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小説「夢をかなえるアプリ」

 コンビニバイトの佐倉輝綱は、同じコンビニで働く女子大生の名津原結衣が気になっていた。だが輝綱は、大学を出て就職した先がパワハラモラハラセクハラ山盛りのブラック企業で、逃げるように辞めてしまっていたところだ。現在はコンビニバイトで食いつなぎながら就職先を探す日々である。そのことが彼に自信を失わせ、結衣に声をかけることができないでいた。バイトをはじめて数ヶ月になるが、挨拶と仕事以外の会話をしたことがなかった。


 ある夜、いつものように求人情報をスマホでチェックしていると、珍しく電話がかかってきた。音声の電話など実家の家族以外とはまずしない。相手は大学時代の知人であった。
「佐倉か?久しぶり。小鳥羽だよ。覚えてるだろ」
 小鳥羽巧は学生時代にスマホアプリ事業で「エーマン」という会社を起業したと噂になってたのを思い出した。
「あ、ああ。覚えてる覚えてる。どうしたんだよ急に電話なんて」
「頼みがあってな。直接話してお願いしたいと思って電話したんだ。俺がスマホアプリの会社やってるのは知ってるっけ。エーマンって言うんだけど」
 頭の回転が早そうな話し方をする小鳥羽が、輝綱はやや苦手であった。
「知ってるよ。すげえなって思ってた」
「それでな、今開発しているアプリのベータユーザー、先行ユーザーを募集しててさ。それを頼めないかなって思って」
「ん〜。内容によるけど」
「それがな、笑うなよ・・・夢をかなえるアプリ、なんだ。その名も『どりいむ』」
「夢をかなえる・・・。アプリでか?」
「そんな大きな夢じゃないよ。石油王とか、プロ野球選手とか、そういうのでなくて。日常の中のちょっとした夢をかなえる力になるアプリってのを作ったんだ。早いもの勝ちみたいなところあるから、先行ユーザー頼むなら知り合いのほうがいいかなって、今社員総出でアプリ入れてくれる人探してるんだよ。正規のアプリストアからはインストールできないから、その説明もしなきゃいけないし、直接説明しないと詐欺アプリとかと間違われそうだから」
「日常の中の夢、かあ・・・。例えば、人間関係を改善させるなんてこともできるのかな」
「あ、それ一番得意な部分だよ。その相手も『どりいむ』のユーザーだってのが条件だけど」
 輝綱は、結衣のことを考えていた。そのアプリで、仲良くなれるだろうか。
「わかった。そういうことならやってみるよ」
「おう助かる!これからDM(ダイレクトメッセージ)送るから、その通りにしてみてくれ。アカウント学生の頃と変わってないよな」


 電話が終わると、小鳥羽からDMが届いた。書いてあるとおりにスマホを操作すると、新しいアプリ「どりいむ」がインストールされた。
 アイコンをタップして起動させ、どのアプリでもやるような平凡な初期設定を終えるが、それ以上は何もおこらなかった。不思議に思ったが、まだ開発中のベータ版ならこういうものなのかなと思い、その日はそのまま寝た。


 数日後、輝綱はコンビニバイトに出勤した。今日は名津原結衣と同じシフトなので、今日こそ仕事以外の会話をしたいと軽くはりきっていた。
 おはようございます、と言いながらバックヤードに入ると結衣はすでに出勤して、ロッカーで支度をしていた。すると、スマホが震えた。どりいむアプリが反応して、近くにユーザーがーいることを教えてくれたのだ。
 そして結衣も同じようにスマホ画面を見て驚いた様子で、それをきっかけになんと結衣のほうから輝綱に話しかけてくれた。
「あ、佐倉さんも、どりいむ、使ってるんですかぁ〜」
 戸惑った様子を見せていると、「どりいむのユーザー同士は、お互いのステータスを数値で見えるんですよ」と説明してくれた。確かに画面には彼女の状態を示すらしい、心身の健康に係る数値が表示されていた。他にも、「ランク」や「レベル」といった数値も表示されていたが、それが何を示すかはわからなかった。
「どりいむ使ってるなら、『フレンド』になりましょうよ。今登録するとボーナスポイントがもらえるんですよ」
 何に使うのかわからないが、確かにポイントという項目はあった。


