史上初、シットコム朝ドラ「エール」

 皆さまお元気でお過ごしでしょうか。世の中は新興感染症のパンデミックという百年に一度の歴史的出来事に見舞われております。が、自宅の中という極々狭い範囲では、多少の不便はあっても穏やかな日常が流れており、その奇妙な静謐と画面の向こう側との差に「この世界の片隅に」のすずさんを親身に感じたりしている昨今です。

 さて、そのパンデミックで、2020年上半期の朝ドラは大きな大きな影響を受けることになりました。6月下旬から放送の一時中断が決定し、その後の放送もどうなるのか未定の状況です。
 なので、まだ物語半ばではありますが、一旦ドラマの感想をまとめたいと思います。

シチュエーションコメディ路線の朝ドラ

 皆さまはシチュエーション・コメディってご存知ですか? シットコムと略されます。海外で大人気のドラマ形式です。
 筆者のようなおじさんおばさん世代には、Eテレで夕方に放送されていた海外ドラマが真っ先に浮かびます。誰もが知っている「奥様は魔女」「フルハウス」「アルフ」、懐かしいところでは「アーノルド坊やは人気者」、それから「シークレットアイドル ハンナ・モンタナ」「iCarly」最近では「超能力ファミリー サンダーマン」、まだまだ一杯ありますね。
 日本製のシットコムだってたくさんあります。古くは「てなもんや三度笠」「番頭はんと丁稚どん」、三谷幸喜作の「やっぱり猫が好き」「HR」、2000年代に入ってからでは「ママさんバレーでつかまえて」「ウレロ☆シリーズ」などなど。舞台の中継なので当然と言えば当然ですが「吉本新喜劇」はシットコムですね。

 シチュエーション・コメディの特徴としては、

・主要な舞台が固定されている。

・主要な登場人物が一定。

・ストーリーは一話完結の場合が多く、連続性のあるエピソードはあっても、物語の繋がりや進展は希薄であることが多い。

という点があげられるかと思います。

 この特徴からは少し離れますが、「時間ですよ」「ムー」「寺内貫太郎一家」などもシットコム的なノリのホームコメディかと思います。最近BSで「ムー一族」が再放送されているのでちょっと見ましたが、冒頭に郷ひろみと樹木希林が「林檎殺人事件」を披露してくれたり(本筋とはなんの関係もない)、定食屋のオヤジ具志堅用高が唐突に視聴者からのハガキを読み上げたり、突然クッキングコーナーが始まったり、カオスでしたね。

 シットコムの面白さというのは、ライブ感にあると言えるでしょう。大抵が本番一発録り収録で、アドリブやハプニングがあってもそのまま使われたりします。ライブ感を出すために、収録に観客を入れ笑い声や拍手を録音したり、収録スタッフの笑い声をそのまま放送したりしています。最終回を生放送で行ったシットコムもありました。

 お、なんとなく見えてきましたね。

 そうです、今回の朝ドラ「エール」はシットコム要素を取り入れた、ライブコメディ朝ドラなのです。

苦境から生まれた朝ドラ異端児「エール」

 「エール」はコメディ。
 その示唆は第一回からありました。冒頭の長い長いアバンです。あれはコメディドラマがこれから始まるとの高らかな宣言です。そして役者の大げさな演技。あれもコメディなら納得です。ご都合的なエピソードや距離感を無視した移動も、コメディには良くある要素、笑いどころです。普段朝ドラを見ていない人ほど、それをすんなりと受け入れられ、笑いを楽しめたのではないかと推測します。

 「エール」が企画当初からシットコムを目指していた訳ではないと思います。コメディタッチではありますが、序盤の少年時代は典型的朝ドラの範疇と言えるでしょう。川俣に移り住み、銀行の面々が出てきた頃からコメディ色がぐっと強くなります。脚本家の途中降板でこの辺りから演出兼脚本とクレジットが変わりました。この降板劇がなければ今のようなシットコム路線にはならなかったと思われます。
脚本家の不在と交代を乗り切る手立てとして、一発録りのライブ感重視、ストーリーよりもその場の流れ重視のシットコム的演出が編み出されたのではないでしょうか。

苦肉の策とも言えるシットコム路線ですが、暗い世情に朝から笑いを届けると好評も得られています。けれど、朝ドラを長年視聴してきた朝ドラファンには、そうは受け取れないのです。

 多くの人が抱く朝ドラのイメージは、クスッと笑わせてホロリと泣かせる、落語の人情話に近いかと思います。また四作目の「うず潮」以降、実在の人物をモデルにした物語も多く、フィクションとはいえ、伝記に近いドラマとの印象も強くあるでしょう。ロケ地の地域振興を担うという側面もあります。
 「おしん」で、朝ドラは女性の一代記を時代と共に描くもの、という立ち位置を広く世に知らしめました。(「おしん」には笑いの要素はほぼありませんね)
 朝ドラ復権の立役者「ゲゲゲの女房」は、近年の典型的朝ドラ像として多くの人に認識されていると思います。
 ここ数年の作では「まんぷく」が非常にバランスの取れた、朝ドラ優等生的な作品でしょう。笑いあり涙あり、主人公の苦労譚と努力、そして成長と成功があり、時代の側面も描き、現代の私たちへのメッセージも盛り込んである。そのうえ朝ドラファン向けのサービスショットも満載。朝ドラファンの要求に余すところなく応えた作品だったと思います。

