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短編小説「夢のゴーグル」「公共孤独死相談所ハローデッド」他

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短編小説の置き場です。 「夢のゴーグル」ある新製品VRゴーグル開発者へのインタビュー 「公共孤独死相談所ハローデッド」孤独死に関する政府機関ができた社会の話 「たいせつなも… もっと読む
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記事一覧

小説「夢をかなえるアプリ」

 コンビニバイトの佐倉輝綱は、同じコンビニで働く女子大生の名津原結衣が気になっていた。だが輝綱は、大学を出て就職した先がパワハラモラハラセクハラ山盛りのブラック企業で、逃げるように辞めてしまっていたところだ。現在はコンビニバイトで食いつなぎながら就職先を探す日々である。そのことが彼に自信を失わせ、結衣に声をかけることができないでいた。バイトをはじめて数ヶ月になるが、挨拶と仕事以外の会話をしたことがなかった。  ある夜、いつものように求人情報をスマホでチェックしていると、珍し

小説「夢のゴーグル」

ヴァーチャルリアリティ技術を使ったゴーグル(VRゴーグル)の新製品「ドリミアン」が発売された。昨今では珍しくもないジャンルの製品だが、法人が従業員に使用させるために一括購入するケースが多く、隠れたヒットとなっている。 ドリミアンを製作した会社の社長で開発主任でもある男が、ヒットの秘密をテーマとした取材を受けることになった。 インタビューを受ける社長室に、経済誌系メディアから来た取材担当の女記者が入ってくる。二人の間にある机の上には、実物のドリミアンが置いてある。 ドリミ

小説「公共孤独死相談所ハローデッド」

 公共孤独死相談所。深刻な高齢化により増加する孤独死に関するトラブルを防ぐための行政機関だ。  アパートでひとり暮らしをする小藤久志は、今年、アパートの更新に必要となる『孤独死相談票』を作成するためにここに来た。小藤は、普通の会社ならとっくに定年になってる年齢だ。  相談所に入る。はじめて来た小藤は入口で簡単な受付を済ませると、相談窓口カウンターに座った。しばらくすると柔和な顔をした中年女性が出てきた。 「今日担当します奈良宮といいます。よろしくお願いします。孤独死相談票の

小説「たいせつなもの」

 世界中のどの陸地からも極めて遠く離れ、見つかることもほとんどない島があった。  その島に住む者は藁や葉っぱで作った家や洞穴などに住み、野菜を作ったり、獣や魚を捕まえたり、草木や果実を集めて生活の糧としていた。そしてほぼ毎日のように、島のほぼ中央にある最も高い丘にある“イチバ”と呼ばれる広場に集まり、それぞれ欲しい食料を交換しあっていた。何の食料を持ってくることができない者でも、石や器の加工が上手い者はその手間の代わりに食料を得るものもいたし、絵を描いたり、歌や踊りで人々を楽

小説「われとロボット」

 失業した信田仁はずっと新しい仕事を探していたが、ずば抜けて特別な技能が無かったこと、心身の病を発症したこと、中高年とも言えるような年齢がネックとなり、再就職ができないまま日々だけが流れていた。  その日も、ハローワークの帰りに夕方の街頭を歩いていると、携帯ショップの店先に置いてある接客ロボットと目が合った。脚が無く自律移動できない接客ロボットがなぜ自分を見ていたかはわからないが、あるいはそれが知りたかったのか、信田はフラリと携帯ショップに入った。その接客ロボット「ボビー」

小説「やる気のない忠臣蔵」

 関ヶ原の戦いから百年ほど経った江戸時代中期、播磨国赤穂藩(現在の兵庫県)を治める浅野家の筆頭家老(一番偉い家臣)に大石内蔵助(おおいし・くらのすけ)という男がいた。親の跡をついでの筆頭家老。実際の政務はベテラン老中である大野知房が全てこなしてくれていた。この時代は仕事も役職も世襲。もとより、関ヶ原の戦いから百年経ち徳川家の支配が確立した太平の世においては手柄を得る機会もなく、大石内蔵助も何事もなく一生を終えるつもりだったろうし、そうなるはずであった。 だが、元禄十四年(1

小説「気がつけば秀吉」

 授業に出たくなかったので、目黒日吉は学校の屋上に来た。昼休みには生徒でにぎわう屋上も、授業中だからもちろん他に誰もいない。日吉はそこで腐りかけていた手すりにもたれかかって、雲に覆われて薄暗い空をぼんやりと眺めていた。手すりのサビを無意味に撫でたり、ゆするとガタガタするので何度もおもちゃみたいに揺らしていた。屋上は風が吹いて少し冷たいのが心地よかった。日吉は精神的にもやもやすると、いつもひとりで屋上に来ていた。ひとりになりたかったのだ。  その屋上へもうひとり生徒がやってきた

小説「本人確認」

 その日の仕事を終えた宇木草鞍史は、いつものように定宿であるネットカフェに入店した。宇木草にとっては帰宅、と言ったほうがしっくりくるが。  すでに日は暮れていたが、店の中は昼でも夜でも同じ時間が流れている。ドリンクバーでコーラを用意し、お湯を入れたカップラーメンとともに窮屈なネットカフェのプライベートスペースに入る。シートに座るとテレビをつけ、ぼんやりと見ながらラーメンができるのを待つ。ラーメンが出来上がると、それをすすりながらパソコンで今後の仕事を探す。仕事が確定すれば、ま