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JUST LISTEN TOGETHER

いつものようにApple Musicで音楽を聴こうとした。仕事の後半に、気合を入れてリフレッシュしようと思った矢先。

左のように真っ暗な画面が現れた。突然。驚いた。しかも英語。

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先週、ミネソタ州ミネアポリスで起きた白人警官によるアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドの殺害事件。音楽業界が呼びかけ、「ブラックアウト・チューズデー」というキャンペーンが行われている。
SNSもiTunesも黒一色。ジョージ・フロイド事件を受けて音楽業界が「ブラックアウト・チューズデー」を実施

事件発生後、SNSではミュージシャンや音楽業界関係者を中心に、「#TheShowMustBePaused(ショーは中断しなければならない)」というハッシュタグが誕生。
「仕事から離れ、ブラック・コミュニティと再び繋がる」との思いが込められており、音楽業界幹部らが発起人となり、6月2日に大規模なストライキ「Black Out Tuesday」を実施する動きが広がった。
SNSが黒く染まる。広がる「Black Out Tuesday」とは? 黒人差別に抗議、米音楽業界で大規模なストライキ実施へ | ハフポスト

ここ1~2週間は健康のためにTwitterから離れていた。全米が震撼しているらしいこの事件は、ニュースアプリを通じてなんとなく知っていた程度だった。

この真っ黒な画面、そして「Listen Together」という赤いボタン。これを見て、いろいろな感情が巡った。「iPhoneがバグったのではないか」というパニック、「せっかく仕事を再開しようと思ったのに」という怒り、そんな自己中心的な感情に気づいた自分への恥ずかしさ、事態を把握して冷静に英文を読もうとする焦り。

「Listen Together」ボタン

「Listen Together」というボタンを押すと、Apple Musicの看板インターネットラジオ「Beat1」へつながる。6/2(火)すなわち「Black Out Tuesday」の間、このラジオはブラックミュージックをひたすら流し続ける。

今まで自分で追加してきた音楽は「ライブラリ」から聴けるし、検索すれば好きな曲は選べる。実際には「Listen Together」を回避してもよい。しかし「For You」「見つける」「Radio」の機能が使えず、代わりに唯一できるのは暗さや力強さをしばしば伴うヒップホップやR&Bやソウルやレゲエ、そしてブラックルーツのポップをひたすら聴くのみ。

「For You」「見つける」「Radio」の共通点

これら3つの機能の共通点は何か。それは自分好みの曲を勝手に選んでくれたり、いい感じの最新ヒットや話題の曲を選んでくれる機能だ。いずれも「自らの意思で選曲したくない」「認知コストをケチりたい」という脳が衰退した消極的な人類(すなわち私)のための機能である。

TechCrunchの記事はこのことを「何を聞いたらいいかわからない人たちのためのメインストリーミング・ミュージックサービス」と評している(Beats 1ラジオを数時間聞いてみて驚いたこと | TechCrunch Japan)。

いろいろ考えすぎて、もはや自分で曲を選ぼうと思わなくなった。仕方ないので(何が仕方ないのかわからないが)「Listen Together」を押して、ブラックミュージックを流れるままに聞き流していった。普段は積極的に聴かないブラックミュージック。まともにリスニングできず、ただグルーヴに委ねるのみ。不思議と心地よくなってくる。

時折聞こえるDJ(Zane Loweという人物らしい)は、何言っているかわからない。トークだけなぜかAMラジオ並に音質が荒々しい。時々曲にかぶってきて図々しく喋りたくっている。しかしその勢いは本物で、全世界のApple Musicユーザーを牽引し勇気づけている。Beat 1 Radioの「レペゼン」にふさわしい。

しばらく、実際には曲を選ぶ自由も選択肢もあるのにもかかわらず、半強制的に呆然としたまま「Listen Together」の曲達を聴いていく。少しずつ腑に落ちてきた。

選択肢がない。これが差別でありMatterだ

つまりこういうことだ。

・自分がお金を払い自由に使う権利を持っているはずのApple Musicが、突然真っ黒な画面になる(暴力)
・そして唯一「Listen Together」というボタンのみが表示され、それを”自らの意志で”押すことを強制される(権力への服従)

セレブリティ(およびその気取り)は、火曜日がその火曜日であるうちにFacebookやInstagramに真っ黒な画面を投稿することで、自ら持っている(と自惚れる)高貴な義務を果たしたことになるだろう。

しかし差別を受ける理不尽さには、選択肢がない。権力には「そもそも差別を目撃せずに済む権利」「差別を見て見ぬ振りできる権利」「権利要求のために怒りで品位を落とす必要のない権利」「権力を自覚せずに済む権利」が含まれているように思う。「あえて自ら選んで差別を受ける側に立つ権利」だってある。

さて、自分はどうか。Apple Musicにお金を払って「音楽聴き放題の権利を得ている」自分は、紛れもなくセレブリティ気取りだ。そういう意味で。

人種差別というのは、米国における社会の「あらわれ」である。これを「結果」と片付けるには乱暴だしデリケートさに欠ける。しかしその根っこは日本人の我々にも他人ごとでない。

差別は構造が生み出す。構造が人間を「被害者」と「加害者」に分けて断絶する。多くの場合、何らかのルートで家庭や地域や集団の貧困にたどり着き、その貧困が下の世代に再生産される。目に見えて叩きやすい加害者や被害者といったヒトも「あらわれ」だ。米国ならそれは人種であり、日本にも同様の構造はある。

今回の被害者であるアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドは、単に「死者1人」という統計に留まらない。それを超越した意味として、「私もああいう目に遭いかけた、殺されかけた」という億の積み重なったエピソードに支えられているのだろう。人種はもはや関係ない。

#TheShowMustBePaused

#BlackLivesMatter

Tue, Jun 2, 2020
藤原 惟

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