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シロツメクサ|2|

街はあっという間に夜に飲み込まれはじめていた。

目の前の窓ガラスには自分の顔がはっきりと映っている。

厚みのある下唇。顎に乗った柔らかい肉。目の下まわりは余計にいつもより落ちくぼんでいるように見える。収まりどころなく、漂う生え際のくせ毛。土気色の肌。街のあかり。コントラスト。

どれも見たくない。リンは窓を背にしてもたれかかった。

車内に充満している人々、とりわけ高校生たちの姿がばかりが目に入った。リンはジン・リーを目で探した。リンとジンの間には何人もの人が立ちはだかっていて、ここから見えるのは彼の薄い肩をふんわりと覆っている白いシャツだけだ。

 ージン・リー聞こえる?ー

リンは呼びかけた。

 ーうんー

 ーわたしたち、すごく離れてるー

白いシャツがピクリと動いたような気がした。

 ーわたしたちこのまままた離れ離れになっちゃうの?ジンー

スーツとか、ジャケットとか、素肌とか、カバンとか、そういうふたりの間に立ちはだかっているモノたちにこのやりとりが悟られないように、リンは何食わぬ顔で路線図を見上げた。

ーあしたー

ーなに?ー

ー明日、きっとまた君の前に現れる。

ー本当?ー

ーそしたら僕と君はもう今までの僕たちじゃない-

ーうん。そうなれば色んなことが一気に分かるんだね?ー

リンの呼びかけに、ジンは答えなかった。

リンはもう一度振り返り窓ガラスと向かいあった。
 
分からないけど明日なんて来ないような気がした。

このまま永遠に夜が深まり続ければいいのに。リンはそう思った。

#小説 #電車 #シロツメクサ

 

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