 フレンドになると、お互いに確認できるステータス項目が増えた。直接会わなくても、相手の健康状態や機嫌の良し悪し、ストレス度合い、今食べたいもの飲みたいもの、といった、人間が外部から絶対わからない状態を確認できるのだ。こういうことがわかればいわゆる空気の読めない言葉をかけたりすることを防げる。小鳥羽のやつ、すげえアプリを作ったものだ。
 このおかげで、短い時間でも結衣とスムーズに会話できるようになった。それは輝綱にとって、今までになく幸せなことだった。
 ちなみに、結衣がどりいむで実現させたい夢は、大学を無事卒業してホワイト企業に就職すること、らしい。


 数日後、ある就職面接の帰りに、輝綱のどりいむアプリが反応した。結衣からのテレビ電話だ。最近バイトで会ってないからどうしてるかなって電話をかけたというのだ。結衣の方から連絡をくれたというのが、輝綱には本当にうれしかった。
 それからはお互い会えない日でもテレビ電話をするようになったが、ある日いきなりテレビ電話ができなくなった。
 小鳥羽に連絡をしてみる。
「お前のアカウント調べたよ。ポイントゼロになってるじゃん。そりゃテレビ電話できないよ」
「テレビ電話するのにポイントが要るのか?」
「連絡取り合うのにはポイントがいるよ。連絡する側がな」
「相手からもかかってこないんだが」
「じゃあ向こうからかけてないだろ。あるいは向こうもポイントゼロか。普通は発信側の使ったポイントのいくらかは受信側に加算されるから、できなくなるってことはあんまないんだが。お前自分の方からばっかかけてたんじゃないのか」
 そう言われればそうだった気がする。
「ベータユーザーは開始時のボーナスポイントもあるし、フレンドが増えればポイントも増えるから、ポイントがゼロになるってことはまずないと思ったんだが」
「ゼロになったら、ポイントはどうやって増やせばいいんだ?」
「フレンドを増やすとポイントは手に入るよ。正規アプリになったし、アップデートで今は簡単にユーザーを招待できるようになってるから。お前も知り合いとかに声かけてユーザー増やしてくれよ」
 輝綱は、就活とバイトで忙しく、連絡を日常的にとっている知り合いがいなくなっていた。
「フレンド取り合い合戦みたいな所あるんだから早くしろよ。せっかくベータユーザーからはじめたんだから」
「てっとりばやくポイント増やすにはどうしたらいいんだ」
「課金だよ」
「課金」
「クレジットカード登録すればアプリ内ですぐポイント買えるし、クレカ持ってなきゃコンビニで売ってる電子マネーで買えるよ」


 クレジットカードでポイントを買った輝綱であったが、結衣との連絡はなかなかとれなかった。久々につながったと思ったら、軽く短く話して、ちょっと今たてこんでるから、と切られてしまった。
 何があったんだろう、そういえば俺も最近コンビニバイト出てないな、と思い、結衣のシフトを確認するために店に行ってみたら、彼女はバイトを辞めたと言われた。


