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港より愛をこめて

4年ぶりになるーー。


実は屋久島には一度来たことがある。大学の友人が「一人旅で縄文杉を見に行ってきたことが最高だった」と語っていたのを覚えている。だから、4年前の社会人一年目の時、年末年始を屋久島で過ごした。東京から「青春18切符」を使って、鹿児島県まで電車を乗り継いだ。そして復路も電車で帰ってくるというそこそこ無謀なチャレンジだったが、これも忘れることができない旅になった(この話もいつかできたら・・・)。

今回も前回と同じくフェリーは、金額的に一番安い「フェリー屋久島2」を利用することにした。

ぼくの荷物は、45リットルの緑のバックパックに15リットルの赤いバックパック2つだけだ。緑を背中に、赤を正面で担いでいる。その格好で、ゲストハウスを出発し、歩いて鹿児島側のフェリー乗り場へと向かった。往復のチケットを購入した後、フェリーに乗り込んだ。

元々、乗り物酔いを持っており、特に船は酔いやすい(と思っている)。そのため船が動き始めると、いつも寝るようにしている。出航まではデッキに出て、外の空気を吸った。

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急に、目の前をカラフルな紙テープが視界を覆った。

「何事だ!?」

と思い、下を見てみると、

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中学生らが色とりどりの紙テープを引っ張りながら、叫んでいる。「先生ー! ありがとー!」「またねー!」と。


そうか、いまは3月の終わりだ。

おそらく学校の先生方で離任報告があり、今日は新たな学校への出発の日なのだ。鹿児島市内の中学校から屋久島の中学校への異動だろうかーー。ぼくのいるデッキからは、その上にいる先生の姿は見えなかったが、先生も大声を出して、生徒たちに呼応しているのだろう。
保護者の方々も見に来ており、先生への感謝を伝えている。

とても温かい、そう思った。

【送別】鹿児島から屋久島流の送別なのだろうか。中学校の先生がカラフル紙テープで見送られてた。見ているのがためらわれたが、どうしても最後まで見ていたいと思ってしまった。こうした送別ができるのも「船」ならではだろう。別れる時は船の方がいいのかもしれない。


「船」ならではなのかもしれない。

そして、フェリーが汽笛を上げて、陸を離れていく。紙テープが段々と伸びていき、離れていく。海にもレインボーが落ちていった。

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さて、フェリー内は「Wi-Fiなし」「携帯は圏外」「本を読むと酔ってしまう」とくれば、寝るぐらいしか選択肢が残されていないのであります(もっとやることがいっぱいある気がしますが・・・笑)。

大体4時間くらいの航海なのですが、そんなに眠くない時はどうしたら良いのか?

ぼくの場合は、デッキに出て外の空気を吸ったり風を感じたりします(実際は風が強くて、それどころではないのですが・・・)。


こうして見ると、フェリーに乗っている間にもさまざまな仕事があるのだなと。

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皆、考えることは同じです。

船に乗ったら、デッキに出る!

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そろそろ、到着です。久しぶりの屋久島です!

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上陸すると、友人たちが迎えに来てくれていました(今回は友人が屋久島で民宿を経営しているのもあって訪れました)。

そして、乗ってきたフェリーに昼便で「屋久島→鹿児島」行きの人たちを、何の気なしに見ていると、

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「、ざわっ、、ざわざわ、、、ざわざわっ」

漫画の『カイジ』に出てくるような「ざわっ・・・」が聞こえたかと思うと、瞬く間に港が人であふれ出した。

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な、なんとっ!

屋久島側もちょうど離任の先生方の出発式だったようで、いくつもの学校の生徒や保護者の方々が駆けつけていました。こちらは紙テープに加えて、学校の名前が入っているのぼりやスピーチ用のポータブルマイクが用意されており、港のあちらこちらで離任の先生と代表者のスピーチがなされていました。


ものすごい熱気と活気、そして地面の揺れを感じました。感動もあるのですが、ぼくの場合、それよりもこの出発式にかける多くの人たちの“力”に圧倒されてしまいました。傍観している自分が仲間外れになっているかのような気さえしました。


・・・とは言いつつ、港をあちこち駆けて写真を撮っていたのは私です(笑)。

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すごすぎっ!!

この感想しかありません。圧巻でした。


これも「船」だからこそできる別れ方なのだろうなあ。

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