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クリミアをめぐるロシア人の本音と建て前

ロシアの新聞のサイトからちょっとした記事を紹介するシリーズです。

今回は、ビジネス系日刊紙『ヴェドモスチ』から、ロシアによるクリミア併合9周年にちなんだ世論調査に関する記事を紹介する。

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全ロシア世論調査センター:ロシアへのクリミア併合決定を正しいと見なすロシア人は86%

クリミアをロシアの一部として受け入れた決定の正当性をロシア人の86%が確信している。全ロシア世論調査センター(VCIOM)のアンケート調査でそのような結果が出た。VCIOMは、同調査結果を、クリミア半島のロシア連邦編入9周年に当たる3月18日に公表した。

VCIOMのデータによれば、クリミア併合の決定を支持した者の中でも、「無条件に正しい」と回答した者は調査対象者の67%に及んだ。同センターの指摘では、2021年の調査では同様の回答は57%に過ぎなかった。正しいと回答した理由として、クリミアは「昔からロシアの領土である」ことを挙げた者が53%であり、ほかには、クリミアの住人の意思表示によるとした者が9%、同地域の民族的な帰属(クリミアの人口の大部分がロシア人である)を指摘した者が6%だった。半島の併合に否定的な意見を表明した回答者は9%だった。VCIOMによれば、2年前の調査でそのように回答したロシア人は13%であった。

調査対象者の71%が、クリミア併合による国家の利益は損失よりも大きいと回答した。併合の結果について回答は困難とした者が14%、9年前の出来事による損失の方が大きいと見なす者は15%だった。

調査対象のロシア人が肯定的な結果として挙げたものとしては、新たな旅行先ができたこと(24%)、海軍基地の安全確保(18%)、領土の返還、ロシアの領土的一体性の回復(9%)、国家の領土拡大(7%)、同じく、ロシア語を母語とする住民の祖国への帰還(7%)であった。具体的なプロジェクトとして調査対象者が言及したのは、クリミア大橋の建設、半島での断水の解消、道路建設及び電力供給の復旧等である。

一方、否定的な結果として挙げられたのは、ウクライナとの紛争及び特別軍事作戦(15%)、制裁の開始(13%)、対外的な緊張の高まり(11%)及び地域の復興にかかる支出の増大(7%)であった。

クリミア半島は、2014年に、住民投票の実施を経てロシアに編入された。住民投票の結果、クリミア共和国の有権者の96.77%及びセバストーポリ市の有権者の95.6%がロシアへの併合に賛成した。キエフ政権は、依然としてクリミアがウクライナの領土であると主張している。プーチン大統領の言葉に従えば、クリミアの問題は「最終的に解決済み」である。

『ヴェドモスチ』2023.3.18(全文訳)

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ロシアの世論調査の結果はあてにならない、つまり「必ずしも民意を正確に反映していない」とは、よく言われることだ。
もしそうだとすれば、それはどうやら、調査対象となる回答者の側に「自己検閲」の意識がはたらいていることが一因であるようだ。つまり、本音と建て前を柔軟に使い分けているということだ。
そのようなロシア人の意識の中での二重基準(ダブルスタンダード)が、一方で、プーチン氏の異様に高い支持率となって表れ、他方では、富裕層を中心とした出国ラッシュを生み出しているように思われる。

9年前のクリミア併合に関する世論調査の結果を報じた上の記事も、そのようなロシア人の日常感覚を考慮したうえで読まねばならないものだろう。

ところで、この記事で簡単に要約された世論調査の結果の中で、一点、私が違和感を持った部分がある。
それは、クリミア併合に伴う肯定的な結果として、最も多くの回答者が「新たな旅行先ができたこと」を挙げたという点だ。
確かに、黒海沿岸の温暖な気候で、古くから保養地として知られるクリミアは、旅行先としてたいへん魅力的な選択肢であることは間違いないだろう。

しかし、クリミア併合とは、それまで隣国の領土であった地域を自国の一部として奪い取るということだ。そのような国家の決定の重大さをよくよく考えてみるとき、

(A)    併合の決定の正当性を86%という圧倒的多数が支持している。
(B)    併合の肯定的な結果として、最も多くの者が挙げたことが「新しい旅行先ができたこと」である。

この(A)と(B)の事実は、いかにも不釣り合いではないだろうか?
そのような率直な疑問が違和感の理由である。

そこで、VCIOM(政府系機関)のサイトで実際の回答状況を確認してみた。

https://wciom.ru/analytical-reviews/analiticheskii-obzor/krym-9-let-doma

同サイトによれば、「クリミア併合に伴う肯定的な結果」についての設問は、自由回答方式で複数回答可(最大3つまで)となっている。
上の記事で「新しい旅行先ができたこと」とされている回答は、具体的には、「休暇中の旅行」、「休暇を過ごすことができる」、「保養地」等の回答をまとめたものであるようだ。

複数回答可の設問であるから、「領土の回復」等のまったく別の内容と組み合わせて回答した者も多かったかもしれない。
そうであるとしても、あらかじめ提示された項目から選択したのではなく、自ら自由に回答したことを考えると、回答者の4人に1人が「旅行」関係を肯定的な結果として挙げていることは、やはり注目すべきことだと思う。

ちなみに、「併合の決定の正当性」を問う設問は、選択方式の設問で、正当性を支持した86%の内訳は、「無条件に正しい」が67%、「どちらかと言えば正しい」が19%である。

上で述べた違和感、どこかちぐはぐなアンケート結果について、どのように解釈したらよいだろうか?

この先は、一般的なロシア人の回答行動に関するあくまで勝手な想像である。

彼らは、クリミア併合の正当性を問う最初の設問に対して、「正しい」と答えるのが無難だろうという「自己検閲」意識がはたらいて、あくまで「建て前」を答えた。
それに続く「正しいと考える理由」についての設問(こちらは自由回答方式)に対しても、「古来ロシアの領土だから」などの優等生的な回答で「建て前」をとおした。

しかし、少し後の6番目の設問で「肯定的な結果」を問われるに至って、それまでの優等生的な回答に安心してやや気がゆるみ、ついつい「休暇を過ごすのによい場所」という「本音」が出てしまった。
つまり、図らずもロシア人の生活意識の中の二重基準が露呈してしまった。

そう考えると「なるほど」と納得できるように思うのだが、いかがだろうか?

ロシアにとってのクリミア併合の国家的重要性、その軍事的、地政学的あるいは経済的な意義については専門家のご教示を仰ぐとして、多くの普通のロシア人にとってのクリミアとは、結局のところ、せいぜい「魅力的なリゾート」にすぎないのだ。

と、そこまで言ったら言い過ぎかもしれないが、そんな疑念を抱かせかねないアンケート結果を目にして、ウクライナ人はどんなふうに感じるだろうか?

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