「服飾学生」というプレッシャー

「服飾学生」と聞いて、どんな人を思い浮かべるだろうか。
自分らしい装いで登校し、SNSでファッションを発信、夜は友達と電話しながら、終わらない課題に立ち向かう…
キラキラした学生を思い浮かべる人も多いのでは無いだろうか。確かにキラキラした人もいるだろうが、私はキラキラになれなかった服飾学生だ。

私は元々テーマパークのアクターやダンサーの衣装が好きだった。自分が演者になりたいと考えた事も何度かあるが、運動神経も容姿にも自信が無いし、体で表現する事より衣装が着たい気持ちが強いと気付いて諦めた。
高校生の頃に服を作ってみたら、すごく楽しかったし人にも褒められた。衣装を作る技術を身に付けたくて、あわよくば本物を作る人になりたくて、服飾学校の門を叩いた。
最初からファッション業界には苦手意識があったし、技術さえ身に付けば新たな友達は要らないと思っていた。バイトして年パスを買って、週末は本物の衣装を見る生活を…そんな理想はウイルスに壊された。

流行病によって増した神経質な性格と、長時間の満員電車、課題による睡眠不足、課題も普段の容姿も人と比べられる毎日。合わない人間関係。私は在学中に心を壊した。頭の中に溢れていた「作りたいもの」も、「絶対に衣装作家になる」という心の炎も、完全に消えた。
電車に乗ると苦しくなる、涙が出る、絵も描けない、ミシンに触るのも嫌になった時期があった。あんなに大好きで、自分の唯一の取り柄だった服作りが、突然嫌になってしまった。そんな自分に価値が感じられなかった。「服が作れるあなたはすごい」と言ってくれた人たちが離れていってしまうんじゃ無いかと思うと寂しかった。今ならそんな事じゃ友達は離れないって分かるけど、当時は分からなかった。

コンテストにも通らない、学校のSNSに取り上げられる事も無い、毎日生きる事に必死でファッションを楽しむ気力も無い、そんな奴だったけど。それでも通い続けられたのは、入学前には要らないと思っていた友達のおかげだった。
お昼を一緒に食べてくれた、作品を褒めてくれた、髪やメイクの変化、新しい服にすぐ気付いて褒めてくれた。私の話なんて誰も聞いてくれないと卑屈になっていた私の話を、最後まで聞いて理解してくれた。お酒も飲めない、すぐ帰る、付き合いが悪い私なのに、仲間外れにせず、ご飯にも誘ってくれた。これを友達が読んだら気持ち悪いと思われそうだけど、本当に感謝してる、居場所をくれてありがとう。
学年が上がるにつれ、緊張せず話が出来る先生にも恵まれた。
そんな人たちのおかげで、最近やっとファッションで自分を表現できるようになった。もっと早くファッションを楽しめてたらって思うけど、今で良かったんだと思う。

目立たない、華のない、4年間だったかもしれないけれど、私にとってはとても大切な時間だった。

ファッションなんて華やかな世界、私には無縁だな。
入学前、頭の中で響いていた言葉。今だって自分が華やかとは到底思えない。
でも、人より目立つ事が人間の価値じゃ無い。世間的に変でも、迷惑かけてなきゃ、自分が好きな服を着て良い。理想主義でファンタジーに現実逃避したって、それが自分のスタイルだ、そのまま行けって、当時の私に言いたい。

普段記事を書く時はナレーターみたいな人が頭の中で喋るけど、この記事を書いてる時は脳内の強気なお姉さんのラップから文章が生まれてった。
人のためになる記事じゃなくて、私の気持ちの整理のための記事になってしまってごめんなさい。ここまで読んでくれてありがとう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?