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征天霹靂X(15)

前話

15:エクソサイド3日前。

「大丈夫ですかっ!?」
「ああ……支障は無いぜ、はぽみ」
 めちゃくちゃに荒らされたカラオケルーム。床にぶち撒けられすっかり冷めた食事を横に、鶯雀うぐいすずめは漸く受け応えができるまでに回復した。並の人間とは思えぬ回復速度であるが、これはひとえに体内を巡る退魔のエネルギーによるもの――らしい、と鶯雀は聞いている。
 兎も角も、回復はした。業務に支障は無い。
 若干のフラつきを覚えながらも、鶯雀は立ち上がる。仕事はまだ終わっていない。
「……しかし」
 鶯雀は、床に転がる生首に、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 よくも、俺の仲間をこんな目に遭わせたな。
 悪魔め。絶対にお前らを殺してやる。

 自身の力量不足から来る不甲斐なさを、悪魔への憎悪に混ぜ込みながら、あの時のリオン――淡侘理恩ダンタリオンの姿を思い浮かべていた。
 頬と首にそれぞれ口があり、髪の毛を蛇の様にうねらせる怪物の姿。
 アレは一体何なんだ。
 仮にあの悪魔――ダンタリオンそのものだったとして、読んできた文献と大分姿が異なる。
「なあ、はぽみ」
「…………何でございますか。あと、名前。仏の顔も3度までで御座います――次は、頭殴りますよ?」
「……分かったよ」
 最早3度どころではないくらい、今までも許して貰ってるが――という言葉も腹の内に収めた。流石に脳震盪明けの頭に殴打はキツい。
「お前、あの悪魔見たよな?」
「はい」
「アレ、ダンタリオンだと思うか?」
 考え、少し黙ってから、尺は。
「……断言できません・・・・・・・
 そう答えた。
わたくし達の情報――『ゴエティア』によれば、ダンタリオンは複数の頭を持ち、本を持つ、知恵と幻術の悪魔の筈でございます。口だけを顕現させ、髪をあのようにうねらせる、というのはいささか……」
「だよな」
 『ゴエティア』。
 17世紀から伝わる、作者不明の魔術書グリモワール、『レメゲトン』の1つ。しかしてその実態は、亡きソロモン王の意志を継ぐ独紋衆どくもんしゅうの手により書かれた、対悪魔の情報書。
 その他にも、悪魔についての書物は出版されたが、これは独紋衆でない人間の書いた二次創作・・・・だと、独紋衆は見ている。当時は活版印刷技術が誕生し、印刷物が隆盛を極めていた背景もあってのことだ、という推測付きで。
 閑話休題。
 さて、『ゴエティア』と全く様相を異にするあの悪魔は、本当にダンタリオンか。ダンタリオンでないとすれば――最悪別物・・だとすれば、この戦いは全くの振り出しに戻る。
 何故なら、悪魔との戦いにおいて肝要なのは、悪魔の権能を知ることだからだ。敵を知り己を知れば云々とあるように。悪魔の権能次第では、何も知らぬまま特攻すれば完全に翻弄されてしまい、倒すどころではなくなる。
 その意味で、『ゴエティア』は真の意味でのカンニングシートチートだったのに――。

