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#106 なぜ賢治作品は未来の予言書のようなのか?【宮沢賢治とエミリィ・ディキンスン その44】

(続き)

◯ なぜ賢治作品は未来の予言書のようなのか?

昨年ロシアによって引き起こされたウクライナ侵攻は、賢治が生きていた当時、約100年前のウクライナの独立と消滅を連想させ、賢治作品にもウクライナの人々に想いを馳せる作品があります。

こういった現象は、現代社会が、第二次世界大戦以前の蓄積を基礎として、更なる上積みによって発展したのではなく、大戦によってそれまで築いた多くのものが失われ、一部においては時代が原始へと遡った、ということも想像させます。ウクライナ侵攻のニュースで大量に流れる暴力的な映像の数々に、「人間は進化していないのではないか?」という疑問も湧きおこります。

余談ですが、戦争と賢治の関係で言えば、満州事変の首謀者の1人である石原莞爾は、賢治と同じ日蓮主義から影響を受け、二人が日蓮主義の影響を受けたと思われる時期もほぼ同じです。このことから、賢治が早く亡くならず生きていたら、軍国主義に加担していたのでは、と語る人もいます。

日蓮主義が、賢治と対極にも見える石原のような人物に影響を与えたのは、日蓮主義の間口の広さが理由にあると思われます。「自らの力で現世を作り替える」という側面や、「西洋思想へも越境する」といった側面は、賢治と石原に共通します。しかし、日蓮主義者から出た妹尾義郎が社会主義者となっていったように、どのような手段で社会変革を目指すか、という点では大きな振れ幅を持っていました。この点が、賢治と石原のその後の行動の違いにつながったと思われます。

石原や田中智学さえも、後に軍部から排除されていったことから、必ずしも「日蓮主義=軍国主義」とは言い切れず、そういった視点から賢治と日蓮主義の関係性の考察が深まるとすれば、賢治と石原の関係は、興味深いテーマだと思われます。

脱線しましたが、先に触れたように、精神の働きや超常現象にまで越境し科学的に解き明かそうとした賢治の時代のような貪欲さに、現代が到達していないことを考えると、賢治作品は、現代にとっての「未来の書」である可能性もあります。

現代の最先端分野である量子力学が、仏教の「空」思想と似ていたり、ブラックホール観測などの宇宙物理学の進歩により、人類が把握する宇宙の姿がごく一部であることが判明するなど、人間の知覚で捉える「実体」の曖昧さが暴かれています。

賢治は、「見えないものを見ようとした」ようにも見え、その意味でも、未来的なのかもしれません。

(続く)

2023(令和5)年11月23日(木)

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