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征天霹靂X(14)

前話

14:海上サバト。悪魔の目的。

 絶句した。
 それ以外にできた反応とすれば気絶だが、この1日での異常な経験の数々が途絶えさせたのは、精々言葉くらいなものだった。
 JKの滑らかで細い体も、ささやかな膨らみや窪みも、何もそそられない。
 それだけ全身に、70もの口が蠢いていた。

「セーレだぁ」
「久しぶりだな」
「ったく探したんだぜ。人間臭くなりやがって。おえー」
「しおかぜおいしい」
「お腹すいたわ、魂は無いかしら」
「人間人間人間人間魂魂魂魂」

 ……何だ、これは。
 こんな悍ましい光景が、この世にあってなるものか!
 それに、何であの時――秘宝館で戦っている時は、その口を出していなかった?
切り札・・・なんだよ、人間に対してのね」
「……切り札?」
「そ。アタシはね、悪魔達と契約・・・・・・してこの体にぜーんぶ・・・・取り込んだ・・・・・の。セーレ、君以外をね」
 ……取り込んだ?
 人間と結ぶべき契約を悪魔と結び、その魂を喰らって、悪魔を体に宿した?
 こいつ、何を言って――。
「悪魔を取り込む時は、当然権能ごと――だからアタシは今、ソロモン72柱の悪魔・・・・・・・・・・そのほとんどの権能を・・・・・・・・・・行使できる・・・・・
 ……化け物。
 数時間前、熱海上空で思っていたことを、ふっと思い出す。人間の枠をはみ出た力を行使するヤツは、『化け物』か『神』と称されると。
 リオンは明らかに神ではなかった。悪魔と呼ぶにも、あまりに悍ましかった。
 あくまで悪魔の僕からしても、リオンは化け物としか形容しようがない。
 圧倒される僕を前に、リオンの腹辺りにある口が開く。

「だからね」
「君にもね、ここに加わって欲しいの」
「おいでよ」
「おいでよ」
「来いよ。中々楽しいぞ?」

 リオンと体についた口共が、文字通り口々に僕に告げる。
 ……さっき、熱海上空でのやり取りを思い出したからか、そこに関する疑問も鮮明になった。即ち、何故リオンは自らを悪魔ではなく神と偽ったか。
 その方が、契約成立し易いからに過ぎない――所謂、『ウケが良い』というヤツだ。悪魔と好き好んで契約するヤツは少ないが、相手が神なら好き好んで願う者は多いだろう。
 翻って、目の前のリオンと――こんな化け物と契約するヤツなんて、この世にいない。
 だから、打率の高い神の身分を偽った。
 悪魔らしい打算的な判断で。
 あまりに酷い話だと思ったし、僕みたいなこういうヤツが社会のカモにされるんだろうな、と思った。

 まあでも、リオンが悪魔でも、その時に契約していたと思うけど。
 願いたいことが、僕にはあるから。
 例えば――勤めてる会社が物理的にも社会的にも爆発四散して欲しい、とか。

 ……それはさておき。
 リオンの提案した契約を結ぶということは、つまり。 
「……僕に、只の口になれってか?」
「いや?」不安を払拭させる様な微笑みを湛える。「ちゃんと自我はあるし、意識を入れ替えることは可能だよ?」
 例えば、と言った途端――リオンの言葉が途切れた。
 そして、しなやかなJKの体から筋肉が盛り上がり、男性的な体つきへ。髪の毛も収縮して短髪になり、色も黒から白へ。つるっとした小顔は面長くなり、皺も増えていく。
 目の前に、男性の悪魔が顕現した。
 そして僕は当然、彼を知っている――忘れる筈がない。
「……バアル・・・、様?」
「久しいな、セーレ」
 ソロモンの悪魔72柱、序列1位の絶対的悪魔――バアル。
 いや、待て。
 バアル様も、取り込まれてるというのか?
 記憶違いでなければ、リオンは――ダンタリオンは序列にして71位の筈なのに。
 1位の悪魔が、71位の悪魔の軍門にくだった?
 それこそ議論の必要もない程下らない推測だ。バアル様の権能は戦の権能・・・・。まともに戦って勝てる筈が無い。
 或いは、他の悪魔の権能を複数持っていれば、勝つことが可能なのか?
 ともあれ。
「……バアル様」
 今大事なのは、過去じゃない。
「何だ」
「あなた方は、何が目的なのですか」
 未来の話だ。
「目的、か」
 セーレよ、とバアル様は続ける。
「余程この風体が奇妙に見えると見た――兎も角。お前の質問に答えてやろう、セーレ。悪魔が合一し、権能を掻き集め、神にも等しい化け物じみた力を手にしてまで――それでも目指したいことは、唯一つよ」
 それは。



