見出し画像

魂の疾走。往復1,000km神頼みの旅【お伊勢参り下道ツーリングレポート】 前編

 この記事は私が2024年の2月27日から3月2日にかけて、125ccのバイクで下道を用いて行った神奈川県川崎市から三重県の伊勢神宮までのツーリングの記録だ。なお本記事では往路での出来事をご紹介する。


出発前夜

 とにかく嫌になるくらい、遠くに出かけたかった。そう思い立ったのは2024年2月初旬。冬のリムリックと見紛う気候と、上手くいかない日々の生活から鬱状態に陥った私は、一時的に外出もままならないくらい衰弱していた。投薬などで回復し始め、外にも出られるようになった時、今度は一ヶ月近くなにも行動できていない自分に対して焦燥感を覚え始めた。とにかくどこか遠くに行きたい。自分の知らない土地を自分の好きなバイクで旅すれば、何かが変わるかもしれない。24歳にもなってこんな現実逃避に頼るしかないのも情けない話だが、バイクの旅というのはそれくらい「何かを変えてくれそうな力」を秘めている。「イージー・ライダー」や「モーターサイクル・ダイアリーズ」に代表されるように、若者のバイク旅というのはそれだけで映画になってしまう程、魅力的な冒険活劇なのだ!すでに私の心は疾走を始めている。

 行き先として設定したのは伊勢神宮。ナショナリストでも、神道への執着なども特に無いはずなのに、無意識のうちに「日本に生まれたのなら一生に一度は…」という思いが心の中にずっとあった。なんにしろ、人生がうまくいっていない時は神頼みに限る。そんなタイミングで、頭の中に伊勢神宮の存在が浮かんだのは、神様からの何かしらのメッセージだと捉えておこう。距離を調べてみると、私が住む神奈川県川崎市からおよそ500km。私のバイクは125ccの原付2種。高速道路を使うことができないため、下道を約11時間かけての移動となる。以前から下道を用いたツーリングは何度か経験があったものの、300km以上の距離を走るのは初めて。本来こんな無理なツーリング計画を立てるべきではないのだが。行きたくなってしまったから仕方がない。以前にも長距離&長時間のツーリングをして、「もう二度とこんなことしない」と後悔するほどしんどい思いをしたはずなのにだ。しかしながら、世の中には同じ条件のバイクで関東から九州まで行ってしまうような猛者もいる。なんなら、50ccの原付で日本を一周してしまうような人もいて、タフな人はとことんタフだ。とにかく、安全には細心の注意を払い、少しでも疲労を感じたらしっかり休憩を取りながら走っていこう。

相棒の紹介

 今回の旅行で使用したバイクとカメラを紹介する。

HONDA GROM(125cc)
 1年半前に友人から破格で譲ってもらったバイク。総走行距離25,000kmを超えたがまだまだご機嫌。旅行直前にタイヤ、オイル、バッテリーの交換をおこない、準備は万端。タンク容量は6Lで、順調に走れば無給油で300km以上は走れるはずだ。星条旗がペイントされたハーレーや、チェ・ゲバラが乗ったオンボロのノートンほど画になるバイクではないが、それらよりもはるかに頼れるバイクであることは間違いない。

アーマードコアに出てくる機体みたいでかっこいい

SONY NEX5
 10年以上前のミラーレスカメラ。SONYのαシリーズの記念すべきファーストモデルだ。以前は同じくαシリーズのα5100を使用していたが、コロナ禍の金欠により泣く泣く売ってしまった過去がある。NEX5はもっと古いモデルだが、使用する上で不便さを感じることもなく、写真を撮る喜びを呼び起こしてくれる。

キットレンズのみの硬派スタイル。望遠レンズくらいは買っておくべきだった。

往路の記録

 この時点で「伊勢神宮に行く」以外の予定が全く未定だった。天気や体力と相談し、その後の予定を決めよう。何かを目的とした旅というよりは、漠然と「旅がしたいから」する旅。時間はある。たまにはこういうのも良いだろう。

休憩を挟みながら走るため、日没ごろに到着できれば。というような計画。

 まずは伊勢までのルート。距離は異常だが、ルート自体は非常にシンプル。溝の口駅をスタートし、国道246号を通り、国道1号に入る。なお国道1号は何度か自動車専用区間が挟まり、私のバイクでは通れなくなるため、すぐに海沿いの国道150号に入る。潮風を感じながらのツーリングとなりそうだ。ちなみに今回はナビタイムが提供している「ツーリングサポーター」というナビアプリを使用する。Googleマップと違い、車両の排気量ごとにルート検索が可能で、原付、原付2種でも通行可能なルートを検索して表示してくれる。月額600円がかかってしまうが、バイクに乗る機会が多い人にとっては非常に便利な機能が揃っているからおすすめだ。

