「桜の頃」(4月3日に寄せて)
もうずいぶん前。仕事とは別に、ライブハウスでの音楽活動を始めて間もない頃。
私は、「桜の頃」という歌を書いた。
そんなフレーズで始まるその歌は、大好きなミュージシャンを思って書いた歌だった。
その人の命日は、4月3日。
その人が住んでいたのは東京だった。
そして、私は生まれも育ちも北海道だった。もちろん、住んでいたのも北海道。
広い北海道内ゆえに地域差はあるとはいえ、4月初旬はまだ歩道わきに雪が残っているのが当たり前。桜が咲くのは4月下旬。時には大型連休中にジンギスカンと花見を同時に楽しむことさえあったように思う。
私には、空想だけで実感のこもった詞を書くような才能は無い。その頃も今も、自分で書いて歌うのは、実体験をベースにした歌がほとんどだ。
けれど、この詞に書いたことは、正確には実体験ではなかった。
私がその人の歌と偶然出会いファンになったのは、皮肉にも、その人が旅立った翌年のことだったのだから。
仕事をして暮らしていた私には、当時、訃報を伝えていたというワイドショー番組を見た記憶は無い。その放送にあったいたという「過剰なまでの報道」にリアルタイムで傷ついてもいない。
それなのに、どうしてこの時はこの詞が浮かんできたのか。
今振り返っても、自分では分からない。
才能ある人たちは「(自分の中に)作品が降りてくる」という表現を使ったりするが、自分にそんな才能があろうはずもない。
けれど、この歌だけは、気が付いたら出来ていた。
「リアルタイムでは出会えなかったけれど、あの人の歌が好きだ」と思っていた私のところに、その気持ちを表現するための言葉が降りてきてくれたのかもしれない。だとしたら、嬉しい。今はそう思う。
旅の歌。愛の歌。スタンダードナンバーに日本語の詩を乗せた歌。
そのどれもがカッコよくて、でも、歌声はどこか肩の力が抜けた感じで。
熱狂的に好きになるというより、自然と、その人の歌を流していた。
歌を好きになってまもなく、リアルタイムで出会えなかったその人が、大阪で長く開催されているコンサートのテーマ曲を書いていたことを知った。
それを知ってから、春の大型連休は北海道から大阪にそのコンサートを見に行くようになった。
野外コンサートだけれど、最近よくある「フェス」のようにいくつもステージがあるのではなく、ステージはひとつ。そこで、数日間開催されるイベントだけれど、タイムテーブルも非公開。
だから、楽しかった。
誰も知る人のいない場所で、午前中から夕暮れ時まで音楽を聴き続けた。音楽を「浴びる」心地良さを知った。
毎年、行くたびに、好きな音楽が増えた。会場に、好きな人が増えた。
一人で出かけていた場所は、年に一度、大好きな音楽や大切な人達と再会する場所になっていた。
*******
あれから、いろんなことがあった。
今では大阪のコンサートに足を運ぶこともなくなった。通うことをやめてから何年経つかも思い出せないくらいの時間が流れた。
この歌を書いたことも、正直、忘れかけていた。
そんな時。
昨日、夫の提案で、私がこちらに来てから初めての花見に出かけた。
花見と言っても、散歩がてらの散策だった。そして、すでに近所の桜や職場近くの桜の美しさは日常の暮らしの中で楽しんでいた。
けれど、桜の名所とされている公園に広がっていた景色は、私がこれまでの人生で見たことの無いものだった。
それはそれは見事な満開の桜と、それを楽しむ大勢の人達のにぎわい。屋台に並ぶ人達の間をすり抜けるようにはしゃいで走り回る子供たちの上げる土煙。それらが濃淡入り混じる色とりどりの桜と相まって、どこか非現実的で。
桜の美しさに見とれながら、けれどにぎやかな人ごみにぶつからぬよう歩きながら、歩いているうちに、悲しいような、何とも言えない気持ちになってきた。楽しいのに、一人ぼっちではないのに、にぎわいが寂しさを運んでくるような気がした。
そんな時、ふと、ずっと昔に自分の書いた歌が、脳裏によみがえってきた。
と同時に、この歌を届けたかった人の命日を、思い出した。
こんな季節に、あの人は旅立ったんだ、と初めて実感した。
東京と仙台とでは、距離も離れているけれど。
身体の病であれ、
心の病であれ、
闘って力尽きた人に贈る言葉は
「おつかれさまでした」
そして
「ありがとうございました」
ただそれだけだと思う。
けれど
あの人の訃報にリアルタイムで接した人達の痛みは。
何も言えない。
言ってはいけない。
今更だけれど、そう思った。
訃報に際して、追悼や感謝以外の言葉を口にしたくなる相手ならば、むしろ何も語らない方が良い。
それが、人の死に際しての、人としての最低限の礼儀だと思う。
そんな事を思いながら
私は、西岡恭蔵さんの歌を聴く。
そして、「桜の頃」という自分の歌を、大切に歌い続ける。
命日じゃなくても
これからも、ずっと。
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