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ロシアの少子化対策

ロシアの新聞のサイトからちょっとした記事を紹介するシリーズです。
今回は『独立新聞』から、はじめて目下の戦争と直接には関係しない記事をとりあげる。
テーマは「少子化対策」である。

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人口維持を政府の主要課題とすべき
―7年続く人口減少傾向を止めることが急務―

人口の自然減、すなわち死亡数が出生数を上回る状況が、ロシアでは7年連続している。この傾向が定着したのは、特別軍事作戦以前、というよりむしろパンデミック発生以前であるが、パンデミック以来、真に破滅的な事態となった。
もっとも、まさにこの「破滅的」という定義に関して言えば、タチヤナ・ゴリコワ副首相は、この言葉を、未だ比較的平穏な時期にすでに用いていた。「私たちの国の人口は、破滅的に減少しています。」 ゴリコワは2019年にそのように表明したのだが、同年を通した人口の自然減は、連邦統計によれば約32万人であった。

2020年にはこの数値が倍増した。さらに2021年には100万人を超えた。2022年は、連邦統計庁が伝えるところでは、自然減は1年を通して約60万人に及んだ。過去7年のデータを集計すると、自然減は300万人を超える。

問題は慢性的なものだ。この好ましくない傾向は、[パンデミックや特別軍事作戦などの]一連の衝撃的な諸事件が起こる前に克服することに失敗した結果、現在、根本的に新しい、ますます複雑な条件の下での解決を迫られている[[ ]内は訳者の補足。以下同じ]。さらに、あらゆる徴候から判断するなら、これまで効果的に機能してきたと専門家たちが評価する制度についても、いくつかの人為的なミスを修正する必要が生じている。

例えば、人口統計学者たちは、母親手当制度に基づく支援金のうちのかなりの額を第二子から第一子へと移行した最近の決定を批判してきた(『独立新聞』2022年12月2日付記事 参照)。この施策は一見すると重要である。というのも、これによって各家庭の第一子から支援の対象となったためだ。だが、[この制度改正には]微妙な部分がある。つまり、対象家庭における第二子の出産に対する支援が、このような表現が可能であるとすれば、あたかも「残余の原則」によって行われるようになったという点である。どうやら予算の制約が影響しているようだ。

より詳細に述べれば、2月の半ばにアントン・コチャコフ労働相が大統領に報告したように、現在、母親手当の額は第一子に対して約58万7千ルーブル[日本円で約109万円]であり、一方、第二子に対しては(第一子の誕生が2020年より前の場合[つまり制度改正前で第一子が支給対象とならなかった場合])約77万5千ルーブル[同約144万円]である。もし、対象家庭がすでに第一子に対する母親手当を受給済みであれば、第二子に対して受け取る手当は18万8千ルーブルとなる。

物価指数に連動して母親手当の額も調整されるのだが、すでにその相当額を第一子に対して受け取っている場合には、第二子に対する追加手当の額は、各家庭において第二子以降の出産を妨げているハードルを下げるための助けにはほとんどならないほど少ない、というのが専門家の評価である。

人口の自然減は、労働市場にも、消費財セクターにも、産業競争力にも、そして国家の防衛力に対しても影響を及ぼすシステマチックな問題である。合理的に判断するなら、この問題にこそ国家の社会・経済政策の焦点を当てるべきであった。とりわけ今がその時期である。

政府は、2月までに、大統領に対して出生率向上に関する追加的な政策案を、仮に草案レベルであっても提出すること、とされていた。ゴリコワ副首相の事前のアナウンスによれば、担当職員たちは「子どもを産みたいと思う女性像」を描き出すことを計画していたとされる。しかし、いまのところ、公開された情報の範囲内では、目に見える、突破口となりうるような新機軸については何も明らかにされていない。もうひとつ注目すべきこととして、2月21日の連邦議会における大統領年次教書演説では、人口減少問題に関する直接の言及はひと言も聞かれなかった。

母親手当については、新たな[占領]地域、すなわちドネツク及びルガンスク人民共和国、ザポリージャ州、ヘルソン州も適用対象であるとされた。大統領は、それらの地域でも、母親手当を、同制度がロシア全土で発効した時期に合わせて2007年以降に生まれた子どもを持つ家庭を対象に支給することを提案している。さらに、子どもがいる家庭を対象とした税控除の拡充の必要性が唱えられる一方で、ロシアにおける子育て予算(家庭を支援するための予算支出の規模)が過去数年で何倍にも増え、国家財政の主要な支出項目の中で最も急成長の費目となったこともすでに指摘されている。

ただ、子どもがいる家庭に対する財政支援の重要性は否定しないが、必要に応じて支出される支援金や税負担等の軽減といった措置は、本来、出生率を向上させるためというよりも、むしろすでに産んだ者が貧困と闘うための施策なのではないか、ということはひと言述べておくべきだろう。

『独立新聞』2023.2.21(全文訳)

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訳してみて、いまひとつ焦点が定まらない記事であると感じた。最も訴えたいことが何なのかが響いてこない。(訳し方が悪いせいだけなのかもしれない。)

とは言え、この記事からしっかりと読みとれることも多く、列挙すれば以下のようになる。

・ロシアにおいても少子化の加速が国家の存立を脅かす深刻な社会問題となっている。
・少子化対策として母親手当という独自の支援制度が存在するが、制度上の課題が指摘されている。
・連邦政府は、ドンバス等の新たな占領地域に対しても母親手当の支給を決定している。
・連邦政府は、出生率向上のための追加支援策を検討しているが、具体的な内容は公表されていない。

母親手当(「母親資本」と訳される場合もある)とは、2007年から実施されている支援策で、第二子以降を出産(または養子縁組)した婦人等に対して一時金を支給するものである。
その額は、年によって変動があるが、ロシアの業種別平均年収の0.5倍から2倍に達する大金であるとされる(杉田健「ロシアの少子化対策「母親資本」制度とその効果」2016年12月、公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構年金調査研究レポート)。
今回とりあげた新聞記事から、2020年の制度改正によって、支援金のうちの相当額の支給対象が第一子に移されたことがうかがえる。

ちょうどこの記事の試訳にとりかかっていた最中に、1万人以上のウクライナの子どもたちがロシアの占領地域から連れ去られたというニュースをテレビで見た。子どもたちをロシア人として「再教育」することが目的であるとみられている。
もし真実であれば、それもまた(信じ難いことではあるが)ロシアにとっての少子化対策の一環なのかもしれない、と漠然と感じてしまった。
一方で、ロシア本国では、昨年9月の部分動員令の発動後に、徴兵を逃れようとして数十万人が国外に出国したとも報じられている。

いうまでもないことだが、現在のロシアがとりうる最も確実な少子化対策は、一日も早く戦争を終わらせて、経済・社会を正常化させることである。
そんなことは、誰が考えても即座に分かりそうなことだが、プーチン政権にとってみれば「それとこれとは話が別」ということなのだろう。

ちなみに、世界銀行のデータに基づく合計特殊出生率の国別ランキング(2020年)によれば、ロシアは1.51で206か国中163位、日本は1.34で189位となっている。





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