AM 0:00 出発

 前日の夕方に睡眠をとった。2時間ほどで目が覚めてしまう。荷物の最終確認をし、旅行中に聴く音楽のプレイリストを作成したり、観光地の情報をだらだらと探す。出発の直前までライブカメラなどで路面の雪を確認しながら箱根越えのルートを選定していた。3月が目前に迫る時期、寒さよりも風の強さが目立ち、春の訪れとこれから始まる過酷な旅を予感する。長年酷使し、穴が空いてしまったグローブとジャケットはこの機会にと新調しておいた。何枚も重ね着をし、身につけられるだけの防寒グッズを身に纏い、おろしたてのジャケットを羽織り、午前0時。いよいよ出発だ。

 夜の246号線は車通りが少なく、快適に走り進むことができた。予想通り、強い寒さを感じる。実際の気温以上に、勢いよく体にぶつかる風が体感温度を下げている。「2時間ごとに休憩を取るか〜」なんて考えていたが、とんでもない。1時間以上は走り続けられない。結局、30km走ったところで最初の休憩に入る。まだまだ厚木。前途は険しそうだ。

あまりの寒さに不安な表情に

AM 2:00 箱根を越える

 出発してから2時間ほど。秦野を通過し、路面の起伏が大きくなってくる。箱根を越えるとは言いつつ、国道246号は山を迂回するルートのため、国道1号などに比べると高低差は緩い。これまで走ってきた、街の灯りが眩い道と違い、急激に暗く寂しい雰囲気となる。風が強さを増す。インカムから流れるオフスプリングのおかげでなんとか正気を保っていられる。前後に見える大型トラックの無機質なライトの光が、今はただ恐い。

AM 3:00 海沿いを征く

 ようやく御殿場に出た。そこから沼津まで一気に南下する。静岡県の海岸線をなぞるように走っていく。左側には太平洋、右側には富士山の勇姿が見えるはず… なのだが、今は午前3時。私の視界に映るのは、グロムの小さなライトに照らされた路面や道路標識だけだった。30分ほど走り、風景が変わり始める。清水港に到着だ。強いライトに照らされた色とりどりのコンテナたちは、海無し県で生まれた人間にとってはあまりに非日常的で、感動的な光景だ。

御殿場にて。1時間ごとに放尿、水分補給のルーティーンが完成した。

AM 5:00 ガス欠の恐怖

 静岡をナメていた。と言わざるを得ない。海沿いを走ることで吹きつける風はさらに勢いを増す。「なんでこんなこと始めちゃったかなー💢」という思いが早くもピークを迎える。さて、ここまで来たところでガソリンの残量は半分ほど。「余裕を持って次にガソリンスタンドを見かけたら入るか。」と、計画的に動いていたのだが、ここで私の計画を上回る事態が起こる。走っても走ってもガソリンスタンドが無いのだ。もしくは、あっても営業時間外か。首都圏での生活に慣れ、家の近くに24時間営業のセルフスタンドがあるのが普通になってしまった私。思い出した。夜はガソリンスタンドが閉まっているのが普通なんだ。こんなところで都会に染まってしまったことを実感する。そして腹立つことに、こういう時に限って向かい側の車線には意外と頻繁にガソリンスタンドがあったりする。

AM 6:00 感謝の給油

 気づけばガソリンの残量は2割ほどになっていた。寒さと、強い向かい風により、普段よりも燃費が悪くなっている。バイパスを離れ、藤枝市街に到着した。コンビニで休憩をしながら近場のガソリンスタンドを探す。市内には24時間営業のスタンドがいくつかあり、ようやく給油が叶いそうだ。出発しようとバイクのエンジンをかける頃、日の出により空が金青に染まり始める。

希望の光
エネオスにて給油

AM 9:00 浜松爆走

 またバイパスを淡々と走る。長距離を走る時、私の好きな漫画「湾岸ミッドナイト」のセリフを思い出す。

あんがいたんたんと走るんだナ

長距離はその方が結果早いんですヨ
200km/hクルーズができればまだしも 
多少の速度差は5分の休憩で相殺ですからね

 北見と島がブラックバードに乗り、都心から大阪まで走る際のシーンだ。実際に長い距離を走ると感じる。淡々と走ることの速さ。変にスピードを出すことの無意味さを。速度、車間距離を常に一定に保つ。ゆっくりと、着実に、私とグロムは伊勢へと近づいている。

