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MDMAの医療用途

MDMA(英:3,4-methylenedioxymethamphetamine:3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン)
1 .MDMAとは
 MDMAとはケシやコカなどといった植物から採れる成分ではなく、化学物質から人工的に合成されてできる化合物である。構造は覚醒剤成分であるメタンフェタミンやアンフェタミン、あるいは幻覚剤成分であるメスカリンといった構造などと似ており、幻覚作用は多少持つものの、LSDといった幻覚剤のような強い幻覚作用は持たない。使用中は脳内のセロトニンレベルが急激に上昇することで起こる「愛を感じる」などといった精神的な複数の作用から、PTSD(post traumatic stress disorder: 心的外傷後ストレス障害)の治療薬として主に注目されている。PTSDとは、強烈なショック体験、強い精神的ストレスが心のダメージとなって、時間がたってからもその経験に対して強い恐怖を感じる疾患であり、震災などの自然災害、火事、事故、暴力や犯罪被害などが原因になるといわれている。PTSDの症状は回復したとされる場合でも長期的に持続する可能性があり、具体的な症状としては、感情障害やふるえ、人を愛することや友人などと繋がることが難しくなる、睡眠障害、死期が近いなどと言った感覚、望まない非自発的な思考、記憶障害などがある。MDMAは他にも終末期ケアや自閉症、アルコール依存症に対してなどの医療用途としても注目されており、医療的用途の可能性は多岐に渡る。
2.作用機序
 3,4-methylenedioxymethamphetamine(3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン)は名前の中にメタンフェタミンという覚醒剤の成分の名前が入っているが、作用機序は全く異なる。
 メタンフェタミンは間接型アドレナリン作動薬であり、ノルアドレナリンやドパミンの遊離の促進、再取込み阻害作用とモノアミンオキシダーゼ(MAO)阻害作用によるシナプスでのカテコールアミン濃度上昇により、交感神経刺激作用と中枢興奮作用を発現する。一方、MDMAの作用機序に関してはセロトニン放出に深く関係する。セロトニン神経終末に存在するセロトニントランスポーター(SERT)により、セロトニン再取込み阻害作用を示すだけでなく、MDMA自身がSERTからシナプス前終末に取り込まれ、小胞性モノアミントランスポーターの取込み阻害,モノアミン代謝酵素MAO−Bの阻害などにより細胞質内のセロトニン濃度を高め、SERTを介してセロトニンをシナプス間隙に放出するものと考えられている。SSRIが長期的に徐々に脳内のセロトニンレベルを増やしていくのに対して、MDMAは短時間の間に脳内のセロトニンレベルを急激に上昇させるといった特徴がある。
3.効果と副作用 
効果
•多幸感、幸福感
•愛で満たされる感覚
•他者と強く繋がる感覚
•頭の回転が速くなる
•注意力の向上
•死への恐怖の減少
•社交性の向上
•対人関係の信頼の向上
•注意力の向上
•共感
副作用
•体温上昇
•歯軋り
•心拍数の増加
•吐き気
•口渇
•頭痛
•脱水
•目が霞む
•食欲減退
•不眠
•動揺
過剰に摂取した場合
•気絶
•パニック発作
•体温上昇
•高血圧
•筋肉硬直
•卒中
•意識消失
死に至る副作用(継続的に摂取し続けた場合)
•41.5℃を超える高熱
•横紋筋融解症
•セロトニン症候群
•急性肝障害
•低ナトリウム血症
•脳浮腫
4.安全性
 人間に純粋なMDMAを適切な量と限られた回数だけ用いることは、安全であると証明されており、ベンゾジアゼピンのような身体的な依存を引き起こすことはない。但し、長期的に頻繁に使用し続けた場合、精神病や記憶障害、パニック障害、うつ病などと言った深刻な副作用を引き起こす。1ヶ月に1度の頻度の使用は安全であるとされているが、違法ドラッグとして出回っているMDMAには他に様々な成分が混入している可能性が高く、他の要因による危険度は高い。研究で用いるのは純粋なMDMAであり、この危険因子は取り除かれる。
MAPS(非営利組織「幻覚剤国際研究学会」)によるMDMAによる精神治療の2016年12月27日の時点での累計結果

