保健室の主

「先生、憂鬱で人は死にますか?」

とある生徒が保健医にかけた言葉だ。保健医はボールペンを2回ほどカチカチと鳴らした後に「何か悩みごと?」と優しく聞き直した。生徒は「やっぱりいいです」と席を立つ。先生は扉に手をかけた生徒に慌ててこう言った。

「明日なら君の欲しい答えがもらえるかも」

翌日、生徒は昨日と全く同じ時間に保健室を訪れた。そこにいたのは黒い保険医だった。生徒は知っている。彼女は保健室の主と呼ばれており、たまにこの保健室に姿を現れるのだ。

「先生、憂鬱で人は死にますか?」

生徒は問いかける。すると保健室の主は「ははは」と笑った。

「可愛くない質問をする生徒もいるもんだ。彼女も返答に困るわけだよ」「そういうのはいいので質問に答えてください」

生徒の声色に棘が見られ始めたが、保健室の主は冷蔵庫から強炭酸水が入ったペットボトルを取り出してコップに注いだ。小さな泡が音を立てる。

「憂鬱は直接的に人を殺すことはしない。だが、死ぬための舞台を用意し、整え、追いやり、結果的に死んでしまったということは多々ある」

コップの中にあった炭酸水を飲み干し、保健室の主は続ける。

「憂鬱という言葉で済むものならば、日が経てば徐々に回復するだろう。しかし、それを阻害するものがあれば回復スピードは下がる。だが面白いことに、ちょっとしか回復していないのに完全回復したと周りが誤解するケースが多いんだ。この勘違いが後に恐ろしい事態を招くなんて思いもしないんだろうね、ゾッとするよ」

空になったコップをの底を見つめながら、保健室の主は答えた。

「君がどんな答えを求めているか先生は知らないが、大人として一つだけ助言をしてあげよう。病み上がりの人間はプレパラート並みに脆いぞ。憂鬱でシャットアウトされていた感覚が取り除かれ、過敏になっているから思いっきり精神にくる。君も気をつけたまえ」

生徒はその答えに「はい」も「いいえ」も言わなかった。生徒はあの日以来、保健室を訪れることはなかった。

ただ、二枚爪を爪切りで摘んで剥がす度に、じんじんとした痛みと共に保健室の主の言葉を爪先に広がっていく血を眺めながら思い出していた。


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