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征天霹靂X(13)

前話

13:海上サバト。再会。

 ……潮の香りと共に目覚める。
 そこは海の上だった――どうやら、また浮いているらしい。眼下にも眼前にも、夜闇に染められた海が広がっている。曇っているから月明かりはなく、空と海が淡く溶け合い、あわいさえ見えない。
 見えるのは、遠く離れた熱海のか細い灯りのみ……。
「あ、目覚めた」
 よく眠るよね〜、とくすくす微笑むリオン。
「ああ、お陰様で……」
 僕はもう混乱してなかった。混乱するには、あまりに感覚が麻痺してしまった。
 何せ、新幹線でナンパ紛いの脅しを喰らい。
 実はその少女が悪魔で。
 その対抗勢力が、僕を保護したと思えば殺してきて。
 そして僕は生き返った――イコール、僕も人間でない・・・・・・・ことが判明した。どころか、リオンと同じ、悪魔であることが。
「……セーレ・・・
 セーレ――ソロモン72柱の悪魔の1つ。
 それが、悪魔としての僕の名前。
「お! ようやく思い出した目覚めたんだね、セーレ」
 夜の闇の中、リオンは輝かしい笑顔を浮かべる。
「ああ、嫌でも思い出したよ。リオン――いや、ダンタリオン・・・・・・
 知識と幻術の権能を持つ、ソロモン72柱が1つ、ダンタリオン。
 ――淡侘理恩ダンタリオン
 それが彼女の真名。
 思えば最初から、答えは与えられていたのか。漢字の音読みを当て字にしただけの名前だったのだから。愚鈍すぎる僕は――人間会社においても鈍間で、悪魔であった時の記憶すら掠れていた僕は、全く気が付けなかった。
 それに、僕の名前だってそうだ。
 曲直瀬まなせいれ
 マナセ族の容れ物にして。
 真名まな、セーレ。
 馬鹿げたネーミングだ。しかしそれを言うと、気付かなかった僕はいよいよ大馬鹿者ということになってしまう。だから、ネーミングを野次るのはこのくらいにしておこう。
「……最初から」だから僕は話を続ける。「リオンは、曲直瀬容という人間ではなく、セーレという悪魔が狙いだったんだね」
「そゆこと!」
 でも、これであらゆることに説明がつく。
 冴えないおじさんである筈の僕に、美少女(悔しいが、美少女)のリオンがちょっかいをかけてきたことも。
 何をおいても、僕を独紋衆から救い出してくれたことも。
 そう。利が無ければ、悪魔は行動を起こさない。契約を結び、願いを対価に魂を喰らう悪魔らしい行動原理だ。
 よく分かる――自分も悪魔としての自我を取り戻したから。
 だからこそ、幾つかの謎がまだ残っている。
「その顔、まだ気になってることがある顔だね」
 見透かした様に言うリオン。だが、こんなことも驚くべきことじゃない――相手の心を読み取って願いを悟るのは、悪魔の基本技能だ。
「なら聞くけど」
「何なりと」
「何で出会い頭、僕が悪魔だってことを、教えなかったんだ?」
「まあ、そりゃあ――」

