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プロはすごいな 勧進帳の菊五郎

昭和の末だったと思う。国立劇場で勧進帳を見た。弁慶は、当時まだ市川染五郎か松本幸四郎だった松本白鸚、富樫は中村吉右衛門、義経は尾上菊五郎が演じた。芝居が佳境に入り、弁慶と富樫の掛け合いには息を飲むものがあった。とくに中村吉右衛門の花のある演技が印象的だった。そんな名演技が続く中で、私を最も驚かせたのは尾上菊五郎だった。

弁慶と富樫の長い掛け合いの間、義経は舞台の中央から少し外れた舞台の縁ぎりぎりの所で、片膝をついて座っていた。義経の顔の方向に、それも左程遠くない場所に私の席があった。私は掛け合いを見ながら、義経の顔が気になり、時々、その顔を覗き見た。感嘆すべきことに義経、即ち菊五郎の目が真っ直ぐ客席の方を見ているのだか、少しも眼が動かない。客の誰とも目を合わせることは許されないのは分かるが、眼がびくともせずに、ただ空(くう)を見ている。その完璧な静の演技には今でも頭が下がる思いがしている。長時間、微動だにしない菊五郎の演技に、ただただすごいなと感じた。

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