征天霹靂X(4)
4:襲うJKとルームサービス。
「……リオン」
「ひどいじゃん、置いてくなんてさ〜。まあ、そういうつもりだろうな〜、とは思ってたけど」
「……」
「ま、焼きたてバスクチーズケーキに免じて赦してやろう! アタシは心が広いからね〜」
「……お前」
「リオン」
リオンは、いつの間にか僕の目の前に立ち、鼻先を指さした――部屋の中のベッドから、ドアの前に座る僕の方へ、この一瞬で移動してきた。
「リオンって呼んでね、曲直瀬容。それ以外でアタシを呼ぶのは敵だけだよ」
ゾッとする程、低い声。
それと同時に、別の悍ましさも襲い掛かる――コイツ、何で僕の名前を知っている?
僕の喉が締まって、上手く声を出せない。
「……ま〜、焼きたてバスクチーズケーキ、めっちゃ美味しかったし、それに新幹線でアイスも奢ってもらったし、気分が良いからね。今回はその無礼も赦したげる!」
「…………リオン」
彼女の可愛らしい笑顔がまだ怖かったが、先程の肝が冷える程の圧はなくなったので、どうにか尋ねることにした。
「リオン。訊いてもいいか」
「何なりと!」
「……何で、僕の名前、知ってるんだ?」
いや、それだけじゃない。僕の舌は今、少しだけよく回った。その回る勢いに任せる。
「僕のホテルの場所が、分かった理由もだ。そ、それに、ホテル側がこんな急な人数変更を受け入れるのも、そうあるものじゃないだろ――いくら、高いホテルとは言え。それに、大体、新幹線で僕にあんな脅しをかけて着いて来た理由も、何も……」
最初は、家出少女だと思ったのだ。それも、性的サービスか何かで金を稼いで転々とする様な、そんな少女だと。言葉の端々から、少しそんな雰囲気を勝手に感じ取っていた。
だけど、それじゃ説明が付かない。
僕はホテルの場所なんて一言も話してもないし、このホテルに来るまでスマホでの確認もしていないから、リオンには知りようがない。
大体、名前も言ってないのだ。
コールドリーディングではあり得ない。ホットリーディングだとすれば只のストーカーだ。
……いや、むしろその方が合点がいく。ストーカーか何かであれば、僕の名前は当然として、行く先のホテルの場所も分かるだろう。
ゾッとするが、むしろそうであって欲しかった。
でなければコイツは――淡侘理恩は、一体何者なのか分からなくなってしまう。
そう思い当たった僕は、110番通報をすべく、スマートフォンをポケットから――。
「……っ!?」
ない。
先までポケットに入れた筈のスマートフォンは何処へ――。
「お探し物はコレ?」
リオンが微笑みかける。
華奢な手には、確かに僕のスマートフォン!
「返せっ!」
「はーい」
言うとリオンは、スマートフォンを投げつけやがった! 慌ててどうにかキャッチ。ったく、画面が割れたらどうするつもり――。
「アハハッ」
すぐ目の前で、声がする。
いつの間にかリオンは、僕の目の前にいた。情けないことに、思わず腰を抜かしてしまう。
「な、何を――」
「しっかし」
僕は抗議しようとしたが、そんなのどこ吹く風と言わんばかりに何かを思案する様な顔をする。全く会話が成立しない。
一体この子、何を考えて――。
「忘れてるみたいだね」
……。
忘れてるみたいだね、だと?
まるで僕がリオンに、会った事があるとでも言うような口振りだ。
そんな筈はない。断じてない! あの新幹線で会ったのが初めてだ。……その筈、なのだ。
いや。自信を持て曲直瀬容。こんなの、ストーカーの戯言じゃないか。耳を貸すな、傾けさえするな。
だが、僕の両頬を包む様に、リオンは手を添える。
「いやー、そっかあ。忘れちゃったかあ。そんな顔してるし、多分本気だよね」
「……何、を」
「まあ、仕方ないか。あんなことがあったもん。しかし、いや〜、こんな所で出逢えるなんて! 人生、何が起きるか分からないってのは当にこのこと!」
「だから、何が――!」
もう何が何だか分からない。
突然基礎がぐらつき、僕が崩れそうになっている様な感覚。その感覚に引き摺られる様に、思わず脚がふらついて、ドアに背中を預けた。向こうの窓の中に収まる夕陽のオーシャンビューが、憎いほど綺麗に見える。
「ねえ、曲直瀬容」リオンが顔を寄せてくる。相変わらず、整った可愛らしい顔だった。小悪魔の様な笑みを、不気味に浮かべている。
心臓がドッ、ドッと胸を打つ――コイツは危険だ、逃げろと僕に警告する様に。だから今感じているこのドキドキ感は恋ではない。ただの恐怖だと分からせられる。
一歩も動けず、腰も抜けていた。吊橋効果も効かぬ程の得体の知れぬ恐怖が、僕の体を雁字搦めに縛り付けて、全く身動きを許さない。
「思い出させてあげよっか?」
――気付けば。
僕は何故か、うつ伏せで組み伏せられていた。背中から届く声で、リオンが馬乗りになっているのが分かる。
いつの間に!
僕は咄嗟に手脚をバタつかせる。なのに全く身動きが取れない。華奢な見た目だった筈なのに、物凄い力だった。
「も〜、逃げちゃダメだよ。せーっかく探し当てられたのに、逃す訳ないじゃん」
「僕を……探してたっ!?」
「そうだよ!」
アハハッ、とリオンは笑う。
「ずっとずっとずっとずっと、ずーっと探してたんだから。もう逃す訳ないじゃん。マ、ナ、セ!」
……もう僕は、声を出せなくなっていた。
奥手で臆病なのが裏目に出ている。有休1つ勝ち取るのだけでもアレだけ苦労した押しの弱さが。
――有休。
そうだ、有休。
折角あのクソ上司から勝ち取ったと言うのに、この良いホテルを取ったというのに、このままでは――っ!
その時。
コンコン、と扉が鳴り、続けて「ルームサービスです」と声が鳴った。上品な女性の声だった。
「……頼んでないけど」
リオンが言った。
……もしや。これは、思わぬ助けなのではないか?
そう思った僕は、決死の覚悟を決める。決心した途端、締まっていた筈の喉が不思議と開いた気がした。
「た、すけて、ください」
やはり、声が出る。
もうこの際、相手が誰だって構わない!
「あっ、ちょっと黙っ――」
「助けて下さいっ!」
次の瞬間。
「――良いですよ。ソイツ、ぶち殺して差し上げましょう」
上品な声と口調のまま、物騒な言葉が扉の向こうから聞こえ。
ものすごい音と共に、扉がまるまる1枚、剥ぎ取られた。
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