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クルミを衝動買いしたら夫のことがさらに大好きになった【後編】

 前編はこちら。



 前編では、行き当たりばったりの妻(私)が夫のフォローの数々に心を入れ替え、夫に美味しいクルミを食べてもらうためにクルミ割りにとりかかるところまで書いた。
 その続き。いざ、クルミ割り。

 の前に

 クルミを洗って、水にひと晩浸した。
 (ちなみに北海道弁だと「うるかす」)
 水に浸し、その後しっかりと乾煎りしてから割るのが基本らしい。

「そういえば、子供の頃に前谷地(まえやち)で、こうやって水ん中に入ってるクルミ見たわ」

 夫が懐かしそうに言う。
 今は石巻市に合併された旧河南町の前谷地は、豊かな森に囲まれた農業地域。義母の出身地で、夫にとっては子供の頃からの思い出がたくさんある場所。
 クルミを見ながら嬉しそうに思い出話を聞かせてくれる夫に、何も考えずクルミを衝動買いした妻(ワタシですわ)の罪悪感が洗い流されていく。
 ありがとう、夫。




 翌日は、久しぶりに夫婦揃って仕事が休みの土曜日だった。
 起きて、まずクルミを確認する。見た目にはほとんど変化がない。触っても、柔らかくなったという感じはしない。しかし、実際にはこうして水に浸すことで、クルミの殻が柔らかくなっているらしい。
 ここから乾煎りして水分をしっかり飛ばすことで、殻が割りやすくなるとのこと。
 さぁ炒るぞ。
 朝食を終えて早々に、私は我が家で一番大きなフライパンを取り出した。古くなって焦げ付くので、最近では野菜やパスタを茹でる時にしか使っていないフライパンだ。これなら、乾煎りでキズがついても問題無し。

 クルミを水に浸していたボウルから取り出して水を切り、フライパンを火にかける。温まったフライパンにクルミを入れ、中火で乾煎りすること5〜6分。

 湿っていたクルミの表面が乾き、香ばしいかおりが立ち始めた、その時。


 パチッ


 と、何かが爆ぜるような微かな音がした。

空炒り中(ちなみに今回買ってきたのはこの倍くらいの量でした)
手荒れは見て見ぬふりしてください


 あんなに固かったクルミの尖った部分が開いている!

 
 
 ここまできたら、いよいよくるみ割り器の登場。

初登板

 割れたクルミをフライパンから皿に取り出す。
 炒ったクルミは熱々かと思いきや、それほどでもない。
 私はほんのりと温かいクルミを手に取り、くるみ割り器の説明書きを見ながら、スコップのようなところにクルミを乗せ、割れ目に刃先を当てた。

 ドキドキしながら、持ち手を軽く握ると、


 割れた。

 びっくりするくらい、パキッと割れた。


 昨日までガッチガチでどうにもならなかったあの固いクルミが、いとも簡単に真っ二つになった。
 


 すげぇぞ。
 さすが世界に誇るモノづくり地域・燕三条。
 凄いぞ渋木製作所。

「すごいね!」

 夫、大喜び。

「気持ちいいくらい割れる!」
「楽しいねー!!」

 二人でキャッキャ言いながら台所でクルミを割る夫婦。
 夫、59歳。妻、52歳。二人合わせて111歳

 
 その日、夫は所用で外出しなければならなかったので、「後は私が割っておくね!」と言って夫を送り出した。
 これまでの失敗の数々を挽回するぞとばかり、私はきれいに割れたクルミから、実を取外し始めた。

 クルミは、きれいに割れていた。

 割れてはいたのだ。

 ただし、そこからキレイに実を取り出せるかは、また別の問題。



 約1時間後。

500グラム分のクルミを割って出た実は約150グラム


 渋木製作所さんは悪くない。

 めちゃくちゃ使いやすいくるみ割り器である。
 しかも、くるみの殻を抑えるところの先には、実を取り出すための小さな器具までついていた。

 そこまで丁寧に作られた器具を使ったにもかかわらず実が粉々に砕けたのは、すべて私の不器用さゆえである。

 最後の15分ほどは綺麗に取り出せるようになったものの、それまでにほじった分は、かなり粉々。
 これでは、焼いたり炒ったりしてツマミにするには小さすぎる。
 ここまでの頑張りは何だったのか。
 この2週間の頑張りは。

 自分の不器用さをこれほど呪ったことは無い。

 でも、せっかくここまで頑張ったんだから、全部美味しく食べたい。


 何より、夫に美味しいクルミをツマミに晩酌を楽しんでもらいたい。


 この砕けたクルミを美味しく食べる方法は無いか。
 私は、再度ネットを検索した。


 あった。

ネットで検索できる時代で良かった


 くるみ味噌!!

