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読書感想#51 【ジャン・ジャック・ルソー】「学問芸術論」

引用元:学問芸術論 ジャン・ジャック・ルソー  岩波文庫 出版年1968

ルソーの思想が「自然に還れ」と要約される訳

ルソー自身は、「自然に還れ」とはいっていません。しかし、それでもそのような思想として紹介されるのは、ルソーの文章を読んだ私たちに、「人間は文明の進歩によってかえって劣化してしまった」と思わせる力があるからです。

芸術がわれわれのもったいぶった態度を作りあげ、飾った言葉で話すことをわれわれの情念に教えるまでは、われわれの習俗は粗野ではありましたが、自然なものでした。

p.16

ルソーにとって還るべき自然は、このようなものでした。下手に取り繕ったり、また取り繕わなければ生きていけないような、そんな社会に嫌気が差していたのでしょう。ルソーは続けます。

そして態度の相異が、一目で性格の相異を示していました。人間の性質が根本的に今日よりよかったわけではありませんが、ひとびとはお互いをたやすく見抜くことができたので、安心していたのです。

p.16

本音は常に覆い隠され、相手の事が分からない、次第に自分でも本当に何がしたいのか分からなくなる、そんな時代だからこそ、つい「自然に還れ」と言ってくれるのを、私たちは待ち望んでいるのかも知れませんね。

しかし、ルソーが本当に言いたいことは、おそらく「自然に還れ」ということではありません。なぜなら、私たちに「還る自然」などないからです。そのような理想郷を追い求めても、ついに到達出来ずに終わることでしょう。学問によって発展してきた現代社会で、私たちが学問を棄てるということは、あまりに現実味がないのです。それではかえって暮らしが悪くなる一方でしょう。

大事なことは、学問が著しい進歩を遂げた現代で、私たちはどう生きるべきか、すなわち、還れないからこそ、新しく造っていかなければならないということ。ルソーの自然回帰は、決して過去への回帰ではありません、未来の創造なのです。

そのためには何をするべきか、一つには、学問を知るということが考えられます。学問を知った上でこそ、その改善点や問題点が明らかとなるからです。そして本書「学問芸術論」は、その「学問」を知るための最良の案内書となることでしょう。

学問の進歩は人を本当に幸せにしたか

学問の問題点として挙げられやすいのは、果たしてその学問が本当に人生の役に立つか、ということです。それはルソー自身が冒頭に述べている通り、本書の主題にもなっています。

学問や芸術の復興は、習俗を純化するのに役だったのでしょうか、それとも習俗を腐敗させるのに役だったのでしょうか。これがこれから検討しようとすることです。

p.11

この復興というのは、今日においては進歩・進展などと置き換えても問題ないでしょう。学問の進歩は、私たちの日々の暮らしを本当に満足させるものだったのか、こう問い直すことが出来るのです。

おそらく当時の人々からすれば、学問が進歩すればするほど、私たちの世界もより良いものになっていくという期待感がありました。だからこそ、学問の進展にはポジティブな印象しかなかったでしょう。しかし現状の私たちの感覚はどうかというと、たしかに昔の人と比べて遥かに物を知っており、それに伴い、遥かに便利な生活を送っていることは間違いありませんが、それでも前の時代の人たちと比べて遥かに幸せになったかと言うと、必ずしもそうとは言えないのです。

もちろん、医学の進歩によって難病も治療できるようになったり、その他各分野の進展によってたくさんの食・快楽にあふれる現代が、たとえば戦中・戦前などの苦労した時代よりも不幸なはずはありません。しかし、それでも満たされない何かがある、これもまた事実なのです。ここが解決されない限りは、今も昔もそう変わらないでしょう。

そして、その何かというのは、単なる学問に求めることはできません。なぜなら、学問ほど今と昔で姿を変えたものはなくして、しかし今と昔でそう現状が変わっていないものはないからです。

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