姉弟日記 『バレンタイン』
パキパキ、カラカラ。
折られた板チョコの欠片が、
ガラスボウルに溜まっていく。
幼い少女が、踏み台の上に立ちながら、
広々としたキッチンでチョコ作りをしている。
今日は、バレンタインデー。
少女はチョコをひと欠片つまみ、
口へと放って、その美味しさに微笑む。
さすがはスーパーの棚から厳選した板チョコだ。
すぐ隣で冷蔵庫が開く音。
そこにいたのは、少女の弟だ。
少女は咄嗟に腕を下ろして、
くすぐり攻撃に備えて脇腹をガードする。
──だが、彼はジュースを取り出すだけで、
そのままキッチンを去って行く。
何もちょっかいを出さないなんて……
今日の弟はどこか様子がおかしかった。
お湯の熱で溶かされ、
とろとろになったチョコの欠片達。
甘い香りの誘惑に勝てない少女は、
何度もチョコの味見をしてしまうのだ。
弟の方は今も、
チラチラと姉に視線を向けていた。
少女はふーんと察して、ニヤリと笑う。
きっと弟は、姉からチョコを貰えるのかと、
期待でそわそわしているに違いない。
彼の様子が変なのはそのせいなのだ。
インターホンを鳴らす宅急便に応対しつつ。
少女はオトナの余裕を見せつけるように、
優雅にチョコ作りを続けていた。
溶けたチョコを型に流し込み、冷蔵庫へ。
チョコが固まるまでの小休止に、
少女はチョコをラッピングするという
素敵な名案を思いつく。
今だにそわそわする弟を横目に、
少女は想像を膨らませた。
たぶん弟は女子からチョコを
貰ったことなんてないだろうし、
顔を真っ赤にして喜ぶに違いない。
そんな行きすぎた妄想をしながら……
少女はお小遣いを握りしめて、
ラッピング用品を買いに家を飛び出した。
綺麗にラッピングされた特製のチョコ達。
さっそく弟を呼ぶと、
「何……」と素っ気ない返事。
目を合わせようとしない彼は、
やはり恥ずかしがっているのだろう。
「いいものあげよっか?」と
じらそうとする少女に向かって、
弟は決意したようにこう切り出した。
「ずっと姉さんに……
言えなかったことがあって……」
弟はそう言って、
スマホの画面を少女に見せる。
そのインカメラに映っているのは──
つまみ食いで、
口の周りにチョコのおヒゲをつけた少女。
「まさか私……
今日ずっとこんな顔で……?」
窓から射し込む、
何気ない休日の夕焼け。
真っ赤で熱を帯びた光が、
眩しいくらいに。
少女の表情を照らしていた。
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