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#182 東京の賢治と父・政次郎【宮沢賢治とシャーマンと山 その55】

(続き)

花巻での激しい布教活動の後、東京へ家出しながら、再び花巻へ戻るまでの間、東京で何が起き、何をきっかけに宮沢賢治が花巻へ戻ることとなったのか、という点はとても興味深い。帰郷には様々な理由があるようだが、帰郷の理由は複合的で、決定的な理由は判明していないように思われる。

賢治の東京生活におけるトピックスとしては、親友の保坂嘉内と東京帝国図書館で決別したことや、父・政次郎が賢治を誘って伊勢・京都方面へ旅行したこと、妹・トシが花巻で病に伏せたことなどがある。賢治と、保坂や政次郎とのやり取りについて詳しい内容は残されていないようだが、いずれも賢治の信仰にまつわる話題だったと思われる。

父・政次郎が賢治を旅に誘った理由は、賢治の頑なな信仰の視野を広げるという目的があったようだが、父子旅が賢治の帰郷に対してすぐに効果を発揮した訳ではなく、政次郎は一人で花巻へと戻った。妹・トシの病をきっかけとする花巻への帰郷後、政次郎と賢治の間において、以前のような激しい対立は落ち着き、賢治自身の国柱会に対する熱狂的な信奉の態度も薄まったようにも見える。

賢治の東京への家出以降、国柱会に対する信仰が下火となったのか?もしそうだとすれば、その要因は何なのか?

激しい信仰的な対立の矛先の中心が父・政次郎であったことから、二人の関係の変化が、賢治の信仰の変化に与えた影響は大きいのではないだろうか。はっきりしたことはわからないが、政次郎が、家出中の賢治を誘って旅した伊勢や京都で、二人が何を語ったのか、という点については、気になるところでもある。

【写真は、旧帝国図書館(現国際子ども図書館)】

(続く)

2024(令和6)年5月5日(日)


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