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逆噴射2022ピックアップ

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背番号74の叫び

 ミイトキーナの曇り空を、手榴弾が飛んでいく。黄色いから、連合軍のMKⅡを稲尾が投げ返したのだ。どんなに疲れ果てていても、MKⅡが敵陣のど真ん中へ飛んでいくのを見ると、ぱっと心持ちが明るくなる。俺も少しでも力にならねばと思って、塹壕に屈み、九九式のピンに指をかけた。  稲尾がいる方向から爆音が轟いたのは、その時だった。  稲尾は職業野球の選手だった。 「選手は徴兵されないやろう」 「そんなご時勢じゃなくなったんだよ」  野球もお役に立つってことを示さないと、と稲尾は笑った。

ティターニア

 佐々がピアノを鳴らすと、「ド、レ、ミ」と透き通った声が響いた。  ずいぶん前だが、佐々は彼女と地獄へ行く覚悟を決めた。小柄で、儚げな印象を覚える顔立ちだ。大雨の中、駅で立ちすくむ彼女に名刺を差し出せたのは偶然ではないと信じ込んでいる。  佐々が運営しているピアノ教室の生徒は少女一人。音大を出たものの、とうとうピアニストにはなれなかった。周囲をうろつくだけの亡者だ。 「次は【翼】を使いながら」  少女は着ていたワンピースをためらいなく脱いだ。下着姿の背中には、恐竜を思

地獄に覚者あらば塹壕に救世主あらん

「以上で今回の診断は終わりです。ゼラ様、お疲れ様でした」 質問をする尼僧、膝に乗って瞳孔の反応を見る尼僧、瞼を固定しながら点眼薬の投与を続ける尼僧から解放された狩人は眼球が裏返るような激痛に悶絶しながら椅子から床へと転がり落ちた。こんな仕打ちに耐えているのも、ひとえに石火矢に込める「鉄」を使い果たしてしまったせいである。「鉄」が欲しければ伯爵の使者に逆らってはいけないのだから。 「我々の計算によれば、寿命で死ぬまで今の暮らしを続けた場合のゼラ様の来世は原生動物、ともすれば

リビングデッドの魂

 鼓膜を突き破るような轟音で、弾丸は『能無し』の頭部を破壊した。  人形の様に倒れる男の体を見下ろして、十二歳の少年は深く息を吐く。 「残念でしたね、坊ちゃん。小遣いで何とか雇った護衛なんでしょうけど」  少年の目前には、鋼鉄の右腕に拳銃を握った大男が立っている。  機械の義手だった。最新鋭の機械腕は拳銃ともリンクしており、自動補正される銃口は、並みの人間とは比較にならない精度で対象を睨む。  先刻は役立たずの護衛の頭。そうして今は、少年の頭。逃げる術が無い事を悟りながら

魔法使い 童○ 何歳まで [検索]

 もう随分と心の乱れを感じることもなく、安心して一緒にお仕事ができるようになって。 「何しろ、私には何もできませんからね」  こうして寝顔を見守るくらいのことしか。何か欠片でも伝えられたらいいのだけれど。 「ょいよ、またうちのにつきまとうてからに」 「!」  聞き覚えのある声が虚空から響いた。 「またあなたですか、お久しぶりですけど相変わらず感じ悪いですね」 「あんましイイ気になんなや、物に憑いとる付喪神風情が」  自称・背後霊。本当に賢しく美しい彼のご先祖様かどうかは知っ

little blackbird

大野頼雄は喧嘩っ早い性格で誰彼かまわず殴りかかり人生の大半を棒に振ってきたが、本人は背骨が一つ少ないせいだと思っていた。 彼は何か心に引っかかることを言われると頭で咀嚼する前に過剰反射してしまい気づくと相手が血まみれで【ああ俺の一つ少ない背骨のせいだ】とぼんやり思うのだった。 医者に聞いたところ、そんな因果関係は無いと一笑に付され半殺しにしてしまったが、彼の中では背骨が少ないことが自分の性格を決定づけているとイコール関係が成立しており他の介在をはさむ余地などなく、それもま

子育てエルフ千年の戦い

 尖った耳の先が、まだ「音」にはならない振動を知覚した。ラジは砂まみれの寝台から身を起こした。砂漠の向こうに明け方の青白い空が見え、その端に小さな埃の塊のような土煙が見える。ラジは美しい顔に浮かぶ表情をまったく変えず、あれが全速力で走っているとしても、ここに着くまでに半時は掛かるはずだと計算した。  計算しながら彼の身体はほとんど自動的に起きて動き出していた。棚から煮沸済みの哺乳瓶を二つ取り、タンクのヤギ乳を注いで吸口を取り付ける。熾火になっていたストーブに薪を足し、その上