「しけた面をしとるのぅ」

 カラオケルームに、しゃがれた声が響く。
 その声に尺と鶯雀はすぐさま振り向き、ひざまずいた。その先に、立派な白髭を蓄え、杖をついて歩く和装の老人。
「ルプラス様……!」
「そんな畏まらんで良いわ」
 ほっほっ、と笑いで皺が寄る老人・ルプラス。彼は、独紋衆を含めたソロモンの意志を継ぐ世界集団の長であり、世界に点在する退魔士エクソシストの力の源たる退魔術を編み出したその人である。
「それより、報告を」
「「はい」」
 命令に従い、尺と鶯雀は熱海で起きた悪魔との戦について洗いざらい報告した。悪魔を討伐できなかった咎を受けようとも、今は全ての情報を開示していち早く対処する方が先決だと判断する。
 その報告を受け、ルプラスは「ふむ」と白髭を指でなぞる。
「確かに、『ゴエティア』の記述と相違するのう。或いは、擬態の術でも覚えたか……?」
 擬態の線は十分あり得る話だった。何せダンタリオンは知識と、幻術・・の悪魔。顔が複数あっては一発で悪魔だと分かってしまう。だから人間らしく見えるように擬態した――とすれば理屈は通る。
 先にも言った通り、悪魔の戦いにおいて肝要なのは悪魔の正体を看破し、権能を知ることである。ダンタリオンはこれを防ごうと擬態をした、となれば更にルプラスの論が補強される。
 流石に百戦錬磨の退魔師だ、と2人は感心していたが。
「じゃが、それは実際会ってみんと何とも言えんな」とルプラス。1つの推測だけを前提に戦を進めても、仮にその推測が誤った時に大損害を被る――それをもルプラスは知っている。
 おい、とルプラスは背後にいる三つ編み赤毛の女性に呼びかける。
「仕事じゃ。悪魔探知を頼む」
「イェース! このアセロラオリオン・チェリーショットにお任せアレッ!」
 右手のピースと右目のウインク。可愛らし過ぎるあざとい程にそれをした、三つ編み赤毛の女性、アセロラオリオン・チェリーショット――当然偽名――は返答する。
 ふざけた名前にふざけた態度の彼女は、そこそこの数の人に距離を置かれながら、折り紙付きの実力で一目置かれてもいる変人、と尺と鶯雀は聞いている。こうして会うのは2人とも初めてだ。
「ヨシッ!」
 件のアセロラオリオンは、その場で座禅を組み。
「――臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前ッ!」
 何故か退魔術と何の関係もない九字護身法を、完璧な手印と共に唱え。
「……ウニャニャッ」
 謎の声を上げ、それきり座禅ポーズのまま黙ってしまった。
「……あの、ルプラス様。大丈夫なのでしょうか」
 尺が、本人を前にしながらも、流石に不安になってルプラスに尋ねると。
「気にするでない。特にコイツのポーズとかけ声に意味はないのでな」
「……」
 じゃあ何でやってるんだ、という追及ツッコミはよしておくことにした。なんだか、踏み込んではいけない空気を感じたからだ。
 ともあれ、あの奇妙なかけ声や手印を気にするな――ということであれば、今アセロラオリオンがやっているのは、ルプラスの言った通り悪魔探知・・・・である。
 悪魔は、人間とは異なる特有のエネルギーを持っている。そのエネルギーの残滓や隠し切れない漏出を探知するのが、悪魔探知の術だ。独紋衆の人間はこのお蔭で、両目で見た対象を悪魔か人間かが判別できる。
 が、ごく一部の人間のみ、離れた場所にいる悪魔の居場所を探れる者がいる。更に、その探知範囲はピンキリだ。
 その中で、アセロラオリオン・チェリーショットの探知範囲は、本気を出せば日本全土・・・・を覆える程に広い。まさしく破格の能力だった。
 だから。
「……んー?」
 アセロラオリオンが首を傾げるのは、それだけで異常事態であった。
 それはつまり。
「……日本にいない・・・・・・?」
 この数分間に、悪魔2人が日本から姿を消したということを指す。
 普通なら困惑するところだが。
(……ふむ)
 ルプラスはその言葉を聞いて即座に頭を回し始める。
(ダンタリオンと推定される悪魔には、瞬間移動の権能は無い。基本技能として空は飛べるが、速度は飛行機に遠く及ばない故、この数分で姿を消すのはどだい不可能だろう。なれば――)
 頭の中に記憶した『ゴエティア』のページを高速で繰る。この芸当ができる悪魔は――。
(――成程、セーレ・・・か)
 一瞬で答えに辿り着く。ルプラスはほくそ笑んだ。
 また厄介なヤツを仲間に引き入れたものだ。しかしその推測が正解なら、対策のしようはある――セーレの権能も『ゴエティア先人の知恵』のお蔭で割れているからだ。
「……えーと、ルプラス=サン、どうしまショ?」
 そんなルプラスへ、アセロラオリオンは困った様に苦笑して尋ねる。ルプラスはその質問に即答した。
「簡単だ――指名手配以外あるまい」
 スマートフォンを取り出し、高速でフリック操作。全世界に散っている独紋衆の面々への文面を、ものの数秒で打ち込んだ。

悪魔2体、日本国より逃亡
見つけ次第報告せよ

 送信ボタンをタップ。数秒後、カラオケルームにいる独紋衆のスマートフォン(尺はぽみのみ、ガラケー)にも着信音が響いた。
「さて、これから忙しくなるぞ」
 スマートフォンを和装の内ポケットにしまい、ルプラスはカラオケルームから歩き去る。他の独紋衆の面々もついていき、尺と鶯雀もそれに従う。

 かくして。
 長いようで短かった熱海の1日を経て、ダンタリオン率いる悪魔と、独紋衆との闘い――後の世で『エクソサイド』と呼ばれる戦争が始まる。
 その火蓋は、この日から僅か3日後。
 ヴァチカン市国が崩壊・・・・・・・・・・することで、切って落とされることとなった。



FiRST CHAPTER
" The Prince Awakes."
is the END.

Let's start EXOCIDE, guys.

(第2章につづく)

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