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小説『生物失格』 4章、学校人形惨劇。(Future Preface 4)

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目次

Future Preface 4:破壊の美学。

 ――攻河中学校、終業式夏休み開始前日。
 時刻は午前8時半頃。初夏の日差しが燦々と降り注ぐ校舎前のグラウンドにて、『破壊屋』――かつて偽警察官・鎌川かまがわ鐡牢てつろうと名乗った男が、スマートフォンで通話していた。
「……なあ、おい」
『何だ、『破壊屋』』
話が違えぞ・・・・・
 『破壊屋』と呼ばれた男は舌打ちしながら、校舎を見上げる。その勢いで、顎から垂れた汗が、夏の熱気を吸い込む砂地をぽたりと穿つ。じきに乾いて元の砂地に戻るだろう。
『何のことだ?』
 男が素直にそう返すと、『破壊屋』は溜息を吐きながら答える。
「いやな。俺が完全に破壊するはずの、……えーと、攻河中学だっけか。それがもう殆ど完膚なきまでに・・・・・・・・・破壊されて・・・・・んだよ」
 『破壊屋』が不平を述べると、電話口の声は『ふむ』と声を上げる。
『本当に「完膚なきまでに」、なのか?』
「間違いねえ。まずもって、ここの学校は血の匂い・・・・がし過ぎる。この場に来たら誰でも分かるレベルでな。だというのに校舎は静かだし、警察官が来てる様子もない」
『お前は警察官じゃねえか』
「俺は偽者だよ」
 丁寧に返しながら、校舎に視線を移す。窓の所々に、赤黒い染みのようなものがべったり付いているのを確認する。誰がどう見ても、それは血だ。
 あまりにも校舎が静かだということも考え合わせれば、この学校の中にいる人間は、通報する間も無く皆殺しにされた、というのが妥当な線だろう――『破壊屋』はそう推測する。
「……ったくよォ」
 『破壊屋』は血の香る学校を前に、にたりと微笑む。
「この破壊をしたのは、どこのどいつだろうな? 1度会ってみたいもんだぜ、この惚れ惚れする・・・・・・破壊をした奴によォ」
『……お前の嗜好は分かりそうにねえな』
「分かる必要なんざねえよ。俺も好きでこんな嗜好になった訳じゃねえからな」
『……ま、それはそうか』
 そんな会話をしながら、『破壊屋』は犯人当ての思考を開始する。
 今電話している男――最近各地を賑わせている、連続ミイラ化殺人事件の犯人――は、明らかに違うだろう。まずもって自身で手を下すメリットが無いし、更に彼の力はミイラ化。すなわち生命エネルギーを吸い尽くして干からびさせる。血痕1つ残さず乾かしてしまうのだから、今回の様に盛大に血をぶちまけるようなことはあり得ない。
「……あー、一応聞くけど、お前じゃねえよな?」
『違うな。更に言えば、他のメンバー・・・・・・の誰にも依頼はしていない』
 そう言われて、『破壊屋』は思考を続行する。
 ――『術師』は、そもそも人を直接手に掛けない。人を操って他者を殺させるくらいはするかもしれないが、校舎1つ分を黙らせる程の膨大な力を使うメリットがどこにもない。
 『瞰隊』――あの3人組は? 思い浮かべて、これも直ぐに否定できた。彼らは契約外の動きは取らない――つまり、彼らを動かすには電話口の男が彼らと契約する必要がある。だが、『破壊屋』に学校の破壊を命じておきながら、別途『瞰隊』に殺人を要請するメリットがない(同じことは『術師』にも言えるだろう)。タダでさえ『死城』を滅殺する仲間が少ないのに、仲間割れを起こさせる意味など皆無に等しい。
「……確かに、そうだろうな」
『だろ? つまりコイツは――』

