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2度目のエストニア移住雑記〜ビジネスノマドビザを使って〜

毎度のことながら、文語が安定しない。真面目に丁寧語でいくか、小説っぽくいくか、随筆か、それとも口語か……今回はこんな感じで書いていこう。最近、正社員の方の仕事用のドキュメントばかりになってしまい、つい業務用の書きっぷりになってしまいそうだが、アレは脳に負荷がかかる。休みの日にコワーキングスペースに来ている時点でワーカホリックが抜けきれていなことは否めないが、少しでも脳を休めるため、気ままにかける文体で書き進めることにする。

2度目のエストニア生活も5ヶ月が経ち、冬が終わり、春が過ぎ、夏も晩夏といったところか、だいぶ時間が経った。「書こう書こう」と思い続けて数ヶ月、ようやくnoteの編集画面まで進むことができた。割と人生を賭けた移住なはずなのだが、賭けたものの割には大した進捗が得られていないことも、もしかしたら、筆が止まっていた原因の一つなのかもしれない。とはいえ、拙文を以て、一度それを精算しようと思う。

さて、今回のエストニア移住は2回目で、しかも割と新しいデジタルノマドビザを使った移住は、あまり例にないはずだ。私の人生の進捗は芳しくないが、この拙文を読んだ第三者の人生には、何かしらの形で寄与できるかもしれない。そんな祈りを込めて、ビザの取得の流れから振り返っていく。

出立まで(2023年1〜3月)

実際にエストニアに出国したのが2023年3月下旬であり、出国に思い至ったのは、新年初の営業日、つまり平日だった。思い至ってから3ヶ月弱で移住まで進めたのは、今から振り返っても尋常じゃない。家庭を持っていない孤独なアラサーおじさんだからできた業なのかもしれない。読者各位においては、私よりも綿密に計画を立てて移住を進めることを推奨したい。

私は日本滞在中には、地元である東京都町田市(※ 日本の首都として知られる)近郊のレンタルオフィスを借りて、そこで自分のエストニア企業の作業と、日本企業の定職の業務とを行なっていたのだが、そこが2023年4月末を以て閉鎖される旨の手紙を受け取った。新年早々のサプライズである。自宅では集中できない放浪癖を持った身としては、また新しく国内のレンタルオフィスなりコワーキングスペースを探し直すことは、大変面倒なことである。「いっそのことまたエストニア行くか。ついでにどうにか永住する術を得てこよう」と思い至った。

しかし、前回の滞在でワーキングホリデービザ(Dビザ)を使ってしまったため、今回はそれを使うことができなかった。「スタートアップビザでも申請するか」と考えながら、最新の情報を検索。調べるのは当然、在日エストニア大使館のWebサイトである。調べる中で、以下のソースにぶち当たった。

https://tokyo.mfa.ee/digital-nomad-visa/

「なるほど、デジタルノマドビザ…」。このビザは「国籍を有する国の企業で定職についていること」などが条件で取得できるビザであり、自分の今の状況を鑑みた際に、非常に都合が良かった。なんせ、スタートアップビザ取得のためには、MVPや動画を作ったり事業計画も作らないといけない。それらには時間がかかるうえ、Estonian Mafiaによる審査を要するために確実に移住できる保証もないからである。既に定職にはついている以上、一番しんどい「6ヶ月の間に€4,500(gross of tax)の収入があること」さえ書面で示せれば、あとはどうにでもなるデジタルノマドビザの方が楽だったのである。

ただし、この収入要件のハードルは非常に高かった。しかし、申請のタイミングが非常に良かった。ここで幸いしたのが「6ヶ月の間に」という一文である。6ヶ月というのが約183日間の収入ということであり、これは必ずしも「6ヶ月分の月収」であるとは限らない。申請日によっては、7ヶ月分の月収だったり、夏冬の賞与などを含めることも十分に可能なのだ。私の申請においても、申請日を計算・調整することで、どうにか収入要件を満たせることを確認できた。就業先のバックオフィス部門に相談しつつ、どうにか英文の収入証明書と雇用証明書を作成していただき、難しい書類を揃えることができたのであった。

これさえ用意できればあとは消化試合なのだが、エストニアのビザ申請のフローがまとまっている資料が欲しかった…そこで活躍したのが、手前味噌ながら、自分の過去のnoteであった。

我ながら「とても良いものを残した」と過去の自分を褒め称えたい。最新の資料とも照らし合わしつつも、軒並み書いてある通りに進めるだけで十分に事足りた。ただ、当時選んだ保険は、日本語対応しているというメリットがある一方で値段は高かった(※ しかも病気にならなかったから、人々の役に立っただけであった)ため、値段を抑えられるビザを選択した。

また、居住先も申請時点では確定していなかった点も前回との大きな違いである。暫定的な滞在先として、1週間ホテルだけを予約し、移住後の私の判断に委ねることとした。申請書類にも「一時滞在先を書くように」とあったので、このようなパターンも結構あるのだろうか…

兎にも角にも、滞在に必要な書類やフライトの準備、荷造りも終え、2023年3月末、私は再びエストニアに戻ってきた。

 懐かしの、そして再び慣れてしまった旧市街の中心部

移住開始(2023年4月〜6月)

