 「くるみ割り器、買いに行くべ」

 夫がニコニコ笑顔でそう行ってくれた。

 「行くー!」

 衝動買いの後悔をポジティブ思考に変えてくれる夫に感謝しながら答える私。

 「ホームセンターか?」
 「駅前の○○とかの方がたくさんありそう!」
 「じゃあ駅まで行ぐが」

 近所のホームセンターより駅前のショッピングモールの方がテンションが上がるというワガママでしか無いのだが、それを笑って受け入れてくれる夫の運転で、仙台駅のショッピング街へ。

 しかし、見つけたくるみ割り器は一種類のみ。
 しかも、正直あまり有名なメーカーのものではない上に、3000円超。
 金物の相場的には妥当なお値段なのかもしれないが、我が家の家計的に3000円はちょっと痛い。

 「・・・ごめん、ネットで調べて買っていい?」

 わざわざ車を出してもらってそれかい。先に調べとけよ。
 そう心の中で自分自身にツッコミを入れる。

 しかし、夫は笑顔で同意してくれた。
 うちの夫、神だ。

 そんな夫のためにも、なんとしてもクルミを割らなければ。割って、美味しく食べてもらわなければ。

 夫の底知れぬ優しさに心を入れ替えた私は、そこから真面目にネット検索を始めた。
 そこで見つけたのが、新潟県三条市の渋木製作所という会社のくるみ割り器。使い勝手が良いらしく、ネットでの評価も高い。お値段も、先に店で見たものより安価。
 半額とまではいかないが、送料を含めても2,000円以下。


 お詫びの気持ちを込めて、家計とは別にお小遣いでネット注文。
 数日後。
 我が家に、待望の品が届いた。
 しかも、パッケージには殻を割るまでの手順の記載あり。
 めちゃくちゃありがたい。

 「すごいね、お手紙も添えられてるよ」

 私がパッケージの注意書きを見ていると、夫が領収書に手書きのメモが添えられていることに気付いた。
 購入の御礼と、何かあればお知らせください、とのメッセージ。
 こういうの、めちゃくちゃ嬉しい。
 ありがとう渋木製作所さん。
 でも気付いたのは買った私じゃなくて夫。
 夫がいなかったら領収書ごと捨てていた可能性すらある。本当に申し訳無い。おのれのガサツを心底反省する私。
 しかし、そんな私を責めもせず、

 「良い会社さんの買えたね。この前、焦って買わなくて良かったね。」

 先日わざわざ出かけたのに何も買えなかったことを、「良かったね」と言ってくれるうちの夫。

 前世でどんな功徳を積んだら、こんな優しい人になれるのか。



 これは、何としても夫に美味しいクルミを食べてもらわねば。

 先に一度入れ替えたはずの心をさらに入れ替え直した私は、いよいよクルミ割りに取り掛かった。



(まだクルミを割るところにも辿り着いていませんが、あまりに長くなったので前後編に分けさせていただきます。)



※ 続きはこちら。クルミを割った後の結末まで。


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