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小説『生物失格』 4章、学校人形惨劇。(Post-Preface 4-2)

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目次

Post-Preface 4-2:一堂会してまた一難。

***

「はーい、下がった下がった!」
 規制線の前でメディア陣や野次馬を押し返す警官。
 彼らを背に事件現場に入った刑事、刑部おさかべ善造ぜんぞうは、流石に口を覆った。
 あまりに濃すぎる、血の臭い。ばらばらに破壊された・・・・・死体は大分片付けられたが、それでも現場には殺人の痕跡が臭いとしてこびりついていた。
 長年刑事をやっている彼であっても、中々にキツいものがあった。
「……刑部さん」
「ああ、酷いもんだ」
 部下の巡次じゅんじに答えながら、先に現場の検分に来ていた刑事に状況を確認する。
「どうだ」
「あっ、刑部さん。お疲れ様です。まったく、酷いものですよ」
 顔を青褪めさせながら、刑事は状況を説明する。
「死体は、校舎内は教師の方々、外に転がっているのは殆ど子供のものでした。ただですね……子供は頭部のみが、教室にずらりと並べられていたようでして」
「並べられていた?」
「はい。私は見ていないのですが、どうも机の上に1つずつ、丁寧に置かれた状態だったらしいです。燃え滓の状態から、そう、推測されまして」
「……悍ましいな」
 刑部は、本当に怖気がした。
 残虐性もさることながら、犯人の目的がいまいち理解できなかった。一体何をどう考えたら、子供の頭部を教室に置いてから、首から下の胴体を外に出し、あまつさえバラバラにするのか。
「首を、こう、切った奴と、胴体を破壊した奴は同一犯なのでしょうか?」
 自身の首を切るジェスチャーをしながら巡次が質問する。刑事は少し考えてから、
「話を聞く限りではそうは思いません」
 と答えた。刑部がどういうことか尋ねると、捜査結果を続けて報告する。
「話を聞く限り、教師はさておき、子供については殺害方法が異なると見られているんです。というのも、切断された切り口が全く別らしくてですね、首から上の切断面はものすごく滑らかな一方で、首から下はまるで引き千切ったかのようにズタズタだったようです。どちらが致命傷かは分かりませんが」
「……つまり、こうか」刑部は、頭の中で描いた死亡状況を整理する。「犯人Aが頭部を何らかの凶器で切断した。それより前か後か分からないが、犯人Bが首から下の体を何らかの機器で引き千切って、窓から投げ捨てた、とでも?」
「分かりません。確認しようにも、監視カメラの映像も丁寧に全て破壊されていて……」
「成程な」
 分からないのはさもありなんだ、と刑部も巡次も思った。
 何せ犯人の行動が異常すぎる。意味不明と言ってもよい。通常、刑事は殺害の方法からも犯人のプロファイリングを行うが、刑部にとってはどうにも、この犯人が人間の範疇から・・・・・・・外れている・・・・・ような気がしてならなかった。
 その2人の刑事の勘・・・・とでも言うべき推測は当たっていた。犯人である2名――糸弦操と鎌川鐡牢(本名、塵屋敷芥)は、人外の力をふるってこの事態を引き起こしたのだ。
 まさか、糸で子供たちの頭部を切断した後で、教師もろとも操り人形にして人を襲わせたとか、その人々の体を素手で引き千切ったなんてシチュエーションが、常人に浮かぶ筈も無い。
「……ちなみに、犯人ホシらしき人物は見つけたか?」
「いえ。捜索していますが、どこもかしこも死体だらけで……」
「なら、生き残りは?」
「いるようです。しかも2名」
「名前は分かるか?」
「はい――天凱てんがい影汰という男子生徒と、火殻ほがらかなという女子生徒だということです」
「……成程」
 また、あの死城の子供・・・・・か。
 苦虫を噛み潰したのをどうにか堪える様な顔で、刑部は「分かった」と言った。
「事情聴取に行ってくる。また何かあったら連絡してくれ」
「了解です」
 刑事の元気な返答を聞き、刑部は現場を後にする。巡次も後をついて行った。
 それを見届けてから、刑事も自身の持ち場に戻る。その足取りはどうしたって重かった。