「お前、自分が悪魔だって知ったら、発狂しそうだろ?」

 ……ん?
 今、どこから声が聞こえた?
 この場には居ない筈の、低い男の声が聞こえたが……。
「ココだよ、ココ」
 ……。
 リオンの方から、声が……ッ!?
「うおっ!?」
「良いリアクションじゃねェか、セーレ」
 リオンの首に、口が!
 ……こいつは、流石に驚いた。しかもこの声、夢で見たあの悪魔――ウァサゴ。ワニに乗った、過去を知り未来を知る、全知・・にして前知・・の権能を持つソロモンの悪魔の1人。
 確かに、ウァサゴそのものであると僕は確信した。
 だがしかし、同時に、そんなことはあり得ないとも思う。
 ダンタリオンという悪魔にこんな権能は――悪魔を取り込んでしまう権能など、無い筈だからだ。
 まあ、頭が複数ある、ということなら伝承にあるけれど……。
「しかし」ウァサゴが僕の思考に割り込んでくる。「お前そんな声出せるんだな。悪魔の時は黙ってることが多かったからよ」
「……社会に、揉まれたからね。主張しなきゃ、潰されるだけだから」
 ……記憶に甦る、ブラック企業での日々。
 教育も十分になく、職人気質ばりに見聞きして覚えろと言われ、上司に怒鳴られ、社員に怒られ、色々やっても要領が悪くて何も上手くいかない。それは大体自分が悪いのだが、それはそれとして心は削られていった。その中で多少は話せる様になったけど。
 ……それはそれとて、ウァサゴの言う通りだ、とも思う。社会生活をしている中で、人間だと思い込んでいる自分が悪魔だと知ったら、僕は何をしていたか分かったものじゃない。
「で」とリオンが話を戻す。僕の意識も現実に引き戻される。「さっきも言ったけど、理由の1つはウァサゴの言う通り。あとは、荒療治・・・ってヤツかな――ほら、戦いの中で昔の記憶が目覚めた、みたいなのあるじゃん。ああ言う感じで蘇ったらいいなあ、って。その方が人間に敵意を抱きやすいし、それに――」
「それに?」
君たち男の子って、そういうの好きなんでしょ?」
 ……別にカッコいい覚醒の仕方でも何でもなかったけどな。
 大体。
「そういうのが好きなのは、漫画とか小説の中だからだ――当事者に置かれたいとは思わないモンなんだよ」
「だろうね〜。マナセのお蔭でまた1つ賢くなったよ!」
 リオンが小悪魔な――いや、最早悪魔な笑みを浮かべる。飽くなき知識欲を満たした顔だ。畜生、本当に悪魔をやってやがる。
 ……それはそれとして、この勢いで、次に気になることだ。
「それに、だ。普通の弾丸ならまだしも、僕、銀の弾丸を撃ち込まれたんだぞ。死んだらどうするつもりだったんだ」
 退魔の術式の刻み込まれた、銀の弾丸。悪魔の弱点と言い伝えられているそれを撃ち込まれて、無事な筈が――。
「あんなのじゃ死なないわよぉ」
 ねえ、ダンタリオン?
 そう言ったのは、リオンの頬が少し裂けて現れた口。口振りからして……アンドロマリウスか? これもソロモン72柱の1人で、断罪・・の権能を持つ。
「お久しぶりぃ、セーレ。羽虫と同レベくらいには逞しくなったんじゃない?」
「……どーも」
 ……何だかんだ言って、コイツ苦手なんだよな。何かにつけて嫌味な言葉を吐いてくる。態とじゃなくて、こういうヤツだから仕方ないんだけど。
 雰囲気が悪くなった気がしたが、リオンが咳払いでそれを破ってくれる。
「ま、死なない・・・・。アタシは幻視術使って避けてたからほぼノーダメージなんだけど、仮に喰らったとしても、暫く立ち上がることすらできないくらいだろうね――にしても、秘宝館の時は流石に堪えたね〜。頭踏み砕かれた程度じゃ復活するけど」
「……」
「それにああいうのはね、人間の創作物妄想の産物でしかないんだよ。こうあって欲しい、という願いくらいでしか、ね」
 だから、僕も死なずに済んだ、ってコトか。
 まあ確かに、独紋衆も言っていた――『まあ、アレで死なない可能性もあるから油断はできねえが。所詮伝承は伝承だ。過大解釈や拡大解釈があってもおかしくねえ』と。だから、ダメ元でもやってみたのだろう。
 流石に、頭を踏み砕かれても生き返るのは想定外だった様だが。
 にしても、だ。
「荒療治過ぎだろ。死ぬ思いしたんだぞ」
「ごめんごめん。でも、お蔭で思い出せたでしょ?」
「……」
 悪気のない笑顔。悪魔にこれ以上何言っても無駄か。
 ……あと、気になっていることは、やはり。
「僕を、どうするつもりだ」
 ――夢で見たことが本当なら。
 独紋衆の始祖とも言えるソロモン王は、僕達悪魔を封じ込めようとした。
 そこから逃れる様に、とある部族にそれぞれ身を潜めた。
 ルベン族、ナフタリ族、イッサカル族、マナセ族――歴史から姿を消した・・・・・・・・・部族達に。
 ――ソロモン王亡き後、紆余曲折あって、現在で言うイスラエルの地に居た12の部族は、散り散りになった。その内大半の10の部族は、ある時を境に行方知れずとなる。歴史学で『失われた10支族』と呼ばれている部族達だ。
 ……悪魔としての記憶を取り戻したからだろう。この辺りの知識がスラスラ出てくることに驚く。
 兎も角、残された悪魔達はその部族に身を潜め、封印されることを逃れた――のだろう。僕がその証拠だ。それにしてはとんだ寝坊助だった訳だが。
 ならば、その後――封印から逃れた後は何をするつもりだ?
 目の前の、ダンタリオンに吸収されているウァサゴとアンドロマリウスを見て、いよいよ分からなくなった。
「あははっ」
 すると、リオンは頬に現れた口や。
「色々疑問は尽きないだろうけど」
 首に現れた口を指さして。
「まずはこの口に関する答えだよね」
 なんと、服を脱ぎ始める――!
「な、なっ……!?」
 ふ、ふざけんな。いくら僕が悪魔だからといって、人間の頃に身につけちまった恥じらいってモンが……!
「良いから。見てみなって」
 ……。
 …………。
 ……ええと。
「…………良いんだな?」
「良いから早くして。……なんか逆に恥ずいじゃん」
 そこまで言うなら、と僕はリオンの体を見る。
 そこには。


口。
口。
口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口。


 リオンの口の他に、合計70個の口・・・・・が。
 リオンの裸体の至る所に現れていた。


to be continued...

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