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読書感想#39 【中村元】「神秘主義と直感的認識」

 一般的に知られているように、大乗仏教は、諸々の事象が相互依存において成立しているという論を展開することによって、空の観念を基礎づけました。この考え方によれば、何ものも真に実在するものではなく、あらゆる事物は見せかけだけの現象に過ぎません。

 大乗仏教は主張します。実体とは、その真相についていえば空虚なのであり、またその本質を欠いているものである、と。もちろんだからといって、無が実在であるといっているのでもありません。あらゆる事物は、他のあらゆる事物に条件づけられて起こるということなのです。

 即ち空というのは、無や断滅を意味するのでなくして、肯定と否定、有と無、常住と断滅というような、相対する二つのものの対立を離れた状態を意味するのです。空とは、あらゆる事物の依存関係に他ならないのです。


 実体を否定する空の思想は、もとより原始仏教以来の無常の観念を基礎づけるために、大乗仏教において特に強調されたものでありますが、それは同時に大乗仏教の基礎的な観念とみなされ、今やあらゆる教理の前提ともなっています。


 普通には、実体とは諸性質の主語となるものであるという風に考えられており、その全ての性質から区別される何物かであるという風に考えられています。しかし諸性質を取り去ってみて、実体そのものを想像しようと試みる時、恐らく我々はそこに何も残っていないことを見出だすでしょう。実際、実体とは様々な出来事を束にして集める便宜的な方法に過ぎないのです。


 例えば、日本という語は単なる便宜的なものに過ぎず、その地域の様々な部分を超越して日本と呼ばれるような事物は存在しない、というのは説明するまでもありません。それはS氏にしても同様です。S氏はあくまでも、多数の出来事に対する一つの集合的な名称に過ぎないのです。もし私たちがそれ以上のものとして、それを解釈するならば、それは全く知り得ない何物かを指示することになるでしょう。その時遂に、私たちの知っていることの表現には、その何ものかは必要ではなくなってしまうのです。


 畢竟すれば、実体は概念作用を持って把握することは出来ません。それは否定的方法においてのみ、認識されるのです。

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