征天霹靂X(9)
9:ソロモンと悪魔。
「俺達はソロモン王の意思を継いだ集団、もじって名付けて『独紋衆』。俺らは、対魔の術を用いて悪魔を退治する集団なんだ」
鶯雀さんは、確かにそう言った。
ソロモン王の意思を継いだ、悪魔を退治する集団。
悪魔。
ソロモンの――72柱の、悪魔。
「ソロモンの悪魔は知ってるか?」
鶯雀さんが尋ねる。まあ、ゲームとかでも度々モデルになってるから知ってはいる。人理を救うあのゲームとか、ソロモンの悪魔をそのまんまモチーフにしたヤツとか。
「知っては、います。確か、ソロモン王が封印した、72柱の悪魔、ということくらいは……」
「合ってるぞ――半分は」
……半分?
「ソロモンは元々、その悪魔達――元は悪霊だったソイツらを使役していた、という事実は知ってるか?」
「……封印前に、ですか?」
それは、知らなかった。
てっきり、悪魔を封印したソロモンの英雄譚的なものかと思っていた。
「すっかり偽典――つまりニセモノと認定された本に『ソロモンの聖約』というものがある。ソロモン王は大天使ミカエルから指輪を授かり、その指輪の力で悪魔達を使役して神殿を建てた、とか。大体合っているが、そんな逸話があるくらいだ」
パシリ、ってのはこれまた凄い表現だ。しかし、それだけ指輪の力は強力だったのだろう。
「だけどな」
鶯雀さんは指をまた1つ立てた。尺さんはその隣で芋餅をもちもちと食べ続けている。
「ソロモン王は、その悪魔達合計72柱を、全て封印しちまった。悪魔を騙して容器に詰め、絶対に人が見つけ出せないような深い湖に沈めてな――使役するための指輪も、誰にも場所を伝えず破棄したって話だ」
「……何故」
「その理由は書物には残ってねえが、ま、危険だったんだろ。悪魔は、使役するには人の手に余りすぎるってコトだ」
ほら、食べな。
鶯雀さんがカリカリに揚がったチーズ棒をくれる。ケチャップを付けながら食べた。美味いが、社畜の弱った胃にはガツンと来る代物だった。
「で、ある日、どっかの馬鹿が湖からその容器を引っ張り上げ、封印を解いちまった。解き放たれた72柱の悪魔はそのまま外を跋扈してる――ってワケだよ」
今もな、と歯軋りをする鶯雀さん。
ここまで聞いて、何となく分かった。
ソロモン王の意思を継いだ。それは、悪魔を残らず封印するか――排除するという意味。
そして。
「リオンも、その悪魔の1人……」
「そうだ。アイツは神様なんかじゃねえ。人の弱みにつけ込んで、魂を対価に願いを叶えさせようとする化け物だよ」
小悪魔みたいな笑顔を思い出す。
しかし、『みたいな』どころの話ではなかった――彼女は、正真正銘の悪魔だったのだ。
あの空の上――熱海秘宝館に墜落する前、願いを叶えさせようとしたのは、僕の魂を狙っていたからなのだろう。
であれば、ずっと謎であった、僕を狙う動機はある。
すなわち、食事。僕の魂を喰らうために擦り寄ったのだとしたら、それは大分頷ける。それに、僕は正しく格好の餌だったのだろう――つけ込める弱みが多すぎる。
それにしても、何故、この僕なのだろうか。
他にも沢山、魂を食べる対象なんていそうなものなのに、何故冴えない『おじさん』である所の僕を狙ったのか。
それに、何故かリオンからは、僕を守ろうとする意志も感じる。尺さんに襲われた時、僕を置いていくこともできたのに、わざわざ守って、剰え連れて行かれたのだから。それだけ僕の魂は魅力的だったのだろうか……。
「その化け物を殺すために、俺らは幾つか力を身に付けた。俺のぶっ放した銀の弾丸もその1つだ」
銀の弾丸。
悪魔には、銀の弾丸――退魔の弾丸が効く。古くから言い伝えられてきたことは本当らしい。
