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【フードエッセイ】吉次の塩焼き

 先週のある日、夫婦で買い物に出かけたスーパーで吉次(キチジ)の開きと石巻産のセリ、宮城県産のブリの刺身が安くなってきたので買ってきた。
 セリはさっと茹でてお浸しに、吉次は軽く塩を振ってからグリルで焼いていただいた。

ある日の晩酌風景
ブリの刺身

 この日のビールは仙台市の八乙女にあるビッグハウスで買ってきたサッポロクラシック。本来は北海道限定のビールだが、ビッグハウス等の北海道に本社のあるアークスグループのスーパーマーケットであれば店頭で購入出来ることも多い。
 久しぶりのサッポロクラシックに懐かしさを覚えつつ美味しく飲みながら、そういえば北海道にいた頃はセリのお浸しを食べたことは無かったなぁとふと思った。
 ブリのお刺身も、居酒屋の盛り合わせ等で食べてはいたものの、今ほど頻繁に自宅で食べてはいなかった気がする。
 何より、北海道にいた頃は、祝い事でもないのに吉次を食卓に載せることなど無かった。
 カサゴの仲間で赤い体と大きな目が特徴的な「吉次」という魚は、北海道では「きんき」あるいは「めんめ」と呼ばれている高級魚である。



 2021年の春、私は生まれ育った北海道を離れ、宮城県に移住してきた。

 引っ越してきたのが何度目かのパンデミック再拡大の時期だったことと、もともと一人暮らしが長く外食よりも自炊する生活に慣れていたこともあり、移住後の私は近所のスーパーマーケットで食材を買ってきて料理するようになった。
 産直野菜のコーナーには、北海道では馴染みの無かった宮城の雪菜や山形のわさび菜といった野菜が並んでいた。新鮮さと手頃な値段にひかれ購入し食べてみればどれも美味しく、すぐに好きな野菜の仲間入りをした。
 品揃えの違いに驚いたのは野菜だけではない。鮮魚売り場には、野菜売り場以上に馴染みの無い魚があった。
 あくまでも引っ越してきたばかりの頃の話であり、今はどの魚も美味しくいただいているのだが、長い羽を持ったトビウオや愛嬌たっぷりの顔のウマヅラハギ、銀色の皮がきらきらと光る綺麗な太刀魚が白いトレーに入って販売されているのを初めて見た時は

 「え?これ食べるの?飼うんじゃなく食べちゃうの?どうやって??」

と、鮮魚売り場の前で暫し困惑したのを覚えている。
(もちろんその後スマホで調理方法を検索し、今は度々買ってきて美味しくいただいている。特に太刀魚はお気に入りの魚のひとつである。)

 北海道と異なるのは、品揃えだけでは無かった。
 北海道産のジャガイモやタマネギに高値が付けられているのを見た時には、驚きとともにちょっとした誇らしさも感じた。
 その一方で、北海道では高値だったものがこちらでは手頃な価格で販売されていて、驚くことも多々あった。
 野菜では、国産のレンコンやタケノコ、サトイモといった旬の食材。
 ブランド品でもある青森県産のニンニク。
 (中国産と比較すれば高いが、それでも1個198円なら安い。しかも美味しい。)
 そして、魚では、吉次。


 「え?吉次って、きんきのことなの?!」

 ある日の晩酌。夫がお気に入りの蒲鉾店で買ってきてくれたという美味しい笹かまぼこを食べながら、ふと気になってその原材料を調べていた私は、パッケージに記された「吉次」という魚の別名をスマホで目にして思わず声を上げた。

 「んだな。こっちでも「きんき」って呼ぶ人たまにいるな。」

 夫はそう教えてくれた。いつもと変わらないその穏やかな口調からは、妻の衝撃が伝わっていないのが分かる。

 「きんきって、北海道でめっちゃ高いんだよ。」
 「へー。いくらくらい?」
 「安くても1匹で三千円くらい。今ならもっと高いかも。」
 「マジか。」

 マジか、という夫の口調に驚きが現れていた。

 「・・・この蒲鉾、他のよりめっちゃ高かった?」

 恐る恐る訊ねる私に、夫は首を横に振る。

 「普通の値段。」
 「マジか。」

 今度は私が驚く番。

 「美味しいね。」
 「美味い。前から美味かったけど、なおさら美味く感じる。」

 北海道も漁業が盛んで水産資源に恵まれた地域ではあるのだろうが、宮城は別格なのだなぁと再認識した。



 その後、蒲鉾だけでなくスーパーで吉次を見かけることも度々あった。
 尾頭付きの状態ではなく開きで販売されていることにまず驚き、そして値段の安さにさらに驚いた。安いとはいえ、さすがにグラム単位の値段でいえばサバやイワシよりは遥かに高いのだが、それでも1匹千円以下である。
 そして、美味い。
 もちろんとろりと脂の乗ったきんきの煮付も美味しかったが、その美味しさはめったに体験出来るものではなかった。一方、さっと焼いて食べる吉次の開きは、日常のおかずのひとつである。
 特別な日の魚と、日常の魚。どちらも、美味い。


 小さな島国とはいえ、地域ごとに獲れる魚も違えば食習慣も様々である。吉次を食べながらそのことをあらためて実感した。

 様々、だから楽しい。

気仙沼の日本酒「水鳥記」に合わせ、冷凍してあったウニを出す
ウニは石巻のご近所さんからの頂き物
それにしても、ご近所さんから「ウニ」を「お裾分け」してもらう日が来ようとは
想像もしていなかった


 驚きを楽しみながら、これからも美味しく食べて元気に暮らしてゆきたいと思う。



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