征天霹靂X(10)
10:曲直瀬容。
……。
……いっ――。
「痛ええええええええっ!!?」
――青年、曲直瀬容は絶叫した。彼に考える余裕など無く、故にただ何が起きたか呑み込める筈もなかった。
だが、独紋衆所属・鶯雀鷹鳶と尺はぽみの狙いは、ここにこそあった。
曲直瀬容の襲撃にこそ。
「ぅっ、ぐううううううううっ!」
突然の激痛にどうしたら良いかわからず、曲直瀬はもんどり打って床を転がる。まさか先程まで談笑していた人間に手を握り潰されるとは思っていなかった。
そんな彼を、今度は尺が容赦無く蹴り飛ばし、体を壁に叩きつけた。同時に、大量の血をげろりと吐く。あまりの威力に内臓が破裂したのだろうか、腹の激痛も合わさって一瞬気絶し、また痛みで目を覚ます。
「……っ、ぁ、ど、うじて」
涙目で訴える曲直瀬に、鶯雀は淡々と答える。
「どうしてだと? 自分で考えてみろよ」
ほら、このままだと死ぬぞ?
言われた曲直瀬は、死にもの狂いで――本当に死を覚悟しながら、ドアの方へと這う。逃げるために、生きるために。
(どうして)
曲直瀬は頭の中に抗議を浮かべる。口に出す余裕はない。
(どうしてどうしてどうして! 俺は、こんな痛い目に遭ってるんだ!)
ただ、現実逃避のために熱海へ旅に来ただけだというのに。どうしてこんなことに!
――ドアに辿り着き、ノブに手をかける。
だが、それを回すことは叶わなかった――どころではない。
ドアノブに触れた瞬間、何かの力が働いて手を弾かれてしまった。
「っ!?」
何故、手が弾かれてしまったのか? もうそれを考える余裕さえない。
ただ1つ分かったのは、最早、曲直瀬には、ここから逃げる手段も、従って生き延びられる選択肢など無いということで――。
「何の対策も取らねえ訳だろ」
鶯雀は笑いながら、バッグからライフル銃を取り出し、組み立て始める。その前には尺が、ガラ空きな彼を守るように立ちはだかる。
「その為にここまで無駄話をしてやったんだからよ――どうやらお前には丸きり無駄って訳じゃねぇみたいだがな」
「……ど、ういう」
「お前」鶯雀は弾丸を込めながら続ける。「自分が何者なのか、分かってねぇんだろ? だから、自分のことを人間だと思ってやがるんだろ?」
教えてやる。鶯雀が言うと尺は頷いて避け。
組み立てたライフルの引金を、躊躇なく引いた。
超至近距離から放たれた鉛の弾丸は、過たず呆然とした曲直瀬の額に着弾。順番に皮膚を裂き、肉を割き、骨を砕いて脳を潰す。その後に骨、肉、皮と貫き、後ろの壁に弾丸と共に血と肉をぶち撒けた。
曲直瀬はそのまま体を床に倒す。
曲直瀬容。30年程の人生に、ここでピリオドを打つ――
筈だった。
ぶち撒けられた筈の血や肉や脳味噌が、ぴくり、と動く。
それらは、ナメクジの様に這ったかと思えば、急に曲直瀬の死骸に飛びつき、頭に空いた弾痕の中へ入り込んでゆく。行儀良く、弾痕から脳味噌が入り、脳漿が入り、骨片が舞込んで頭蓋骨を構成し、肉がくっつき、皮膚が張られる――頭が、元に戻ってゆく。
その変化は頭だけではない。鶯雀に砕かれた手も、尺に破裂させられた内臓も、同様に元のあるべき形に戻ってゆく。
そして――目が覚める。
死んだ筈の曲直瀬容は、綺麗さっぱり復活を遂げた。
曲直瀬は目を覚ます。
信じられなかった。信じられるはずも無かった。
今まさに銃で頭を撃ち抜かれたというのに、まだ生きている。それどころか、銃で撃たれた形跡すら残っていない。
「っ、……は?」
幻覚でも見たのかと思った。
しかしそれにしては――頭の中を銃弾が貫通していくあの痛みは、確かなものだった。
「理解したか?」
鶯雀が、ライフルの銃口を再び、曲直瀬の額に押し当てる。
「お前は、人間じゃない」
「……う、そだ」
口ではそう言ったが、もうこの復活は疑い様もなく、自分が人間でないことを表していた。
曲直瀬は思い出す。そうだあの時――高高度落下をして熱海秘宝館に墜落した時。
リオンに助けられて怪我は無いと言ったが、あの時も自分は落下して普通に大怪我を負ったのではないか?