***

「ちょっと、あなた! 此処から先は捜査網だから入らないで!」

 それから数分後のことだった。
 女性警官が、制止する声を上げた。刑事達が声のする方へ目を向けると、ボロ布のような服を纏った、浮浪者のような見すぼらしい男がとぼとぼ歩いている。男は両手をズボンのポケットに入れながら、ヒッヒッ、と不気味に笑っていた。伏せ気味で顔は良く見えない。
「あなた! 聞こえないのっ!?」
 はあ、と面倒臭そうに溜息を吐いて、女性警官はずんずんと不審者男の方へと果敢に歩いていく。そして、いとも簡単に腕を掴んだ。
「これ以上捜査の邪魔をするようであれば、連行するからねっ!」
「……ヒッヒッ」
 腕を掴まれた男は、またも不気味な笑い声を上げて女性警官の方へ振り向いた。彼の顔を見た瞬間、女性警官は小さく悲鳴を上げた。
「ヒッヒッ、酷い顔だろ? 昔、炎を全身に浴びた時にこうなっちまってよォ」
 不審者男は、平然と女性警官に話し始める。女性警官はと言えば、不気味さの方が勝ってしまい思わず手を離していたが、今度は不審者男に腕を掴まれていた。
「俺はさ、こんな目に遭わせた奴を、全員燃やしてやろうと思っててな? 当時はそいつらが全世界に散らばっていて、燃やそうと思ったんだが、勝手にいなくなっちまってよ」
「何の、話……」
「今じゃ、燃やしたい奴が、1人しか・・・・いなくなっちまった」
 女性警官の制止を無視するかのように、男は話し続ける。
「でも、燃やし足りないんだ。それだとよ。俺の中で喚いている、燃やせ、もっともっと燃やせ、っていう心の内なる声が収まらねえんだ」
 気狂いか?
 そう思った数人の刑事は不審者男に近付こうとする。
「だから」
 その、次の瞬間。

「別に燃やしても良いな、って奴もまとめて、燃やしちまおうって決めたんだ」

 女性警官の体が、紅蓮の炎に燃え盛った・・・・・・・・・・
「……ひっ、ぎああああああああっ!!?」
 彼女は突然の人体発火に発狂する。だが、もうどうやっても助からない事が明白だった。運悪くも、周りに消火器の設備が見当たらない。
「痛いだろ? お前が恐れおののいた顔面のケロイド・・・・・・・はな、こうして出来たんだ。お前も体験してみると良い。人の痛みが分かればきっと、お前ももう少し優しくなれる」
 まあ、もう死ぬから意味ないけどな。
 ッ、と笑いながら、男は燃え盛って転がりまわる女性警官を、ポケットに手を突っ込みながら見つめていた。
 コイツはヤバイ。
「手を挙げろッ!」
 直感した刑事達は、容赦なく拳銃を向け、男を囲い込んだ。
 その状況に置かれても尚、男は「ッ」と笑うばかりだった。
「早く引金を引いてみろよ」まるで挑発する様に、或いは嘲笑する様に、男は言った。「どうせ俺のことは撃てないだろ、日本の警察諸君」
「……舐めるなよっ」
「いーや、舐めてるよ。だから日本はいつまで経ってもアメリカに勝てやしない。まあ、アメリカに勝とうが負けようが、どうだって良いけどな」
「……良いから、手を挙げろっ! 聞こえないのかっ!」
 刑事らは拳銃を構えたまま、降伏要求をする。
 そんな彼に何かを話しても無駄だと分かったのか、男は溜息を吐く。
「ま、良いさ。舐めてようと舐めてまいと、俺のやる事は変わらない」
「手を挙げろ。聞こえないのか。本当に撃つぞ」
「だから撃てって。手遅れになるぞ。ま。

――もう、遅いがな」

 刹那。
 背後で、攻河中学校が爆発・・した。
 黒焦げの瓦礫と肉片が、爆音と爆風と共に飛び散っていった。
「…………なっ!?」
 突然の出来事に、刑事も他の警官も、校舎の爆発に気を取られてしまった。
 気を取られてしまったからこそ。
「じゃあな。また会おう。無能な警察諸君」
 男は、野次馬やメディア陣を次々燃やしながら、ッと笑い悠々と去ることができた。ポケットに手を入れた彼の姿は、陽炎のように徐々に歪んでいき、遂には見えなくなった。
「……っ、クソ」
 刑事は銃を構えたまま、実際何もできなかった。
 いや、もう何かを出来るはずもなかった。
 銃口が熱で溶け、塞がってしまったからだ。これでは引き金を引いても銃弾が出る筈もない。
 爆発された校舎を見ながら、刑事は思う。
 これは多分、史上最悪な事件ヤマになる、と。
 それは単なる刑事の勘であったが、その刑事の勘とやらは意外にも良く当たるということを、刑事は最近知った。

