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ドライブ・マイ・カー

倅が産まれて早くも一年になろうとしているが、そろそろ自家用車をファミリー向けのミニバンなどに買い替えるか悩んでいる。私の住む街は圧倒的な車社会で、極論だがもはや車がなければ生きていくことが出来ない。そもそも公共の交通機関が乏しく、おそらく生まれてから死ぬまで一度も当地のJR在来線に乗ったことのない人もいる筈である。基本的に日本国内、人口が100万人以上の地下鉄も機能しているような都市以外では同じような環境で、とにかく車がないと話にならないのではないかと思う。同じ「車」であるバスについても運行本数が少ないため気軽に用足しに使えるものではなく、実情は通学や通院程度のものだったりする。

話によると、昨今の部品不足燃料費高騰などにより容易に新車を購入することが出来ないらしい。リードタイム1年以上とか世界のトヨタよマジ舐めてんのか、と思えど今はそれが人気車種では当たり前のようで、場合によっては家を新しく建てた方が納車より早いというのも滑稽なものである。昔から換金までのリードタイムを重んずる私にとっては費用面を含めて中古車ないし新古車の購入しか選択肢がないのだが、そもそも近年は中古車市場も高騰気味のようで、台数も昔のようにふるわないと古くからの友人は言う。彼は高校卒業後20年以上自動車業界に身を置いているため、あながちその話に間違いはないのだろうが、彼自身会う度に車が変わっている辺り、あまり説得力がないのであった。

完全なる偏見だが、車をコロコロと乗り換える奴っていうのはマジで女もコロコロ変わる。彼とは中学からの付き合いなので20数年傍で見てきたのだが、車の乗り換えのスピードで彼女、或いは妻も乗り変わっていた。おそらく当時から10数台乗り換えをしていたと思うのだが、そもそも自家用車を頻繁に乗り換える必要があるのだろうか。「職業柄」などと言い捨ててしまえばそれまでであるが、20代のころ一度「車のローンがきつくて買い替えた」などと言っていたことがあり、まさにそれは多重債務者の悪い言い訳にしか過ぎなかった。条件変更や借り換えといった、法に沿ったやり方を取ればまだまだ乗れたに違いないのだが、そもそも単純に飽きやすい性格のようで、私自身も長年「飽き性で債務過多」であるが故に彼と長年友人関係を築けているのだろう。

私が学生だった頃、当地では車で隣に付けて夜間にナンパするというグラセフみたいな文化が定着していたのだが、私自身も友人数名と車でそのナンパスポットに乗り付けて情事を果たすべく幾度とない銃弾を撃ち込んでいた時期があった。しかし、そもそも夜という時間帯から顔など見える筈がなく、訪れる男は車種で優劣を決められていたため、どノーマル車に乗って暇を潰しに来ただけの単なる学生身分が敵うわけがなかったのだった。当然ながらナンパたるものルッキズムの権化であるが、車種においてもその風潮は強く、面構えのよい車は多数の女子に特に支持された。特に当時(2000年代初頭)は「VIPカー」なるエアロパーツを過剰なまでに着飾った車高の低い3ナンバーセダン車の人気が最高潮の時代で、無条件であの類の車に乗っている奴が界隈では支持されていた。

所謂「VIPカー」。熟女の「熟」を定義するより「VIP」の定義が難しい。

寧ろそれはナンパに限ったことではない。当時無料の範疇で誰もが利用できた「スタービーチ」や「Mコミュ」などといった比較的クズが好む出会いツール(※この辺の話は後日)ではマストだったし、健全な男女交際の中でも車種はステータスであり、ファッションの一部だった。その点においては今も昔も変わらない。オラオラでガチムチなプロ野球選手のように、昔から金を手にした奴は成功の証として高級車に乗るのがセオリーだ。というか都会のように駐車場など土地代が高い地域に住む人間からすれば、そもそもマイカーとは贅沢品であり、所有するだけでも箔がつく話である。

そんな私はといえばそこまで車に対しての執着は殆どない。別にエアロを組んだりウーファーを積んだり「DAD」と書いたステッカーを貼るつもりは今に至るまで一切ないし今後も計画はない。学生時代に話を遡れば、何よりも学生という身分ゆえに運転免許証はあれど車を所有していない場合の人も多かったので、車の身なりはどうであれ所有しているというのがある種のステータスになっていたことは間違いなかった。特に山深い場所にキャンパスを構えていた学校だったため、アルバイトをするにも面接の段階で車の有無を尋ねられ、「自転車です」などと言えば選考から漏れたものだった。そもそも採用担当はチャリンコの力を侮りがちで、基本チャリンコ通いの奴は時間管理がしっかりしてると私は考えている。弊社にいるチャリンコ通いの70近い総入れ歯のパートのおばちゃんは、8時始業にもかかわらず7時には休憩室に居てペチャクチャと談笑しているのだが、談笑の時間まで計算している辺り、時間管理能力に長けているのだと思っている。かたや車で5分程の通勤距離の奴は7時55分ごろに駐車場に到着し、決まって走って会社に入ってくる。むしろ遅刻常習犯的な部分もあることから、弊社採用担当の私はマイカーの有無で採用・不採用を判断基準にしていない。

そんな私も今回乗り換えると4台目となる。一番最初のマイカーは、20年前の学生時代に両親から受け継いだトヨタ社の「コロナ」という車だった。仮に今に至るまでそれに乗っていたとしたら、まるで疫病の如く差別されていたかもしれないが、実に乗り心地の良い車だった。

トヨタ「コロナ」。特徴を聞かれても上手い返しが出来ない点が特徴の車だった。

こちら今は化石となっているマニュアル・トランスミッション a.k.a MT車だったのだが、更に雪国ながらフロントエンジン・フロントドライブ a.k.a FF車だった。今でこそ雪国でも当たり前にFF車が走っているが、とにかくこの「コロナ」に関してはパワー不足が深刻で、冬期は坂の途中で決して止まることが許されず、特に坂の頂上に信号機がある公道などで赤信号に遭遇した場合は、坂の下で待機する必要があった。しかしMT車特有のエンジンブレーキの効きというか、シフトダウンによるブレーキなどが円滑なため殆ど雪道でスリップすることがなかった。どちらかというとその佇まいと風貌が若干スベっていて、上述の話の続きとなるが、女ウケは滅法悪かった。どうしても若者が乗るには相応しくないというか、かといって旧車でもない、単なる古めかしくオッサンっぽい佇まいだった。

このコロナについては私が小学校に入学したタイミングで親父が初めて新車で購入した車だったらしい。当時(多分数えると平成3年)比較的新しかった車で、親父が安月給だった30代前半で家族で出掛けやすいようなものを選んで購入し、その後私が社会人になるまでの約15年以上我々家族の側で支えてくれたという、昔話をするには必要不可欠なかけがえのないものであった。それをカーセク未遂の現場にするなどぞんざいに扱った私が今度自分の家族のための車を選ぶ年頃になったと思えば、倅には将来是非自分で働いて自分の稼いだ金で好きな車を買って自由に乗り回して欲しいと思うのであった。

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