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征天霹靂X(5)

前話

5:JK vs 八尺様擬き。

 扉が剥ぎ取られた・・・・・・
 これは比喩でも何でもなく、正確な表現だと思う。
 扉は殴打や蹴りで破砕されたのでもなく、人間が通れる程度の穴を開けるため切断されたのでもなく、扉1枚がそのままの形で全て取り払われていた。
 途轍もない腕力だ。
 とても人間とは思えない。
 その腕力を振るったのは、高身長の女性。フリルのついた白いシルクハットから艶のある黒髪が流れ、白無垢のワンピースにかかっている。
 ……今、何かと流行りの八尺様みたいだ。
 まさか、本当に八尺様ではあるまいな――?
「……ふーむ。助けを呼ばれたのは、貴方ですね? 名前も知らぬ青年」
 言いながら女性は、小首を傾げて尋ねる。僕は辛うじて頷く。
 すると女性は、一瞬困惑した顔を浮かべたが、すぐお淑やかに微笑んで。
「では、少々お待ち下さいませ」
 扉を構える。
 次の瞬間、リオンが飛び掛かり、蹴りで扉を真っ二つにした。
 獰猛に笑むリオン――だがそこに、女性の姿はない!
「なっ――!?」

「短絡的、でございますね」

 扉は目眩し――囮にした扉のすぐ隣に立つ女性が、腰を落として拳を構えている。
 そして知覚できないスピードで、リオンの顔を殴った。壮絶な殴打音と同時、リオンはホテルの廊下を2度、3度跳ね、壁に激突。
 ……何が起きてるのかは以上の通りだが、最早頭がバグりそうだった。ストーカー(かもしれないがほぼ確定的な)JKに、場所も名前も特定されて組み伏せられ、清楚そうな女性が清楚の「せ」の字も無いような暴虐を振るう。
 現実みが全くない。いっそよく出来たVR映像と言われた方がまだ納得できるレベルだ――。
「さて、名前も知らない青年」
 僕の名前を呼びながらも、女性の視線は常に、リオンの飛んでいった方向を見ている。
「暫く隠れていて下さい。ここはわたくしがやり過ごします」
「……あ、あの」
「説明は後です」
 そう言った途端、女性は胸の前で腕をクロスする。その腕目掛け、リオンの飛び蹴りが炸裂。女性は少し後退する。
 リオンは着地する。あれだけ派手に殴られて傷一つなくピンピンしている――そこまで認識した所で僕は目を逸らした。殴り飛ばされた影響か、バスローブが脱げて一糸纏わぬ姿になっていたからだ。
 …………リオンの体は、程よい膨らみとくびれのある、綺麗な体をしていた。
「あーあ。乙女の顔を傷つけるなんて、万死に値するよ?」
「お黙りなさい売女風情クソビッチ。万死に値するのは貴女の方です」
「ふーん。万死に値することなんてしたかなあ? ……あ、ソイツをストーカーしたからとか?」
シラを切る・・・・・つもりですか」
 ……シラを切る?
「まあ、良いでしょう」女性は再び構える。「本気を出さないなら、ここでぶち殺すまでです」
 ……。
 殺す?
 そういや、扉を壊す前にも殺す、って言ってたような……。
 え、いや。
 待て待て待て。
 殺す・・、のか?
 そんな物騒な言葉を言われたのに、リオンは嘲笑を崩さない。
「やれるもんならやってみなよ――この殴打の型と威力、どーせ『しゃく家』の人間でしょ?」
「……ご存知でしたか」
 ……もう僕は置いてけぼりにされていた。新情報があまりに多すぎる。
 僕にできるのは、精々趨勢を見守ることくらいだけになってきた。
「知ってるよ〜。大抵のことは、ね。『独紋衆どくもんしゅう』の一派、武闘派の『尺家』。全く、こんな極東の地にまで根を張ってるとか、ご苦労なことで」
「ご心配、痛み入ります」
「心配してないよ〜。ただ――