 朝ドラはその長期に亘る枠の継続と良作の積み重ねにより、朝ドラ枠のパブリックイメージを確立させ、朝ドラ視聴が家族全員の生活習慣とまで言えるほどの根強いファン層を獲得してきました。
 しかし、長年に亘って積み重ねてきたからこそ、ファンは従来の朝ドラ像に囚われてしまいがちです。
 「エール」が従来の朝ドラではなく、シットコム、荒唐無稽なコメディなのだと前提を変えれば、粗が笑いどころに見えてきたり、物語の展開もそれなりに受け止めれば良いと思えてきます。
 前作が特に脚本に力を入れ、細部を大事にし丁寧に作り込んだ物語だったので、余計に落差が目立ちますが、そもそも朝ドラ開始当初の50年前は一話15分を一発録りで収録し、撮った端からテレビ放映していくような制作体制だったことを考えれば、今作は先祖返りしたような朝ドラと見ることも出来るでしょう。

 最近の朝ドラは、この従来型朝ドライメージからの脱却を模索している節があります。偶発的にではありますが、このままシットコム路線で突き進めば、従来の朝ドライメージを派手に打ち破る異端児が誕生するかもしれません。

急な路線変更がもたらす弊害

 ただ、「エール」が脚本家交代で途中からシットコム路線に方向転換したが故の弊害はあります。

 コメディの登場人物が架空の人物ではないというのは大きなマイナスです。出てくるキャラクターの多くにモデルとなる実在の人物がいる今作では、コメディ用の極端なキャラ造形が、不本意にもモデルの人物の印象を変えてしまうという厄介な問題が出てしまいます。いくらフィクションと謳っているとはいえ、大々的に古関氏とその作曲を宣伝に使ってしまっては、もはやその印象は拭えません。予期せぬ途中降板ではあったと思いますが、この点は何かしらのエクスキューズを出した方が良いのではないかと思います。

 コメディドラマにはツッコミ役は欠かせない存在ですが、「エール」にはツッコミ役が欠けています。
 当初はツッコミ役がいるほどのコアなコメディを想定していないので、不在なのも当然といえば当然です。
しかし、ツッコミがあるからこそボケは引き立つものです。非常識な言動や辻褄の合わなさを指摘することによって、それらは作劇上敢えて行っているという表明になり、面白さに繋がるのです。ツッコミがなければ、作中での行為が推奨されている、もしくはその世界での常識と誤認してしまったりして、ボケがただの無礼な人にしか見えません。
 さらに悪いことに、ナレーションの使い方がどうにも下手すぎます。脚本家の不在期間があったので無理もないとは思いますが、本職が書いたナレーションとは比べ物にならないくらいに下手です。やはり餅は餅屋、プロは最低限のクオリティを担保してくれます。
 従って、ナレーションの取り扱いが下手で機能していないために、物語のツッコミ役をナレーションに担わせる手法も使えないのです。
 新規投入された脚本家がこの点を改善してくれることを期待します。

 戦前から東京五輪までの時代設定としたのも良くありません。
 撮影途中から止むなく路線変更したのですから致し方ないのですが、戦中戦後の激動の時代とシットコムとは相性が悪すぎます。
 シットコムの魅力の一つは「いつもの場所に、いつものメンバーが、いつものように集まってくる」という安定感にあると思います。登場人物たちの関係性や身の上が変化していっても、変わらずにいつものノリで集まっている、その実家の茶の間のような変わらぬ安定感が土台にあるからこそ、荒唐無稽な笑いも花開くのです。
しかし、戦中戦後を経るにあたっては、変わらない茶の間のような安定の舞台設定はありえないでしょう。そこはどうにも食い合わせが悪すぎます。
 この点は、放送の一時中断が、上手に路線変更が行われる好機になるかも知れません。

 さて、シットコム朝ドラの今作に決定的に欠けているものがあります。それは「ラフトラック」と呼ばれる笑い声や拍手やブーイングです。これがあるとないとではシットコムの印象が大きく変わります。「ラフトラック」の代わりに効果音を使ったシットコムもありますが、この笑い声こそがシットコムらしさの最たるものです。「ラフトラック」入りの朝ドラは前代未聞ですが、その方がむしろ分かりやすくドラマを楽しめるのではないでしょうか。

朝の時間を楽しく

 色々と述べてきましたが、今回の朝ドラを楽しむつもりの方は、NHKのドラマ、または朝ドラとの概念を捨てて気楽に見ることをお薦めいたします。

 また、朝からシットコムはどうも……という向きもあるかと思いますので、その際は過去のお好きな朝ドラを見直すなり、他のドラマ、チャンネルに変える、もしくは皿を洗う、植木に水をあげるなりして、朝の時間をエンジョイされるのが良いかと思います。「Not for me」でいいのです。

 こんな時です。貴重な朝の始まりを、楽しく気持ち良く過ごしましょう。

 個人的には、作り手側の事情を斟酌してドラマを読み解くというのは、相当なマニア、物数寄の趣味であって、普通にテレビを見ている一視聴者に裏事情を考えさせるのは下策だと思います。

 最後に。

 今回の「エール」で名バイプレイヤーとして活躍の場を広げるはずだった、志村けんさんの訃報に深い哀悼の意を表します。

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