世界征服・・・・


 あまりに月並みテンプレな、しかし遠大で壮大な野望。
「……世界、征服?」
「左様。セーレ、お前は儂ら悪魔がソロモンに如何されたか、分かっておるだろう?」
「……封印」
 鶯雀うぐいすずめさんから、カラオケルームで聞いた話だ。
「そうだ――儂らを小間使いとして使いながら、危険と断じて封印した。正確には、ソロモンも老いぼれた・・・・・のだな」
 ハハハ、とバアル様は笑う。
「つまり、自身で悪魔を制御するのは難しいと断じたのだろう。儂らを封印し、湖に沈めた――だが、それを誰かが拾い上げ、封印を解いた」
 同じ話は、あのカラオケルームで鶯雀さんから聞いている。
「その誰かが、封印から逃れた悪魔の内の誰かだったのだ」
 ……『失われた10支族』に混じって逃れた、4人の悪魔。
 僕、セーレ。そしてウァサゴ、アンドロマリウス、ダンタリオン。
 この中の誰かが。
 僕はあり得ないだろう。呑気に3000年間も眠りこけていたのだから。だから、やるとしたらこの3人の誰か。
 1番可能性があるのは、まあ、ダンタリオンだろう。
 彼女が封印を解いた。その恩義にはバアル様とて逆らえず、契約で彼女の体に取り込まれた。これが流れとして1番自然だ。
「散々こき使われるだけこき使われ、封印された儂らは、怒りを煮えたぎらせていた。……この3000年間ずっとだ」
「……だから、復讐ですか」
 その為の、世界征服。
「そうだ」
 分かっているじゃないか、とバアル様。
「憎き人間共に、復讐をしてやろうではないか。セーレ、お前も人間には散々こき使われたであろう?」
「……」
 あの会社での、数々の罵声が甦る。

 『小学生でも出来ることがどうしてお前にはできない?』
 『お前にどれだけの採用費をかけたと思ってるんだ。そんなんじゃ困るんだよ。なあ?』
 『有休? 理由は? 答えろ――教えたよな? 有休使う様な奴は、居ても居なくても同じだって』

 ……居ても居なくても、同じ。
 そうだ。そうだった。
 僕は、人間界に居ても居なくても、どちらでも――。

 ピリリリリ。

 その時、僕のポケットから着信音。
 スマホだ。
 こんな夜も深まる時間に、一体誰が……。
 ……。
「……嘘だろ」
 通知画面にあったのは、紛れもなく、僕の勤める会社の電話番号。
 会社に、僕のプライベート携帯の番号は伝えていない。
 まさか――探し当てたとでも言うのか?
 悪魔なんかより余程悍ましいものを感じて、背筋に寒気が走った。
「出ても良いぞ」
 バアル様が言う。確かに、何の用だ。もし、会社で重大な問題が起きてたら大変だし……。
 電話に、出てみる。
「……もしも――」
『やっと探し当てた』
 紛れもない。
 上司の、声。
『社用携帯に一切出なかったからな。心配したんだぞ』
 ……今から、家にある社用携帯の通知欄を見るのが、恐ろしい。
 帰りたくない。
『今後、何かあったらここに電話をかけられるな。……仕事に休みはないのだから』
 プライベートが侵食される音がする。
『ところで、聞きたいことが』
 嫌だ。
 もう嫌だ。
 嫌になったから、遥々熱海まで逃げて来たのに。
 まるで、逃げられない。
 逃げるには――。

 ――世界征服。

 創作作品の中でしか見たことのない、馬鹿げた程に遠大で壮大な野望。
 ……ああ、そうか。
 そうだな。
 逃げるのではない。
 むしろ立ち向かって、逆らえないように、支配してしまえば良い。
 世界の、全てを。
「……あの」
『何だ。俺は忙し――』
「今日限りで退職します」
『……は?』
 素っ頓狂な上司の声。初めて聴いた。僕は笑いそうになるのを我慢して、最後まで言い切る。
「今までお世話になりました――この仇は、必ず」
 お前らに恩なんて、感じたことも無いからな。旅の始まりの、あの綺麗な青空を知らないお前らに。
 電話口の向こうで何か怒りをぶつけられたが、構わず切った。そしてスマートフォンを眼下の海へ落とす。防水対応じゃないからじき壊れるだろう。
「……バアル様」
「ふむ」腕組み微笑むバアル様。「しかし手を組むなら儂らを救い出したコイツに言ってくれ」
 そう言って、また体の形状が変わる。
 リオンに、戻ってゆく。
「……リオン」
「っと。全部聞いてたよ――決心はついたかな?」
「ああ」
 僕は。
「リオン達に、くみするよ」
「セーレなら、そう言ってくれると思った!」
 さあ、と。
 リオンは僕に手を伸ばす。
 その笑顔が、あまりに眩しくて、一瞬目を逸らしてしまったけれど。
 僕はその手を、確かに取った。
「……とは言え、取り込む時なんだけどね」
「まだ何かあるのか――ってそうか」
 契約。
 願いの成就を対価に、魂を戴く手続き。
 それが必要だと、リオンは言っていた。
「セーレには、何か願いはある?」
「ああ」
 会社を爆発させたいという願いは、たった今無くなった。世界ごと支配してしまえば、そんな願いはちっぽけだ。
 それに、もっとやりたいことなら他にある。
 思えば、この旅の最初からこう思っていた。
 初心に帰って、願いを告げる。


「……何にも縛られない、旅がしたい」

「ふふっ。セーレらしい・・・・・・ね」
 リオンは、屈託のない笑みを浮かべ。
「じゃあ、行こっか!」
 手を、優しく握った。
 背後に優しい光が差す。朝日が、新しい1日の始まりを告げていた。
 世界にとっても、僕にとっても、新しい1日の始まりを。

 朝日に照らされた海の情景は、とても綺麗だ。
 やはり旅の始まりは、こうでなくては――改めてそう思う程に。


to be continued...

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