 ――外部の人間の仕業・・・・・・・・
 そう結論づけるのは、2人にとって容易かった。

「ま、そうよな」
 と、『破壊屋』は続ける。
「お前が手引きして別の奴にこの破壊をさせたとして、何の意味もねえ。そんな破壊には美学・・快楽・・も無えし、俺は、お前がそういうつまんねえ破壊をするとは思わねえしよ」
 ――『破壊屋』は、自らが苦しむ・・・・・・破壊を・・・するのは・・・・只の馬鹿だ・・・・・、と考えている。
 その嗜好を知る男は、受話器の向こうで苦笑した。
『……信頼されているようで何よりだよ、『破壊屋』』
 ともあれ、と男は本題に戻る。
『誰がその破壊をしたか、破壊の専門家から見てどうだ? 見当付きそうか?』
「まだ死体に出会ってねえから何とも言えねえし、死体を見たところで、犯人が絞れるかは謎だが」
 そもそも相手が『死城家』であるから、どこで恨みを買われていても可笑しくない。つまり、犯人候補者はこの世に無限にいる。街中を数歩歩けば犯人とすれ違う確率も十分高いに違いない。
 故に、刺殺や扼殺、銃殺というポピュラーな死因だった場合、犯人当てゲームとしてはほぼ詰みに近い。そうならないことを、『破壊屋』は祈っている。
『まあそれもそうか』
 と電話口の男も納得してから質問をもう1つ。
『で、他にはそこに誰かいないのか?』
「いんや、さっぱりだ」
 そう言いながらも、既に『破壊屋』の視線はある一点を向いていた。
 グラウンドに常設されている水飲み場。蛇口から出る水を両手で溜め、飲んでいる少女が1人。
 『破壊屋』は、その少女を知っている。
 『ノービハインド』――あの殺人サーカスの一件で見かけた少女だ。死城影汰の彼女である、ということだけは記憶していた。
 『破壊屋』は、彼女の存在を電話先の男に、敢えて報告・・・・・しなかった・・・・・
『そうか。なら良い』
 そんな隠し事をされているとはつゆ知らず、再び納得してから電話口の男は続ける。
『良いか。ここでのお前の目的は2つ。1つは、生き残りの徹底的な破壊だ。まずは死城のクソ野郎の、心理的な外濠を埋め尽くす。まあ、誰かさんのせいで殆ど達成されてしまった訳だが、万が一校舎に生き残りがいれば、ソイツを殺せ――その生き残りこそ、ヤツの精神の拠り所かもしれねえからな』
 ……鋭いねえ。
 『破壊屋』は、水飲み場の少女を眺めながら、心の中で微笑む。
『そしてもう1つ。その破壊を引き起こした犯人を見つけ出してくれ』
「ああ、無論だ――俺も、ソイツに会いてえからな」
 『破壊屋』は笑みを浮かべながら言った。いやに、悪辣な笑みだった。
 その笑みを声色から察したのか、男は溜息をつく。
『……戦うつもりか?』
「おお、勿論! ここで据え膳出されてるのに、お預けなんてナシだぜ?」
『……』
「な、頼むって。味見・・するだけだからよ」
『……味見だけだぞ。食い尽くすなよ』
「っしゃァ」
 『破壊屋』はガッツポーズを取る。そんな彼に男は忠告する。
『本当に頼むぞ? お前が使えると判断した場合は、仲間に引き入れようと思ってるんだからな』
「わーってるわーってる。心配すんな。俺はプロの破壊屋だぜ? 最低でも、使えるレベルには残してといてやるからよ」
『……分かった。なら、その場はお前に任せる。事が済んだら報告しろ』
「信頼されてるようで何よりだぜ」
『信頼はしてるが心配ではあるけどな』
「違いないかもな、自分で言うのも何だが」
 また連絡するぜ。
 そう言って『破壊屋』は通話を切り、スマホをポケットに仕舞う。
「よし……コッチはどうにか・・・・・・・・、だな。後は――」
 目の前のコイツは、どうしようか。
 『破壊屋』は三度みたび、水飲み場にいる少女――火殻ほがらかなに視線を向ける。彼女は既に水を飲み終えているのか、ただ顔を伏せていた。考え事でもしているのだろう。
 だが『破壊屋』は、その考え事に全く興味がなかった。別のことを考えながら、カナのことを見つめている。

 正しく、その時だった。
 突如、校舎の窓が割れたのは。

 驚く『破壊屋』の目に映るのは、ガラスを撒き散らしながら人間が3人飛び出し、グラウンドに着地する様だった。
 血塗れの彼らは、目に光が宿っておらず、うわごとの様に「あー」とか「うー」とか声を上げていた。
 『破壊屋』は、彼らを見て思う――まるで、映画にでも出てくるゾンビ・・・の様だと。
「……へえ」
 『破壊屋』は感嘆の笑みを漏らしながら、見ている。
 カナを襲う、ゾンビ達の様を。


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