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きみのことが可哀想

 

 だれも気づいていないけれど、ほんとうは、きみが特別可愛いものが好きだってことを知っている。ヘアゴムの留め具はよく見ると花柄が入っているし、パンプスに隠した両足のペディキュアだって蛍光のピンク色だ。しかし、残念なことに、それらはどれもほんの少しだけ可愛すぎていた。きみの容姿と言えば長身でスレンダー、黒髪のロングヘアーに切れ長の一重で、おまけに今年の春から新規プロジェクトリーダーに抜擢されるほど、周りと比べて仕事もできた。もはや、上司のだれもがきみのことを女だなんて思っていない。そのことをきみも自覚しているから、今日だって白のシャツにネイビーのパンツを履き、首にはゴールドのネックレスを垂らしている。ちっとも好きじゃないそれを指先でつまんでは弄び、冷めたコーヒーを飲みながら、ほんとうの自分について考えている。
 先週末のセールに出かけたとき今着ている白のシャツの他に、きみは同じかたちのピンクも試着した。鏡の前で合わせたとき、明らかにピンクを合わせたときのほうが嬉しそうだったって言うのに、きみが最後にレジへ持っていったのは白のシャツだった。一体、なにがそうさせてしまったんだろう。

 きみのことが可哀想だよ。

 だれにも可愛いって言われないのは大した問題じゃないけれど、その結果、きみがほんとうに好きな色じゃなくて、白や青ばかり選んでしまうことがいっそう可哀想にさせるんだ。一昨日の会議の途中でもプロジェクトの進行に関して半ば言い合いになったとき、きみがあまりに悔しくて今にも泣き出しそうだってこと、あの場にいた人のうち一人も気づいていなかったよ。だって、だれもきみが泣くなんて考えてもいないからさ。きっと眉でも険しく寄せているんだろうと思いこんで、ろくに顔なんて見ちゃいなかったよ。

 ね。わかるよ。
 ほんとうのきみはネイルに石を乗せたいし、ラメだって入れたいんでしょう。紫色の羽のついたボールペンで書類を書きたいし、スクリーンセイバーにいかにも小学生の女の子が好きそうなキャラクターを設定したいんだ。でも、シャツを買いに出かけたとき、一緒にいた男がどちらの色がいいか聞かれて、なんの迷いもなく白を指差したように、きみの周りはそれを受け入れてくれない。まるで可愛らしい色を着る選択肢は、世界中できみだけにはないって言うみたいにさ。だから、きみはあくまで愛想よく微笑んで、ピンクのシャツをさっとラックに戻したんだ。でもね、そういうことならそもそも尋ねる相手を間違っている。だって、あの男は実のところきみのものでもなんでもなくて、日曜日の午後には自分の子供と公園でサッカーをして遊んでいる人なんだよ。
 だれでもいい。
 だれか一人でもきみが可哀想なことに気づいてくれればいいのに、そうじゃない世界であることをとても残念に感じる。だれも言ってくれやしないけど、きみは少女のままでいい。きみだけが、きみの味方をしてあげたらいいんだ。だからいつか躊躇いなく、それを選べるようになればいいね。

 可愛くないきみは可哀想だ。
 可愛くなれないきみが、とても可哀想だよ。


 

 

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