埠頭、腎臓、スーパーチャット

結婚式に乱入して、サウンド・オブ・サイレンスを流しながら、愛する女とバスに乗り込むなら格好がつくが、俺は何もかもが違った。 今いるのは子どもの玩具のようなコンテナが並ぶ真夜中の埠頭。盗むのは死体。イヤホンから流れるのはVtuberの雑談配信。 これから命をかける相手は、美少女の皮を被ったおっさんだ。 倉庫から中国語の混じった怒声が聞こえた。 俺は緊張を紛らわせるため、生配信の音量を上げる。港のWi-Fiは弱く、何度も動画が止まって苛ついた。 「スパチャありがとうござい

ビーイング・ドローイング・ビューイング

 手元にはiPhoneで撮影した空の絵。俺は模写に入る。が、集中力は二十分が限度だ。雲の輪郭が掴みにくく、鉛筆で雲を表現するのは思った以上に難しい。 「何やってんの?」と声をかけたのは俺の同居人だ。 「お前を金にする方法」と向き直る。ジャージ姿の少女が壁際に座っている。見たところ女子高生だが透明で、体が透けている。幽霊だ。 「いくら読経してもお前って消えないだろ。なら、ヌードでも描こうと思って」 「やめてセクハラ!」  少女がふくよかな胸を隠した。正直、たまに目がいくの

フルニエ著『アウゲイアス王の家畜小屋における不快な虫けら共の断罪と救済についての悲喜劇(全三幕)』をめぐる悲喜劇

「ヘラクレスの12の難行を全部言えるか?」 言えないだろ、という言外の意図を内包したミトさんの質問にコナチはあっさり答えた。 「言えますよ」 当然でしょと言わんばかりの口調にミトさんが明らかに不機嫌そうに黙る。そりゃコナチなら言えるだろう。ギリシャ語の原典を読めるくらいなんだから。しかし空気は読めない。 「いや、言えないすね。獅子退治とヒドラ退治くらいは覚えてますけど」 とりつくろうようにおれがそう答えるとミトさんは少し機嫌を直した。 「それが普通だな。微妙なのは忘れられる。

新地之三郎翁葬別ノ儀

 数刻前まで命を残していたものは、浅黒く光沢する煮凝りと変じていた。 「臨終ですな」  傍に坐した大小の影の大の方、医業着の巨漢が触診の手を引く。吐息一つ。牙の覗く口で微笑み、鼻の上の単眼を細めた。 「よう辛抱したの。おかげで御坊が間に合うた」  小の影が微かに頷く。頭髪も眉も睫毛も無い漂白色の細面の痩躯が、芯の通った座相で侍り、掌内の数珠を軋ませる。  茫、と手燭の蝋燭が朽ちた畳に影を生む。向こうの闇には幾重もの気配――巨躯のものも矮小のものも、姿形定かならぬものも。着衣の

やがて去り行く者へ

自動販売機が犬を撃ち殺した。 「ありえない」 後白河が呻いた。後醍醐も同意見だったが、現実はときに想像を超える。 現に、5.56mm弾を秒間15発発射できる自動販売機が全国に普及し、12㎡に1台が稼働している。社会はとうにイカれた。犬を撃ち殺すこともあるだろう。 あるだろうか。課長の後醍醐も、同行の後白河も、そうは思えなかった。常識的に考えて、ありえない。 「可能性1、当該ポ防機(ポイ捨て防止機能付き自動販売機)は故障し、無差別に発砲した」 「当該ポ防機は選択的に犬に

ディルド物語

預言の子であるジョイジョーイの左腕には、細工の美しい腕輪が三本。 彼とエルフの間に生まれた子が、男子なら唯一世界を救える大賢者となるが、もし女子なら世界を滅ぼす魔性のものとなる。世界は二択で滅ぶ運命だ。 彷徨える塔の預言は、決して間違えない。 「腕輪によって命ずる!どうしようもなく発情しろ!」 「いきなりかァ!!」 腕輪の一本が金の砂になって崩れるのと同時に、敬虔なるエルフの女騎士、ロロイは顔を赤くして座り込んだ。 「フウ…ッ…貴様、龍さえ従える、貴重な隷属呪を…バカな

インタヴュー・ウィズ・ハイオーク・ミックス

 彼のことは仮にジョナサンと呼ぼう。私達の言葉で彼の名を発音することはとても難しい。  ジョナサンは手早く火を起こす。鉄帽子を取ってひっくり返し、焚火に掛ける。切り分けた軍馬の肉を帽子の中へ放り込む。肉の焼ける臭いが広がって大気に混じる。離れたところで燃えている家々の煙と同じように。つい一時間前まで此処は戦闘状態だった。ジョナサンの所属する傭兵団が勝利したのは真夜中だった。  ジョナサンは荒野に灯る火を使い、死体から剥いだ兜を鍋代わりにし、死んだ馬の肉を焼き、乾燥させた香草と