 浜松についた。バイパス沿いは都会らしい雰囲気を帯びてくる。出勤のラッシュと重なり、渋滞が増える。祖父母が以前、湖西市に住んでいたことから、浜松近辺は馴染み深い土地だ。祖父が数年前に亡くなり、祖母も私の実家である山梨に引き上げた。数年ぶりに訪れた浜松はやはり居心地良く感じる。浜名湖を越え、車通りも一気に少なくなる。休憩がてら海を見る。湖西を越えればいよいよ静岡制覇だ。

湖西の海
いよいよ静岡制覇

PM 0:00 2回目の給油

 豊橋、蒲郡などを通り、安城へと入る。淡々とバイパスを走るだけなのでもはや書くこともないが、相変わらず暴風で暴れる車体を押さえながら走る。深夜に比べてだいぶ気温も上がってきた。快適ではないか、我慢はできるといったところ。ガソリンが半分になったため、一度バイパスを降りて給油を行う。

ガソリンは入れられる時に入れる。長距離ツーリングの鉄則。

PM 1:00 名古屋通過

 いよいよ名古屋に入る。さすがに大都会だ。名四バイパスは複雑に入り組んでおり、交通量も多く、首都高のように緊張感がある。前後左右の車に注意を払い、ルートを間違えないように、走る車線に気を使う。神経をすり減らしながら前へ進んでいく。ようやく都市部を抜け出し、三重県との県境にある飛島村に入る。ここで暴風はピークに達する。姿勢を低くし、バイクにしがみつく。そうしないと上半身が風に振られてしまう。日差しは強く、背中や目元が熱いのに、風の冷たさが全身を貫く。地獄。

暴風により看板などが宙を舞う。まっすぐ走ることができない。

PM 2:00 人生初の三重県

 生まれて初めて三重県に入る。すぐさま四日市コンビナートが現れる。SFアニメのような未来的な風景に心が躍る。冬の澄んだ空気の中、煙突から立ち昇る煙がやけに立体的に見える。コンビナートの次は巨大な橋で川を渡る。アトラクションみたいな街だ。楽しくてたまらない。そして、ホンダユーザーにとって聖地のような場所である鈴鹿サーキットの横を通る。私のバイクもホンダだ。昔から何度もゲームの中で走ってきたサーキットだが、実物を見るのは初めてだ。感慨深い。今回は時間が無いが、いつかまた、ゆっくりと訪れたい。

PM 2:30 ラストスパート

 午後3時。日付が変わったのと同時に家を出たため、休憩を含めてこの時点で15時間が経過している。クラッチを握り過ぎた左手はもう力が入らない。寒さで身体中が冷たくなっている。そして相変わらず吹き付ける爆風。おまけにマナーの悪い車が多い。津市の道の駅に到着した。残り40km弱。休憩を終え、ラストスパートだ。

道の駅 津かわげ

PM 4:30 伊勢着 470km走破

 最後の30kmは本当に辛かった。走っても走っても、ナビ上の「残り○km」の表示が全く減らない気がする。夕方に入り、また気温が下がり始める。気温は8℃。防寒対策をしていれば問題ない気温だが、風により体感温度は低い。西陽が眩しくなり始めた頃、ようやくナビが側道へ入るように指示してきた。バイパスを降りる。伊勢市街に到着だ。やりきった。470kmを走り切った。実に16時間半。予想外のコンディションの悪さにより、頻繁に休憩を挟むことになってしまった。予定より大幅に時間がかかったが、バイクが壊れることもなく、事故に遭うこともなく、無事に目的地についた。今日から2泊お世話になる宿は「ホテルキャッスルイン 伊勢」。秀吉をモチーフにしたホテルらしく、よく見ると所々、日本のお城をモチーフにした装飾が見られる。チェックインして早々に大浴場に入り、凍えた身体を解凍する。

少し古いが、良いホテル。
本当にこんな小さいバイクで470km走ったのか…

往路を終えて

 原付長距離ツーリングというのは良いもので、手軽に「何か大きいことを成し遂げた気」になれる。特に意味のない行為ではあるのだが、高速道路や新幹線では見逃してしまう景色の移り変わりや、地域ごとの空気の違いを感じられる。意味がないとは思いつつ、やっぱり好きだ。何か目的地を設定して旅行をすること以上に、旅をしている時間そのものが好きなんだと、改めて感じさせられる。

 明日はいよいよメインイベント。お伊勢参りだ。単なるツーリングの記録として書き始めたはずなのに、予想以上に長くなってしまった。参拝の様子と復路の様子はまた別記事にしてご紹介したいと思う。ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。時間が取れたら、日帰りでも良いから、旅をしてみてほしい。

 後編記事はこちらから。

吉塚千代




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?