合計154人がMAPSによって行われたMDMAを用いた精神治療に参加し、その間の死者は2人であった。1人は中枢神経系への癌の転移が原因で、最後にMDMAを投与した日から5ヶ月近く経った後であった。2人目は脊索腫の再発が原因で最後にMDMAを投与してから約2週間後であった。有害事象については125mg投与した場合に心疾患、髄膜炎や敗血症といった感染症、骨折、神経系、良性新生物などのリスクがわずかに高くなっているが因果関係は明らかではない。最も危惧されるべき精神的な有害事象である、抑うつ、自殺念慮、自殺行動はほとんどなく、長期的な期間では1人の患者のうつ状態を除いていなかった。

5.MDMAを用いた精神療法の研究
 ドラッグ分類スケジュールⅠと分類されていることで、医療目的の使用に関する研究ができない状態であったが、治験薬としてアメリカで指定されたことで治験が進み、MDMAを用いた精神治療の安全性や効果について明らかになってきている。
 他の精神療法では薬を数年もしくは一生の間服用していくのに対して、MDMAを用いた精神治療ではMDMAの服用は数回のみである。違法ドラッグとして出回っているエクスタシーやモーリーはMDMAを指す一般的な名称であるが、治療で用いられるMDMAはこれらエクスタシーやモーリーとは異なるものである。違法に出回っているMDMAは他に覚醒剤成分であるメタンフェタミンやカフェインなどの他の成分が混入されている可能性があるので、研究には純粋なMDMAが用いられる。
 これらの研究に参加する患者は精神病や進行癌を患っている患者であり、その時点で十分な精神的治療効果を他の治療から得られていないケースである。
6.医療的用途の可能性についてとそのデメリット
 MDMAの医療的使用は現在全世界でスイスのみで利用可能となっており、スイスは特定の精神科医に対してMDMA使用許可のライセンスを発行し、その医療的使用を認めているアメリカでは、今現在MDMAを用いた精神治療の研究が進んでおり、 MAPSが2016年までに行った小規模臨床治験結果では、参加したPTSD患者のうち67%に顕著な効果があった。逆にMDMAを用いなかった対照群では23%しか効果が見られなかった。また、英精神医学専門誌ランセット・サイキアトリー(The Lancet Psychiatry)に2018年5月1日に発表された研究論文によると、職務中に心の傷を負い、消耗性疾患と診断された退役軍人、消防士、警察官ら26人を対象にMDMAを用いた精神治療が行なわれた。このうち75ミリグラムと125ミリグラムの投与量を受けた人は、最小量30mgの投与量の人に比べPTSDの症状が格段に改善した。対象となった26人は、MDMAの投与と並行して心理療法を受け、与えられた投与量については伝えられなかった。2回目の投与から1か月後には、投与量75ミリグラムのグループの86%がPTSDの診断基準に合致しなくなっていた。同様の結果は、125ミリグラム投与群の58%、30ミリグラム投与群の29%でもみられた。研究の次段階では、前回投与量30ミリグラムの対象者に100~125ミリグラムのMDMAを投与した。その結果、症状の著しい改善がみられた。さらに研究者らの報告によると、26人の1年後の症状は著しく低減したままだった。臨床試験の参加者16人が、この時点で診断基準から外れていた。この治験結果では、心理療法と1か月間隔で2、3回の投与のみのMDMAを組合せるアプローチによって、患者の治療を加速できる可能性があることが示された。
 しかし、反対に好ましくない作用もあった。MDMAの効果が切れた後、脳内のセロトニンレベルは使用前より80%低下し、気分の落ち込みや鬱状態を引き起こすという一面も持っている。この状態は1日ほどで回復し、安全性は高いとされているが、患者によってはこの気分が落ち込んでいる間にで自殺に走る危険性があることについても考慮していかなければならない。また依存性は低いが長期乱用された場合、深刻な症状を発症することも危険な一面となってくるので、現在のオピオイド薬や覚醒剤成分などと同様の厳格な管理が要求されるだろう。

以下参考資料
https://maps.org/research/mdma
https://s3-us-west-1.amazonaws.com/mapscontent/pdfs/MDMA-Annual-Report_FINAL_30DEC2016.pdf

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