うざったいな、って思っただけ♪」

 リオンは、いつの間にか女性の背後を・・・・・・取っていた・・・・・。それはまさしく、瞬間移動と言っても差し支えないモノだった。しかも素裸であった筈のリオンは、服を――白い服にライダージャケット、ホットパンツという、出会った時の衣装を身に纏っている。
 全く、一体何がどうなっている!
 僕が動揺するそばで、女性は襲い来る殴打をダンスでもする様にくるりと躱す。ワンピースから伸びるすらりとした脚で、カウンターの蹴りを浴びせた。
「っ!」
 蹴りで再び吹き飛ばされるが、リオンにはあまり効いていない様子。再び一瞬で、女性の眼前に現れる。対する女性は全く驚愕せず、軽々攻撃をいなしていく。
 殴打されても叩き落とし。
 突進されても蹴り倒し。
 背後を取られても躱す。
 明らかに女性優勢。だが一方で、リオンも余裕そうだった。
「――やはり、本気を出さないのですね」
「所詮『尺家』の人間の殴打なんて、効くわけないじゃん」
「そんな筈ないでしょうに」
 言うと女性は、指先を口に当てて優雅そうに微笑む。
わたくし達『尺家』の打撃は、肉体ではなく魂そのもの・・・・・への打撃。少なくとも、ダメージは蓄積されている筈です」
「……んふふ」
 リオンも拳を口に当てて卑俗に笑う。あんまりに電波オカルトなことを言うからリオンは笑ったのだ――そうあって欲しかったが、どうも違う様だった。
「んふふふふっ! アンタさあ、もしかして戦闘慣れしてない・・・・・・・・でしょ! だからもう一度言ったげるよ――『尺家』の人間の殴打なんて、効くわけ無いじゃん」
 じゃあ、そんな訳で。
 と、言いながらリオンはいつの間にか僕の背に立ち、襟を掴んでいた。また、瞬間移動!
 そしてそのまま、僕の体は途轍もない力でリオンによって引っ張られ。
「折角旅してるんだからさ――邪魔しないで欲しーんだよね!」
 じゃあね、と言いながら、リオンは窓を開ける。
 ……窓を、開ける?
 待て。
 待て待て待て!
 嘘だろ!
 ここ、5階・・――ッ!!
「2度と出てくんな、『尺家』の未熟者ッ!」
 ――僕の記憶は、5階から飛び降りた所で途切れた。
 記憶の途切れるきわに覚えていたのは、リオンが5階に向けて中指を立てている所だった。

「――逃しました、か」
 扉が破壊され、窓が破砕されたホテルの一室で、八尺様然の女性――しゃくはぽみが二つ折りの携帯電話をぱかりと開く。電話帳のボタンを押し、何度かボタンを押して下へ繰る。該当する連絡先を押して、耳へ携帯を押し当てた。
 コール音が鳴る間もなく、相手が出る。
『あいよ』
「息災かしら、鶯雀うぐいすずめ
『元気モリモリさ、はぽみ』
 尺はふぅ、と上品に溜息をつく。
「下の名前で呼ぶのはお止めになって」
『何でだよ、カワイイじゃねぇのさ』
「恥ずかしいのですよ。そろそろお分かりになって。それより――」
『分ぁってるよ』
 電話向こうの筋骨隆々の男――鶯雀うぐいすずめ鷹鳶たかとびは、少し離れたホテルの屋上で、ライフルスコープを覗いていた。当然にして銃刀法違反だが、彼にとってはどうでも良かった――彼にとって銃刀法違反は、『立入禁止』の警告看板を乗り越え、屋上へ不法侵入するのと同じくらいの重みでしかない。
『はぽみ、目が弱い・・・・もんなぁ。昔、修行サボってお忍びで街に出ては、ひたすら駄菓子屋を渡り歩いてたツケが回ったな』
「……ですから何故恥ずかしい記憶を覚えてらっしゃるのですかこの独活の大木でくのぼう。そろそろ怒りますよ」
『怒ってんじゃねえか。ぷんぷんしてカワイイ奴め』
「誰のせいですか、誰の!」
『ま、それはさておき』
 半ば強引に話を戻す鶯雀は、隣に置いたスマートフォン越しに告げる。
『今は任せとけ。この俺様にな』
「…………ええ。頼みましたわ。その目、信頼しておりますから」
『おいおい。ソイツは――』
「それと」
 尚も会話を続けようとした鶯雀の会話を、半ば強引にぶった切った。常にこんな感じなので、2人はそういう・・・・仲なのではないかと裏で噂されることもあるが、そんなことはなく只の幼馴染だと否定し続けている。尺の方が。
「ヤツの隣に、青年が居ました。彼のことも何とかしなくてはなりません」
『……何だ、恋でもしたのか?』
「……電話切りますよ?」
『冗談だって』
 咳払いをして、鶯雀は続ける。
『ま、俺がどうこうするよかマシ・・な気はするからな。取り敢えず、その青年のことも頼んだぜ』
「ええ」
 そうして通話は終わった。通話終了ボタンを押す。それから不似合いな程大きなシルクハットを目深に被り直す。
 途端、間もなく。

♪ピロリン。ユーゴッタメールYou gotta mail!♪

 旧式の携帯電話から、古めかしい着信音が鳴る。
 それが、任務再開の合図。
「――さて、追いかけましょう。そして今度こそ、ぶち殺します」
 ありがとうございます、鶯雀。
 お蔭で今度は上手くいきそうです。
 先程の短いやり取りで何かを掴んだ尺は、窓の外へ出て壁を掴む。蜥蜴の如く壁を指の力だけでよじ登り、ものの数秒で屋上へ。
 それから、ワンピースの裾を左右それぞれ指で摘み上げ、屋上を伝って駈けてゆく。あまりの速さと非日常さに、熱海で彼女の姿に気付いた人間は、誰1人いない。


to be continued...

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