日記#54 ペインと緩和ケア。メンタルケア二段構えの日

2023/12/21

今日は木曜日で、昨日は水曜日。辛い我慢の数日を経てやっと訪れた病院の日。

 前の日記で誰にも本心を打ち明けられたことがなく、次の受診ではそれを目標にしようと書いた。その目標を意識すると、正直気が重かった。私にとってはそれは結構大変な努力目標だからだ。だけどもう辛すぎて、要するにケツに火がついている状況な訳で、もはや絶え難くて助けてほしくて堪らなかったので頑張る事にした。

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 午前の診察だったから早めに家を出て、まずはペインクリニックでの診察を受けた。ラウンジで待機してたら診察室前に呼び出された直後に診察室にお入りくださいってベルが鳴ってしまった(前にも説明したけど、この病院では診察や会計の順番が来たらベルでお知らせされる受信機を受付時に配布される)。ペインではありがちな事。キリスト先生は前に2人くらい患者さんがいる辺りで診察室前に呼び出してくれる。適切。M先生もそんな感じ。T先生ちょっとせっかち。今度その事ちょっと言ってみようかな。

 それはともかくT先生の診察開始。調子とか尋ねられる。睡眠導入剤を処方いただいてるので眠りの状況についてこれまで通り途中で目覚めはするけど睡眠時間はまあまあ取れている事をお伝えした。それから気持ちの状態を尋ねられた。痛みがあると不安になるけど、今は薬で痛みに対処できているからそこは大丈夫とお伝えした。でも抗がん剤治療の体の辛さに伴い気持ちも辛くなるって事をお話しして、それだけじゃなく家庭環境がしんどいって事にちょっと言及したら、なんか涙が出てきてしまった。

 T先生にも家族がしんどいって事は以前少しだけお伝えしている。Gさんほどには話してない。薬のことしか話してはいけないと思っていたから。でも話聞くって言ってもらったからって急に滑らかに話せるようになるわけじゃない。そしたらT先生は、私の良いように使ってくれていいし、家族の代わりとかには中々なれないけど、それでも力になるし、サポート体制は揃っているから、という事を仰ってくださった。緩和ケアのうみのいきものっぽい先生もお話しよく聞いてくれる先生だと仰った。

 何か困ってる事はないかと尋ねられたので、退院時にもらった薬で足りなくなっているものの処方をお願いした。ついでにロキソニンも残り少なかったからお願いした。T先生は抗がん剤のことも詳しくなくて、精神科の先生だから痛み止めの処方もあまりした事がなくて少し手間取っておられたけど、最終的には無事処方していただいた。今年のT先生の診察は終わりだから来年もよろしくお願いしますと挨拶をしてT先生の診察は終了した。

 以前はT先生のことをよく知らなかったし、薬のことしか話してはいけないことが負担になっていてT先生の診察を受けること自体どうしようかと思ったりしたけれど、今回の診察で力になっていただけるということを改めて言葉にしていただけてとても嬉しかったし力付けられた。T先生もまた、信頼できる助けてくれるお医者さんなのだと思う。まだ話せるようになって間もないからこれからだけど、T先生とも良い関係を築いていきたいと思った。

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 T先生の診察のすぐ後が緩和ケアのカウンセリングだった。定刻より10分ほど過ぎていたけど、いつも通り50分の面談をしていただける事になった。

 Gさんから前回の終わりに妹の姑の人とのことがどうなったか教えてくださいねと言われていたので、それが全然駄目だったということをお話しした。最初のLINEを無視されて、その後一度電話で話したけど、それから金曜日にまたLINEでホテルを引き払って帰宅するけど家に帰ったら傷付けられるので怖いってことと妹も親には傷付けられてきたと思うってことを伝えたけれどそのどちらも無視されて当たり障りのない挨拶で済まされて、すごく嫌だったから自分がその人の態度で傷ついた事や上辺の付き合いだけしたいなら私に構わないで欲しかった事とか、私がとても怒っている事とか色々、その人の言葉や態度に対して自分が思った事を全部書いて送ったけれど金曜日から今に至るまで何の返信もない事をお話ししたら、そういう、人の心に無頓着な人は一定数いるんでしょうね。と仰った。

