人間の石

僕の家には昔から居候が多かった。十年近く共にいた人もいたし、二週間で消えた人もいた。
彼は四十代過ぎのおじさんで、気分屋な性格に似合ったショートパーマの髪型をしていた。片目にはお洒落なモノクルをしており、猛暑でもジャケットを脱がなかったので「ジャケットおじさん」と呼んでいた。

彼はよく石の断面を見ていた。「そんな石なんか毎日見て何が楽しいの?」と呆れながら尋ねると、「『そんな石』なんて心外だな。これは『人間の石』なんだぞ?」と茶化された。
彼曰く、これは人間を砕いて手に入れた石らしく、おじさんは石の断面でその人がどういう人なのか分かるというのだ。
僕はおじさんにからかわれたと思い、ムッとした。人間は石で出来ていないことぐらい小学生でも分かっている。

「おやおや、駄目だよ。そんなことですぐに人を疑っては。石の価値が下がっちゃうよ?」

おじさんは大型犬の犬のようにハッハッと笑う。

そんなおじさんの態度に腹を立てた僕は、翌日彼が大事にしていた石を庭に埋めて隠した。
おじさんは八の字眉で探し回っていたが、夕御飯の時間になってもなかなか席につかなかったので、僕の母がおじさんを諭しに行っていた。
僕はとんでもないことをしてしまったのではないかと胸が痛んだ。

次の日になると、彼はいつもと変わらないヘラヘラと笑うジェケットおじさんに戻っていた。元気のない僕を見たおじさんが「ちょいちょい」と手招きをした。おじさんが僕に話す。

「おじさんはな、昔からちょっと変わっていてな。人の中身が読み取ることが出来たんだ。人の中身というのは砕いて割った時に見ることが出来る。おじさんは昔から人の中身に興味があってね、砕いた破片をこうやってコレクションしていたんだ。で、昨日無くなった石は私の一番のお気に入りだったんだ」

おじさんは笑った。

「あの石、透明だっただろ?まるで硝子のようだったろう? あの石の持ち主はとても魅力的な人だった。人を自然と褒めることが出来て、誰もが好意を寄せたくなるような人だった。しかし、その人が垣間見せる影がさらに好奇心を擽り、癖になり、独占欲を掻き立てる。無意識のうちに『貴方は私のもの』と錯覚させるような恐ろしい人だったよ」

おじさんが僕の肩を掴む。

「聞きなさい。もしあの石のような人と会ったら」

おじさんの手の血管が浮き上がる。

「その人以外と交流することを絶やすな。守れなければその先にあるのは破滅の道だけだ」

肩の骨が痛む。これは大人が子供に使ってはいけない力だ。僕はこの時おじさんを怖いと思った。

ジェケットおじさんはその次の日、僕の家からいなくなった。母に何処に行ったか尋ねると「実家に帰った」と言っていた。おじさんが本当に実家に行ったかどうかは今でも分からない。

ただ、庭に咲く福寿草を見ると、何故か不安な気持ちでいっぱいになるのだ。



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