「しっかし、上手く頭に刺さってくれて助かったぜ――まあ、アレで死なない可能性もあるから油断はできねえが。所詮伝承は伝承だ。過大解釈や拡大解釈があってもおかしくねえ」
「ですから、頭を踏み砕いて参りました」
芋餅を食べながら、尺さんはさらりと告げる。鶯雀さんは「流石だな」と頷きながら話を続ける。
「だから俺ら自身も力を身につけている。所謂退魔術から、身体能力の底上げまでな。例えばこの目」
両目を指さす。確か、尺さんの『目が弱い』という言葉があった気がするが――。
「この目は、人間に擬態した悪魔を瞬時に峻別できる。無論、これには訓練が必要な訳だが――」
ちらり、と尺さんの方を見る。尺さんから、何かの念を押すような厳しい眼差しを感じる。相当、隠したい何かがあるのだろう。
「…………兎に角」なんか妙な間をあけてから、鶯雀さんは続ける。「その峻別能力は人それぞれだ。俺は特別目が良い方なんだぜ」
「だから」鶯雀さんの隣の長いバッグに目を向ける。「鶯雀さんは、スナイパーなんですね」
「その通りだ」
一方で、と尺さんを指さす。
「はぽ――尺はフィジカル面では最強だ。普通に悪魔と肉弾戦でやり合うだけの力が備わってる。それに、ただ体術が強いだけじゃない。その体術に退魔の術式が乗っている」
まあ、アレだけ強ければなあ、と戦闘の様子を思い出した。男根を粉砕する尺さんの図が思い出される。……また気付けば股間を押さえていた。
ともあれ、これで全容は大体押さえられたか。結果、これまで僕の知ってきたことが全てひっくり返ることとなってしまった。正直頭が混乱してて纏まらない。整理せねば。
……その時。
ふと、あの上空で行ったリオンとの会話を思い出す。
リオンは、神ではなかった。
つまり、あの会話は嘘八百だった訳だ。
しかしそれでも、僕が過去の記憶を喪失しているのは、紛れもない事実なのだ。
ならば――何故僕は、記憶を喪失している?
リオンは――あの悪魔は、その理由も知っているのだろうか?
「……どうした、マナセ」
「あ、いえ……」
言おうかどうか迷った。
だが、リオンと過ごした少しばかり――そう、ほんの数時間ばかりの時間の影響か、僕は口に出してしまうことにした。
「……実は、過去の記憶が、無いんです。気づいたのが今日で……」
「重大じゃねえの……しかしよくそんな落ち着いてられんなァ」
俺だったら気が気じゃないぜ、と鶯雀さん。それはそうかもしれない。
でもそれが霞んでしまうくらい、今日は色々あり過ぎた。もう疲れた。今日はこのまま眠ってしまいたい。
「……しかし、そうか」
と。
その時、ピザを半枚剥ぎ取りながら、鶯雀さんが神妙な面持ちで言った。
何かを、納得したかの様に。
「……あの、何か」
「ん、いや、納得いったんだよ。
――お前が、記憶失ってる理由に」
……え?
今、聞き間違いじゃないよな?
「……記憶喪失の理由、分かるんですか!?」
あまりにも、青天の霹靂過ぎた。
思わず大声を出してしまったが、怯む様子もなく鶯雀さんは続ける。
「簡単なコトだよ――むしろ、その情報を出してくれたお蔭で、全てのピースが嵌った」
苦笑を、浮かべながら。
隣を見れば、尺さんも困った顔をしている。
僕にはその苦笑の真意が分からなかった。
しかし、どうでも良い。
推測でも何でも、聞きたい。
安心したい、というよりは興味関心に近いのだが……。
「それは一体――?」
「今教えてやる」
手、出してみろ。
そう言うと、鶯雀さんは手を出してきた。握手でも求めるかのように。
訳がわからないが、取り敢えずその手を応え、そして握った。
ゴツゴツした、大きな手だ。
そう思った瞬間。
手に、強烈な痛みが走り。
骨が、砕ける音がした。
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