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今では誰も幸せにならない日本流原価計算の価格感覚

10月末は新型 コロ ナによる自粛が解かれた後の初のハロウィンですが、テレビで渋谷などの中継を見る限り人手は完全に戻ってきています。今月からは全国旅行支援や外国人の個人旅行も開始され、需要は大きく戻ってきています。一方、同時に話題になっているのが世界的なインフレを背景とした値上げです。中には「便乗値上げ」と揶揄されてしまうケースもあるようですが、この記事では日本の価格設定の事情について見ていきます。

コロ ナ明けの旅行支援クーポンにまつわる値上げの話

原材料や税金が上がったり、法律や制度が変わるタイミングで多くの商品の価格改定が行われることがあります。今月も全国旅行支援が再開されてクーポンを使って予約を取り直したけれど、値段が途端に上がってクーポンを使っても前よりも高い値段になってしまった、なんて話を耳にしました。

「せっかくクーポンで安く旅行に行こうと思ったのに高くなって残念」
「便乗値上げなのではないか」

といった話も聞きました。

値上げは消費者にとっては嬉しいことではありません。しかし、消費者の内多くは生産者・供給者側でもあり、逆の立場に立つと値段を上げられないと利益が出ない、給料を上げられない、という状態に陥り、これは自身の消費行動にも跳ね返ってきます。全国旅行支援というのはそもそも消費者側を支援して需要を増やすものでは必ずしもなく※1、供給者側が値上げができるようにして旅行業界関係者の懐を支援することが目的であると捉えることもできます。

※1 マーケティングキャンペーンでよくやってしまう過ちとして、消費者側の需要は既にあるのに値引きキャンペーンを打ってしまい結果的に投資したコストに見合う売上・利益が上がらなかったということがあります。旅行もコロ ナ明けで消費者は旅行に行きたいという需要が既に高いため、全国旅行支援クーポンを消費者支援キャンペーンと捉えてしまうと見誤る可能性があります。

「便乗値上げ」ってそもそも何?

そもそも今回の文脈で出てきた「便乗値上げ」とはどういう定義なのでしょうか。日本においては消費者庁が2022年4月よりウェブ窓口を設置して、情報収集をしています。

このページに、「便乗値上げ」に関する日本政府の見解が掲載されています。

※一般に、個々の商品などの価格は、自由競争の下で、需給の動向やコストの変動などの市場条件を反映して決定されるものであり、経営判断に基づく自由な価格設定は妨げられません。

※労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇など合理的な理由によって値上げを行う場合は便乗値上げには当たりませんが、最近の物価高騰に乗じて、そうした合理的な理由がないにもかかわらず値上げを行う場合は、便乗値上げに当たる可能性があります。

出典: 消費者庁ウェブサイト

ウェブサイトによっては「増税や原料費上昇などのために商品・サービスを値上げする際、その差額以上の値をつけること」などと書いてあるものもありますが、これは少し踏み込みすぎた表現であり、「差額以上の値をつけること」ということまでは日本政府によっては言及されていません。

また、英語では「Price Gouging」(プライス・ガウジング)という単語があります。たとえば米国においては40以上の州で緊急事態や災害などの特別時に生活必需品にのみ適用される法律があり、緊急時の異常な価格高騰を防ぐ法律があります。一方、市場で独占的な地位を占める企業がその地位を濫用して不当な値上げを行うことを禁止している国や地域も多くあります。

しかし、裏を返すと、法律においては緊急事態や独占企業といった特別な状況がない限りは「便乗値上げ」という形で政府が取り締まることは行われません。

本来、価格は "市場" で決まるもの

物品・サービスの価格は、好景気・不況などの経済的要因、需要と供給の変化といった社会的要因、天候不順や噴火・地震などの災害、戦争などの人災など様々な事情により変わります。

前述の全国旅行支援の話でも、旅行をしたいという人の需要と、サービスを提供するホテル業側の供給の関係、新型コロ ナによる約2年の自粛による赤字経営、従業員の解雇による人手不足と人件費高騰、そして光熱費や原材料の高騰などの供給側の経済的事情が背景にあるため、サービス価格があがることはやむを得ないことになります※2。旅行業界は、サービス側の内容は同じでも、近くの観光地の価値、季節などの外部要因によって、元々価格変動が大きい特徴がある業界でもあります。

「どれくらい上がるのが妥当なのか不当なのか」

これは個別の事情にも左右されるもので、本来、値上げの幅はサービス提供側の自由です。また、旅行業界には「早期割引」という特別な価格体系があります。クーポンが発行されたので直近で予約をし直すと、早期割引が適用されずに値段がかえって高くなる可能性があるのは、少し分かりにくいですが理不尽というわけでもないと思います。

そして供給者側がそれぞれの論理で設定した価格を見て、消費者はそれを受けるか受けないかを選ぶことができます。最終的には、需要と供給にそぐわない価格設定をした業者は選ばれなくなるため、価格設定の再考を迫られ価格が適正化されます。このように、本来、価格は市場の自由競争に任せて決めさせるのが良いとされています。

※2 あらかじめ予約しておいた価格が直前になって合意なしに一方的に改定されたという話も聞きます。これは民法上の契約手続きを正しく経ていないという別の問題があり、このようなケースは不当な一方的値上げと正されなければなりません。

「原価計算」の価格戦略は第二次産業向け

しかし、冒頭でも指摘した通り、日本では「増税や原料費上昇などの差額以上の値上げ」はなかなか許容されない世論があるようです。これは日本では長い間製造業を中心とした産業が推進されてきたことと無関係ではないと思われます。製造業をはじめとする「第二次産業」では、工業化による大量生産により材料原価を厳密に管理して利益が出せる価格設定を主に推進してきました。

しかし、日本における第二次産業の就業人口は1970年代を境に減少傾向に転じ、その後は第三次産業が優勢となりました。第三次産業では、原価計算以外の様々な価格設定が可能であり、商品も「モノ」から「価値」や「体験」を売る時代となりました。

一方、日本ではバブルが弾けた1990年代以降、失われた30年の時代で実質賃金が伸びない時代が続きました。これは主要国で日本だけの傾向であり、他の国では賃金水準を伸ばすことができているのに対し、日本だけが労働の「価値」を上げられていないことになります。

これにはいくつかの原因が考えられますが、第二次産業の原価計算からなかなか脱却できない日本人の感覚から、価格上昇や賃上げが回避されている可能性も捨てきれないと思われます。

出典: 全労連 (oecd.stat)
出典: 全労連 (oecd.stat)

現代は価値を売る時代、それに見合った感覚を持とう

第三次産業が主流となる時代では、価格は原価を基準にするというよりは、消費者が感じる「価値」を基準に設定されるべきで、原価を基準にした場合よりも高い価格設定が可能になります。これは賃上げやGDPの上昇にも寄与し、暮らしを豊かにするはずです。

しかし、日本企業ではたとえ第三次産業が主流になっているITサービス企業であっても、未だに原価計算・人月計算をもとにした価格設定を行っている企業が多いように見えます。

我々は原価計算の呪縛から早く脱却し、もっと普段から商品の「原価」ではなくて「価値」に関心を寄せて考えるべきなのかもしれません。そうすることで、供給者も消費者の双方とも、商品により価値を感じ、それを買えるだけの賃金も増やすことに繋がり、結果的に幸せになれるのではないでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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