移住を開始した私が最初にやったことは、SIMカードの確保、スマフォの設定、それに新居の選定である。いろいろ調べたり内覧をしつつ、旧市街からバスで20分ほどかかる田舎の2020年築の綺麗なアパートメントを選定した。TalTechと呼ばれる大学や、Microsoftのご近所だ。共用スペースがあり、ジム付きであることも気に入っている。なお、ホテル滞在期間にも普通に日本企業の仕事には従事していた。ワーカホリックの鑑である。

家具付き物件であるため、日用品は手持ちのものだけで十分事足りたが、通信回線が貧弱であったため、大家に確認の上で通信事業者と個人で契約を交わした。そこで必要になるのがエストニア住民のIDである。実は、IDがないと通信事業者のWebサイトにログインすることすらできないのだ。そして、通常、物理的なIDカードはResident Permitを持つ人にしか支給されない。ただし、そこはe-Residency CardとSmart IDを利用することでどうにかすることができる。逆にこれがない人はどうすればいいのか…大家に確認したところ、「通信事業者の店舗に直接行くか電話して」とのことであった。持ってて良かったe-Residency Card…

なお、移住開始の1ヶ月後に、私が法人設立の際に作成したe-Residency Cardの使用期限が切れてしまった。誕生日に、Tallinnの事務所で更新手続をしに行ったのもいい思い出である。余談だが、今年、口頭で私の誕生日を祝ってくれたのは、公布事務所の窓口のお姉様だけであった。

以降、生活自体は「日本の仕事が多忙」「正直2回目だからある程度慣れてる」「PCがある部屋は北欧だろうが夏は暑い」「サウナは良い」「ドラム式洗濯機は最高」という程度のことしか語るべくはない。普段使いのスーパーはPrismaからRimiに切り替えた。ただ、MaximaやCoopにもたまに行くが。

北欧の飯はまずいと言い続けたが、舌が慣れてきたのと、うまいものもあることを知った

前回できなかったことをやる(2023年7月〜8月)

これは一度目の移住で学んだのだが、「北欧移住するだけならそこまで難しくない」のである。日本の生活を足がかりに普段通りの生活をするだけなら余裕のよっちゃんだ。問題は「そこで何をするか」だ。「広い交友関係を築いたり、深く親しい間柄になる」「現地のお金を現地で稼ぐ」みたいな、現地の生活を起点に新しいことをやろうとすると、途端に難易度が上がるのが海外移住だと痛感している。

正直、現状、これに対する大きな進捗は上げられていない。ただ、「サウナに通うようになった」「海外のFBコミュニティに所属して、メッセージしたり、イベントに参加する」という小さな挑戦は繰り返しできているのではないか。

冒頭に述べたコワーキングスペース、LIFT99に加入したことも私にとっての小さな挑戦の一つだ。かねてより有料のSlack会員ではあったものの、実際に会員になったのは今回が初である。月に10日ほど、オフィスに来て集中して仕事をしている。自宅よりもとても集中できるのでとても助かっている。また、コミュニティイベントも定期的に開催されるため、それに参加してニンゲンと会話することにも努めている。

LIFT99。シャレオツな地区にあるシャレオツな建物だ

また、最近だと、前回はコロナ禍につきできなかった「ヨーロッパからヨーロッパへの海外旅行」にも挑戦した。お隣の国ラトビアへの小旅行の実績も解除した。

同じバルト三国のラトビア。エストニアよりも都会だった

ラトビアの首都であるリガはタリンをさらに発展させ、人々が若干明るくなった感じだ。タリンの建物が白系が多いのに対して、赤とか黒い建物が多く、勝手に「対比的だなぁ」と妄想できた点もポイントが高い。何よりも、旅中に「ロシア人の女性に声をかけられてホイホイついて行ってお酒を一緒に飲むと12万円くらい消える」ということと「ロシア人の女性はめっちゃお酒に強い人が多い」ということを学べたのが大きかった。もう二度とホイホイついていかないように心に刻み込んだ。

なお、鉄道旅の道中にはエストニアとラトビアの国境である1つの街ヴァルガ(ヴァルカ)に訪れることもできた。「国境を跨ぐ」という日本だと経験できないことを楽しめただけにテンションが上がってしまったが、国境を跨いで遊んでいるのが私しかいなかった…

駅から出発する鉄道。ファーストクラスは20€弱でヴァルガまで行ける

これから(2023年)

これからやることとしては、近日中にはタリンのナイトクラブにも行ってみるのと、来月にはイギリス・ドイツへの旅も予定している。働きながらこういうことができるのも、ヨーロッパ移住者の特権なのかもしれない。移住の間しかやれないようなことには積極的に挑戦していきたい所存だ。

また、今作っているMVPもこの滞在中、あわよくば今年中には仕上げたい。在日エストニア大使にも「次はスタートアップビザなりResident Permitでおいで」と面接時に言われたので。

総じて、ここまで書いてみると「何もできへんかった…」と冒頭に書いていたが、それなりに色々できている気がしてきた。振り返りは大事だなぁ。さて、質問箱の告知を…と思ったがTwitterがXになった影響か、質問箱にログインすらできなくなってしまった。noteのコメントを見ることは一生ないので、何かある方はこちらのXのアカウントに連絡をもらえれば、できる範囲のお力添えはしたいと思う。その日の気分次第なので、確約はしかねるのだが…

https://twitter.com/skmt3p

それでは、良い晩夏を。そしておいでよエストニア!

元ITコンサルタントのフリーランスエンジニアによる雑記を書いています。いただきましたサポートは北欧移住および某計画の資金とさせていただきます。何卒よろしくお願いします。