 買うと小さなパックでもそこそこお高め。だけど、ごはんにも合うし酒のツマミにもなる優れもの。
 大葉で巻いてカリっと焼けば、宮城名物しそ巻きの完成だ。
 私も夫も大好物。
 なのに、すっかり忘れていた。


 そうだ!宮城の秋と言えばくるみ味噌だ!
 さぁくるみ味噌を作ろう!!
 愛する夫のために自家製のくるみ味噌を作る素敵な奥さんになるんだ!!!

 もはや「クルミを炒って塩を振っておつまみに」という当初の予定など記憶の彼方である。私はくるみ味噌のレシピを検索した。
 甘いのや唐辛子入りの辛いの、とろりとしたのやら固くておつまみにもなりそうなものなど、ネット上には様々なタイプのくるみ味噌のレシピがあった。
 しかし、どれもほぼ共通していたのは味噌とクルミと砂糖の分量割合。味噌はクルミと同量もしくは1.5倍ほどの量で、砂糖はその三分の一から四分の一くらいのようだ。後は、柔らかくしたければみりんと酒を多めに加え、ピリ辛にしたければ刻んだ唐辛子をクルミと一緒に炒ると良いらしい。

 となると、今回のクルミに対して使う味噌の量は、200グラムくらいか。 

 私は冷蔵庫を見た。
 現在我が家にある味噌は、ちょっと贅沢して買った地元産の熟成味噌だった。
 500グラム入りで、口を開けたばかり。

 これを200グラム使えば、それはそれは美味しく仕上がるだろう。

 しかし、

 失敗したら泣く。

 失敗しなきゃ良いだけなのだが、今回のクルミに関しては、もはや自分を信用することなど出来る筈もない

 私は冷蔵庫の扉を閉じ、近所のスーパーで一番安い味噌を買ってきた。
 そして、ネット上のレシピを参考に、クルミを砕いて炒り、そこに味噌と砂糖を加えて練り、みりんと料理酒を加えてさらに弱火で練った。これまでのどんな料理よりも丁寧に、じっくりと。


 そして出来たのが、こちら。


はじめての自家製くるみ味噌

 

 「うんめぇぇぇぇっ!!!」

 ひと口食べて、夫婦揃って歓喜の声を上げた。
 これほどクルミがゴロゴロ入っているくるみ味噌は、これまで食べたことが無い。しかも、やっすい味噌がめちゃくちゃマイルドで上品なお味になっている。味噌が舌ざわりなめらかで口の中で溶けてゆくのは、クルミの油脂のおかげなのか。
 超美味い。
 そして、超贅沢。


 「これは、日本酒だね」
 「んだな」

 お気に入りの津軽びいどろの酒器と、大堀相馬焼の小皿で晩酌スタート。

日本酒とともにいただく


 美味しいねと語り合いながらの、幸せ晩酌。

 「俺、手作りのくるみ味噌でこんなふうに酒飲める日が来るなんて思わなかった」

 夫がしみじみと言う。

 うん、私も思わなかったよ。

 料理するあてもなくクルミを衝動買いするような妻に、決して怒らず軽蔑もせず、一緒に楽しんでくれる夫で良かった。
 今回のことで、夫の優しさをあらためて実感した。
 夫のことがさらに大好きになった。

 

 手作りのくるみ味噌は、冷蔵庫で一か月ほど保存可能らしい。
 冬までゆっくりと、夫婦でくるみ味噌晩酌を楽しみたいと思う。


 



 以下は、余談ですが

 今回のくるみ味噌を作るのにかかった費用を載せておきます。

【材料費(自宅にもともとあった調味料代と買い出しのガソリン代を除く)】

 くるみ(約500グラム) 275円(税込)
 くるみ割り器 1,650円(税込)
 送料 200円
 味噌1キロ入 206円(税込)
 ※使ったのは割ったクルミの実150グラムに対して200グラム

 計 2,331円

 手作りのくるみ味噌をつまみながら夫と過ごす晩酌

プライスレス

(これが言いたかっただけ。完全に惚気なnoteで申し訳ありません。)


 初めての前後編、長文をお読みいただき、ありがとうございました。

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