***

 数時間後。
 某所に、鎌川鐡牢――本名・塵屋敷芥が足を踏み入れる。そこには既に、4人の人間と1台の無線機が置かれていた。
 1人は、白いブラウスに、踵上まである長さの艶のあるスカートを着る女性。髪は夜に溶ける程黒く長く、大きな髪飾りでハーフアップにしている。まるで良家のお嬢様だが、彼女の出自を芥は知らない。
 残り3人は一様に、全身黒の忍者服に身を包み、顔を黒い面頬メンポオで覆っている。面頬の奥底からは、ギラギラした鋭い眼光が覗く。この通り3人は、格好は同じだが背が全く異なり、高、中、低三拍子揃っている。芥は3人が血の繋がった兄弟であると話を聞いていた。
 お嬢様然の女性は『術師』、3人組の忍者装束兄弟は『瞰隊』と呼ばれている。それぞれの本名は知らない。知る必要も無い。
 死城家を潰すことができれば、名前など気にしない。
「遅いですわね」
 『術師』が扇子を開き、口元を隠して微笑む。そんな彼女に芥は「まーな」と答えた。
「動き回って汗かいたからな。シャワー浴びてきたんだよ。お前、汗臭いの嫌だろ?」
「あら、結構な配慮ですこと。感謝致しますわ」
 『術師』の言葉が終わるや否や、今度は『瞰隊』の3人が次々に口を開いた。
「ところで、」「戦果はどうなった、『破壊屋』?」「学校を襲撃した第三者チャレンジャーの見立ては?」
「それについては、『根源』が通信を繋いでからにするよ」
 で、と『破壊屋』と呼ばれた芥はふと疑問を投げかける。
「肝心の『根源』さんはどうした? まだ連絡が繋がっていないのか?」
「もう1人――新人・・が来たら、こちらから連絡を繋ぐ、という話でしたわ」
「……新人、ね」
 芥は思い出す。
 粗方、生徒ゾンビ達を片付けた後に、突如として燃え盛った攻河中学校の校舎を。
 きっと、あの放火を犯したヤツのことだろうと推測する。
 一体どんな奴がやりやがったんだ――と思っていると。
「……ッ」
 不気味な笑い声を上げ、やって来た男が1人。浮浪者のような見すぼらしい恰好をしているが、その場にいる全員が直感する。
 彼が、新人だと。
 死城を殺すために、新たに招集された者なのだと。
「……お前が、新人とやらか?」
 芥が念の為に確認すると、「ッ」と笑ってから頷いた。
「ああ。俺がこの度入る新人。名前は火車かぐるま神楽かぐらってんだ。宜しくなァ」
 ケロイドの痕が生々しく残る顔を引きつらせて笑いながら、自己紹介をする男。正直不気味さは覚えたものの、死城を殺すという目的の為に動くのならば拒否する理由は無かった。
「これで」「全員」「揃ったな」
 『瞰隊』が声を合わせて言葉を発する。それに頷いた『術師』が、無線機の電源を入れた。
「お疲れ様です、『根源』。新人含め6名、揃いましたわ」
『ああ。ご苦労だった』
 『根源』――最近攻河町でミイラ化殺人事件を引き起こしている男が、無線で告げる。
『まず、新人の紹介からだな。既に本人から聞いているかもしれないが改めて――ソイツのことは『発火魔』、とでも呼んでくれ。当然、死城の呪いにかかった奴だ。是非とも協力するよう』
 全員が無言で頷く。それを気配で察した『根源』は、次に芥に報告を促した。芥は、まずは結論から述べることとした。
「――あの学校での大量殺戮を引き起こしたヤツだが、姿はついぞ見かけなかったが、殺害方法からして仲間に加えるべきだと思うぜ」
『その心は?』
 問われた芥は、真っすぐに。
「死城の最高の破壊に必要不可欠だからだ」
 人格の捻じ曲がった回答を発した。
 その回答に、『術師』は溜息、『瞰隊』は無反応、『発火魔』は忍び笑いをし、『根源』は。
『そうか』
 と何とはなしに返す。それから続けて。
『しかし見つからなかったんだな?』
 と改めて確認を投げかける。芥は物怖じせず答える。
「普通に行方をくらまされたからな」
『犯人の検討もつかねえのか?』
「似たような芸当ができる奴は知っているから、見当は何となく付いてるぜ」
『ほう』
 『根源』は感心するように言ってから。
『ソイツを探し出すことはできるか?』
 そう尋ねる。芥は「まさか」とかぶりを振った。
「そういうのは、『瞰隊』が適任だろ。偵察や捜索のプロにお任せするよ」
『……それもそうだな』
 適材適所だ、と呟いてから『根源』は言う。
『『瞰隊』。後で『破壊屋』に特徴を確認し、ソイツを探して生け捕りにして来い。敵対するなら多少傷つけても構わない』
「御意」「御意」「御意」
 『瞰隊』の3人が揃ってひざまずく。この3人であればしくじることはないだろう、と芥は思う。
『それともう1つだが、あの書き込みに更にもう1つ反応がある。近々、ソイツともコンタクトを取る予定だ』
「どんどん仲間が増えてくなァ」
 芥が喜ぶ。しかしそれは仲間が増えることへの喜びではなく、破壊するための手数が増えることへの喜びでしかない。所詮、塵屋敷芥は『破壊屋』。どこまでいっても破壊こそが至上で、故に破壊に資するかどうかが彼の基準となっている。
『他に何かあるか』
 『根源』が尋ねた。全員、声を上げなかった。
『ならば、以上だ。速やかに解散するよう』
 そう言って無線は途切れた。『術師』が無線を手持ちの鞄に入れ、しゃなりと去っていく。『瞰隊』、芥、『発火魔』も続けてその場を去った。

 そしてその場所には誰も居なくなった。
 不気味な静けさだけが、その場を満たしている。


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