そして今みたいに――復活、したのではないか?
信じたくない。
だって、これではまるで――。
「このカラオケルームの外にはな」
鶯雀はライフルを突き付けたまま言う。
「退魔の結界術が張ってある――お前がドアノブに弾かれたのはそのせいだ。今や部屋の外に結界師がいて、ソイツらに張ってもらってるんだけどな。コレがまー、意外に展開に時間かかんのよ」
だからな。
引金の指に力を込める。
「お前とくっちゃべってたってワケだ。何もかも忘れ――自分の本来の姿すら忘れて、人間としてのうのうと生きてるお前に、正体を突き付けてなァ!」
引金を引き切った。
今度は銀の弾丸が、頭を貫いた。
先と同じ様に血と脳漿に彩られた汚い花火をぶちまけたが、今度は復活しなかった。
銀の弾丸は退魔の銃弾。喰らえば、悪魔にとっても致命傷となる。
「……終わったな」
鶯雀はセーフティをかけた。それからライフルを片付け始める。
「ええ……全て貴方にお任せしてしまい、申し訳――」
「謝んなよ。こういうのが俺の生き甲斐なんだ」
頭を下げようとした尺を制しながら、鶯雀はライフルに飛び散った血を拭いてバッグへとしまってゆく。
「むしろ俺の方こそ、いつもお前を近接戦に駆り出させて、負担かけてるからな。たまには俺が前に出て、お前には休んでもらおうと思ったんだ――芋餅、美味かったろ、はぽみ」
嬉し恥ずかしな複雑な顔をして、尺はこくりと頷いた。尺がこの呼び方を許しているのは鶯雀だけだった――外で呼ばれると恥ずかしいので、照れ隠しに怒る訳だが。
今は悪魔の死骸1つしかない。
カラオケルームには監視カメラ1つもない。
照れても隠す必要性は、どこにもなかった。
「さあて、このままカラオケを楽しんでも良いが、まずは帰るか――退魔の結界もエネルギー使うしな」
「そうですね」
尺がドアを5回ノック――「終わったよ」の合図。それから一瞬後、あれだけ展開に時間のかかる退魔の結界は、跡形もなく呆気なく、綺麗さっぱり消え失せた。
鶯雀は腕を思い切り上へ伸ばして、緊張で凝った背を伸ばす。
「さあて。次の悪魔討伐まで休息、ってトコだな」
「ですね。何処かでゆっくり休みたいものです。温泉にでもつかって」
「そう思うよな、はぽみ」
そこでだ、と人差し指を立てる。
「ホテルを取ってあるんだ。今回参加した全員分のな。熱海は今回流石にパスだが、代わりに近くの伊東ってところがあってな。そこも温泉が有名なんだよ」
「良いですね。今回は運良く死者が出ませんでしたし、皆で明るく楽しめそうでございます」
微笑む尺。その微笑みが伝染して、鶯雀の頬も緩む。
「じゃ、行くとしますか――」
刹那。
カラオケルームの外で、莫大な殺意が爆ぜた。
否――殺意と呼んで良いのか怪しい程の禍々しい気が、突如現れた。
尺も鶯雀も、思わず鳥肌が立つ。それどころか冷や汗がじわりと皮膚に浮かび上がる。
思わず、じり、と尺が後ずさった。
その瞬間、尺目掛けてカラオケルームのドアが吹き飛んだ。
禍々しい気に気を取られ、尺は対応しきれず、ドアと共に壁に吹き飛ばされる。物凄い音を立てながら、尺はドアと壁に挟まれて気を失う。
そこに立っていたのは、1人の少女。
尺が頭を踏み砕いて殺した筈の、『淡侘理恩』という名の悪魔だった。
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