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サビ猫町 地域振興課

「お荷物以上でよろしいでしょうか?」
汗びっしょりになりながらも爽やかな笑顔を向けられる。
つられてこちらも笑顔を作る。
「はい、ありがとうございました」

「では失礼します」
挨拶とともにゆっくりと閉められる玄関ドア。
遠のいていく足音。

しばらく足音が去るのを聞き耳をたてながら待つ。
車のドアが閉まるおと、車の走り去る音。

そして静寂。

「よっしゃー!!一人暮らしだーー!!」

部屋中に響き渡る声で思わず叫んだ。
この勢いのまま走り出したいが、ところ狭しと置かれたダンボール。
部屋の中を走るどころか、歩くのにも障害物にぶつかる程閑散としている。

先程叫んだように本日から一人暮らしが始まった。


遡ること半年前


「あーちょっと伝えたいことあるから、午後1で会議室ね。」

昼食に向かおうとデスク周りを整えていたところ、思い出したように上司からそのように告げられる。
内心もっと早く言えよと愚痴ったがそんなこと顔にも声にも出さず笑顔で「はい!承知しました」と答えた。

昼食を共にしている同僚からもわざわざ会議室に何の呼び出しかと話題にあがった。

「説教だったらどうしよ。公に出来ないほどやらかしてたらさすがにへこむわ」

同僚の前ではヘラヘラと笑いながらも心配だと伝わるよう言葉を並べた。

「今更でしょ、いつもやらかしてるじゃん」

先輩が何処吹く風のようにさらっと言ったが、シンプルにお前仕事ちゃんとやれと言われた。
空気が一瞬固まったが、「いや~すんませ~ん」と、またも笑って誤魔化したことで場の緊張が解けた。
それに安心したのか他同僚も
「そうだな~」
と、笑っているが、正直庇うか慰めるかしてほしかった。

それとなく自分が仕事でのミスが多いことを同僚から認められたようで、静かに傷ついた。
特に言うことでもないが、せっかく作ったお弁当が味気なく感じた。

自分1人気まずいまま昼食を終え、呼び出し通り、会議室へ赴く。

上司を待ちながら本当に説教だったらどうしようかと、今更怖くなってきている自分がいる。手に汗をじわっとかいた。

「あー待たせちゃったかな、急に呼び出しちゃってごめんね。予定平気かな?」

のんびりとコーヒを片手にやってくる上司。
その手にはクリアファイル。
なにか資料が挟まっているとみえる。

「あーいえ、まぁ大丈夫です」

何と答えて良いか分からず適当に相槌を打ったが、上司の反応からどうやら説教では無いようだ。
一安心だ。
説教でないだけ、今日は安心して良いようだ。

「早速なんだけどいいかな」
「はい、お願いします」

「来年なんだけどね、異動の話が出てるんだよね」
「...えっと、はぁ..い、異動ですか...」

実は言い出しにくくてさー。と上司は苦笑いを浮かべながら異動願いの紙をこちらに差し出した。

確かに異動願いに自分の名前と来年度の日付が書かれている。
だが、異動先の部署の名前が(仮)とだけで部署名が書かれていなかった。
そのことを確認すると、どうやら来年から新設の部署ができるとのことだった。
そしてそこの所長に自分が任命されたとのことだった。

入職してから早7年。
先輩や同期にいじられ、後輩には先をこされ自分でも自身の仕事ぶりが良いかと問われれば、首を捻るものであった。
実際先程先輩に「いつもやらかしてる」と小突かれた。
そんな成績不良の自分がなぜ新設部署の所長に任命されたのか疑問であった。

そのことを上司に問うとこう返ってきた。

「いやぁね、君も今年で7年目だろ?中堅の枠にそろそろ入る。優秀な人材は数あれど君のように誠実に仕事に向き合う人はあまりいないからね。新設の部署をたちあげるという話とその中身から君が適任だと思い、私から推薦したんだ。」

上司から普段の自分がそのように見えているとは知らず、柄にもなく嬉しくなった。こぼれそうなえみを我慢するように、膝の上に置いた拳をぎゅっと強く握った。

「新設だから準備もあるだろうし、君の意向も知りたいから今のタイミングで告知となったんだ。拒否することもできる、君の意思を尊重したい、考える時間を与えたいから1週間後に私宛に答えを聞かせてくれないかな、頼むよ」

上司ににっこりと微笑まれ、後で目を通しておいてねと、新設部署の案が組まれたパワーポイントのコピーを資料として渡された。

ちなみに新設部署は内々であるため、他言無用らしい。

自分自身に向けられた期待が予想以上に大きいことに身を引いてしまいそうだったが、「いつもやらかす」の汚名を返上出来るのではと、期待が出来る話であった。

良いお返事が出来るよう上司に伝え2人で会議室を後にした。


そして半年後


新設部署がおかれる建物を見学し、直しや手を加える部分を不動産と相談をし見積もりをたてていく。
十分な資金を会社から用意されていることに感謝しながら4月に向け準備を進めていく。

物事が順調に進むことに喜びを感じ、そして自分自身が任命されたことに喜びを感じながら新設部署に向け、1人暮しの準備も同時に行っていた。

7年通った職場までは実家から通えていたため、異動にあたり人生初めての1人暮しとなった。

初めてのことばかりであったが、その刺激にワクワクが止まらずにいた。

「よっしゃー!!1人暮しだー!!」

散乱するダンボールに囲まれた自分1人の部屋の中で思わず叫ぶ。

この1人暮しが職場の意向であることを重々承知しながら荷解きを行う。

最低限実家から持ってきた荷物たちと、会社からの物資を部屋の中に広げていく。
こりゃ何日もかかるなとため息をつきながらも、心はどこかワクワクしていた。

さて、この新設部署であるが、職員は所長である自分1人のみである。

それはなぜか、これからの行動をみていただければわかるだろう。

「みなさんこんにちは!サビ猫町地域振興課の、一人暮らし実態調査員のまたたびです!今日から私は一人暮らしの実態調査員として、この平屋に越してきました!1役所の職員である私の一人暮らしの実態を全世界に24時間生配信で発信していき、このサビ猫町の地域発信をしていくのが主な内容です!みなさん今日からどうぞよろしくお願いします!!」

部屋に設置されたひとつのカメラに向け作り笑顔を向けながら、カンペ通りに喋っていく。

そう、自分の新しく与えられた仕事は「一人暮らしの実態調査として24時間その実態を生配信をする」

というものであった。

一人暮らしをした事がある人はこの世に数多くいれど、その実生活を24時間生配信する人は多くないだろう。
実際、ただの役所の職員である自分の一人暮らし生活を世に発信し面白いのかと問われるといささか不安であるが、役所としても世の中を知り、そして発信をするひとつの材料としたいのだろう。

田園風景の広がる大地、山の中洲に立てられた立派な木造平屋建て。

与えられた環境が生きてきた中で、初めて触れるものであったが、楽しみである。
これから、町の人たちと交流を重ねていきながら、地域発信に活かしていきたい。

与えられた職を全うし、全世界に一人暮らしの実態を配信していきたい。

それでは1日目スタートです


サビ猫町 地域振興課  木天蓼 (またたび )

#創作大賞2023 #オールカテゴリー部門

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