 どうもなにか変だ。どうやったら夢がかなうっていうんだ。小鳥羽に連絡をしてみた。
「あー今こっちも忙しくなってきててさ、アプリ内にFAQ整備したから、そっから調べてみてよ。問い合わせもアプリからできるし」
 どうやら最初に意味がわからなかった「レベル」と「ランク」が関係してるらしい。
 レベルはどれだけどりいむを活発に使ってるかによって上がる。テレビ電話の頻度やフレンドの増え方とか、様々な要素が考慮される。
 ランクは、特定ユーザーとの交流度合いにより判定される。テレビ電話やもちろんのこと、実際に会ったり、一緒にどこかへでかけたり写真を撮ったり、そういうのも判断材料にされるらしい。またユーザーの課金金額や社会的地位も反映されるし、レベルの高いユーザーのほうがランクは上がりやすい。例えば輝綱の場合であれば、結衣と何番目に仲が良いか、というのがランク、ということになる。一番最初にフレンド登録した時は1位だったが、今は3ケタだ。なんてこった。ちなみに輝綱のレベルはアプリ開始時からほとんど上がってない。


 どうやったら結衣との交流ランクを上げられるのか。そもそも連絡が取れない。あらかじめどりいむ以外のSNSアカウントを交換していなかったことを後悔した。


 そんな時、久々に結衣からテキストメッセージで連絡が来た。今度アプリ内で「同報配信」ってのをやるから見てほしい、という内容だった。
 結衣とのランクが3ケタということは結衣のフレンドは100人以上いるわけだが、そのフレンド全員に同じ動画を配信または放送するらしい。フレンドが多く、なかなか連絡がとれない人も増えてきたので使ってみる、ということだった。配信中はこちらからコメント等でリアクションできる他、プレゼントを送ることもできるという。プレゼントはアプリ内で通販みたいにしてどりいむから買う形式で、後日アカウント明記の上で本人に送付されるという(住所等はお互いに隠されている)。
 ここで相手に喜んでもらえるようなプレゼントを送ることもレベル・ランク向上に役立つ、とFAQには書かれていた。大手通販企業と提携しているらしく、プレゼントはコスメ、ファッションから、食品、雑貨、日用品と多岐にわたった。
 レベルはともかく、ランクは相手のあること。配信中に誰が何を送ったかわかるようになってるので、アプリ内の動画配信を見ながら、より喜ばれそうなプレゼントを送ることがランク向上のコツ、ともFAQには書かれていた。動画配信中はさながらお互いを牽制しながらのプレゼント合戦のようになった。
 なるほど。これならバイトしなくても生活には困らないわけだ。


 結衣が大学のミスコンに参加することになった。輝綱は、勉強や就活は大丈夫なんだろうかと思った。そのミスコンは協賛がどりいむアプリを運営する小鳥羽の会社エーマンで、どりいむを利用して同報配信のアクセス数やコメント数を競ったり、ミスコン限定のプレゼントを送ったりすることで、ミスコン審査が有利になるシステムだった。
 結衣と連絡を取りたくて、レベルやランクを上げたくて、ミスコンにも協力したくて、クレジットカードの枠一杯まで使ってしまった輝綱は、キャッシングローンで金を借りるようになった。とにかく結衣と仲良くなりたい。以前みたいに話し合いたい。
 そうした輝綱の努力が功を奏したのか、あるいは輝綱の課金など全く微力で関係なかったのかは不明だが、結衣は見事グランプリに輝いた。
 だがそれ以降、結衣のフレンドはさらに増え、輝綱のランクはかえって落ちた。連絡は全く取れなくなった。

 どりいむ内で結衣のレベルは極めて高く、それは獲得ポイントの多さの他に、自分のフレンドにもレベルの高いユーザーが多いことを示していた。各種メディアにも大学ミスコンのグランプリとして紹介された。その中にはエーマンが協賛したり提供したりしてるメディアもあった。


 無事大学を卒業した名津原結衣は、在京テレビ局に就職しアナウンサーになった。それを「アプリで夢がかなった!」成功事例として大々的にアピールした『どりいむ』は一躍有名になり、その成功により小鳥羽の会社エーマンは東証一部上場した。それから数年後、小鳥羽は名津原結衣と結婚した。


 佐倉輝綱はまともな就職もできぬまま、クレジットカードとキャッシングローンの残高に苦しむ生活を続けていた。

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