 姑の人が家に来た時、自分の足の病気の事について初対面なのにめっちゃ話してきて、妹にも見せてないと言いながら足の骨のレントゲン写真なんかも見せてきたので、そういう普通は話しづらい深い話をできる人なのではと思って自分の事も話したけどまともに聞いてもらえなかったと話したら、自分が話したいというだけで、その人にとってはそれも深い話でも何でもなくとにかく無頓着な人なんでしょうね。と仰った。私が人の気持ちにノーマークな人なんだと思う、と申し上げたらGさんも同意していた。

 それからタクシー乗り場で会ったお爺さんの話をした。そのお爺さんに、袖擦り合う的な知らない人なのに気持ちが救われたって話を。そしたらGさんは、確かにそういうのもありますよね、と深く納得してくれた。

 話は姑の人のことに戻り、足の話のような話しづらい事を人から話された場合、私なら敢えてそういう事を話したという事はある程度こちらを信用してくれたという事だと思うから、よくぞ話してくれたと思うしその事実を大事に考える、と申し上げたら普通はそうだとGさんも仰った。姑の人にはそういう感覚というか、想像力とかないのだろうか。よく分からんけどほんと事故った感じ。信頼できる、気持ちを話せる人が病院以外にも欲しかったからその人と関わってみたけど完全に失敗だった。そしたらGさんは無理して自分から人に関わっていかなくても良いし、向こうから来る事もある。今はそういう人がいたらいいなと思いながら、無理しないで過ごしたら良いと思う、と仰った。

 土曜日にソーシャルワーカーのOさんに電話相談した時辛くてどうしたら良いか分からなくて相談したって言ったら、Oさんからそれでこの病院なら助けてもらえると思ったわけですか?と聞かれて否定したけど、それは私が病院やそこの人を理想化して過度な期待をしていると思われたら嫌だし、はいと答えて助けるのを拒否されたらもうほんとうに辛くなるから嘘でいいえと答えた事を打ち明けた。そしたらGさんは、何でも話すのが良いかといえば必ずしもそんな事はないし、私にとって大切な事だからこそ簡単には話せないだろうし、そしてそれは当然な気持ちだと仰ってくださった。そして、だからこそ信頼できる人が大切で、そういう人を失うのが怖くなるんですね、と理解してくれた。更に、でも少なくとも自分はいつでもここで待っていますからね、と仰ってくださった。私は泣きながらGさんに、妹や姑の人みたいな信じられない人はいつも、何一つとして明言してくれない、何もかも有耶無耶にする。口にされない事なんてないも同然なのに。だからGさんにそういう風に言っていただける事はとても嬉しくてありがたい、と申し上げた。

 次の面談の約束をして、今回の面談は終了した。あまりに泣き過ぎてたからティッシュ差し出してもらったけど袖で拭いてしまったのでティッシュの出る幕がなかった。Gさんという心理士さんに、緩和ケアというものを通して出会うことができてほんとうに良かったと思った。


 来週が次の面談日。そして同じ日にはキリスト先生の診察がある。ようやくだ。退院からほぼ1ヶ月。去年手術前の診察から手術翌日先生に会うまでも1ヶ月くらいあったけれど、こんなにも待ち遠しいとは感じていなかった。私の先生に対する信頼の質や強度が明らかに変わっているのだろうと思う。とにかく次の水曜日が今年先生とGさんに会う最後、そして今年最後の通院になるのだと思う。感慨を噛み締めて、良い診察と面談になるよう努力しようと思う。

 この日記は取り敢えずここで終わり。今日の点滴のこととか全然書いてないけど、それまで書いたら長くなり過ぎるし何より書き疲れたからまた今度ね。読んでくれたあなた、どうもありがとう。お役に立つかは微妙だけれど、良かったら次の日記もまた読みにきてみてください。

それではまた、別の日記で。

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