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【デジタル小説】スクラップ・カフェ

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クリスマスイヴ――年に一度、街に戻ってくる男が訪れたのは、忘却の香りのするカフェだった……
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『スクラップ・カフェ』目次

『スクラップ・カフェ』目次

クリスマスイヴ――年に一度、街に戻ってくる男が訪れたのは、忘却の香りのするカフェだった……

ちょっと不思議なクリスマスの物語。

第一章(1) (2) (3) (4) (5) (6)

第二章(1) (2) (3) (4) (5) (6)

第三章(1) (2) (3) (4)

原案:K.Katagiri
ロゴ案:Y.Masuda
制作:Skymoru

『スクラップ・カフェ』第一章(1)

『スクラップ・カフェ』第一章(1)

こんな日は、まっすぐ家に帰るべきだろう。

そう思いつつも、私はこの街に戻ってくると、決まってあの店を探してしまう。

きらびやかなネオン
浮かれ騒ぐ若者たち
歩いても歩いても、どこまでも続く華やかな喧噪……

道沿いに並ぶ店からは、同じテーマの音楽が絶え間なく流れてくる。ポップスもバラードも、どれも聞き覚えのあるクリスマスソングだ。

キリストの降誕を祝う世界的宗教行事も、この国では、家族や仲間

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『スクラップ・カフェ』第一章(2)

やっぱり。
見つけた。
珈琲専門店『スクラップ・カフェ』

方向音痴ではないはずなのに、毎年毎年、この店を見つけ出すのに苦労する。駅前広場の一角に、その西洋館は堂々と建っているというのに、なぜかすぐには見つからないのだ。

不思議――

という言葉を使うのは、下手な言い訳かもしれない。けれど、おかしなことは、それだけではない。
今宵はどの店も満員御礼で、たった一杯の珈琲を飲むためだけに何時間も待た

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『スクラップ・カフェ』第一章(3)

「何にいたします? 当店では、ここでしか味わえない特殊な豆を各種用意してございます」

若い店主は片手を高く上げ、天井から棚状にぶら下がる数多の珈琲豆ボックスを、自慢げに示した。

店の上部空間を余すところなく埋め尽くしているこの箱には、すべて違う豆が入っているらしい。

「じゃあ、ブレンド」
「は?」

メガネの奥で、彼の目が丸くなる。
律儀そうな細面の顔には、困惑の色が浮かんでいる。

「あの

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『スクラップ・カフェ』第一章(4)

考えなしに頼んでしまうのは悪い癖だ。
珈琲店ならその店独自のブレンドがあり、それを一番の売りにしていると思い込んでいた。

​けれど、ここ『スクラップ・カフェ』のマスターにとって、豆を混ぜ合わせ新しいテイストを作り出す行為は、許しがたいことなのだ。

「お客様、大声を出してしまい大変失礼いたしました。ですが――」

「はいはい、わかっていますよ」

​私は穏やかに微笑み、頷いた。
バツが悪そうに言

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『スクラップ・カフェ』第一章(5)

「お客様は、この曲がお嫌いなのですか?」

不思議そうに尋ねるマスターに、私は苦笑した。

そう……この流れ。

去年も、その前も、この若い店主は首を傾げて同じ口調で尋ねるのだ。

「いえ、家族を思い出すのです。家に帰ると、いつもこの曲がかかっていたものですから」

​私は、毎年毎年、同じ話をマスターにしている。初めて聞くような顔で、彼はじっくり耳を傾けてくれるのだ。

だから私は甘えて話してしま

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『スクラップ・カフェ』第一章(6)

「なるほど、わかりました」

​マスターはパチンと指を鳴らし、曲を止めた。

​「お客様にぴったりの珈琲が、今、浮かびました。お任せいただけますか?
きっと、お気に召すはずです」

​私の返事を待たずに、マスターは珈琲豆を選び出した。顔をあげ、空中にずらりと並んだボックスのひとつを、迷うことなく指さしたのだ。

​どういう仕掛けかわからないが、並んだボックスがパズルのように動き出し、選ばれた一箱が

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『スクラップ・カフェ』第二章(1)

『スクラップ・カフェ』第二章(1)

「いらっしゃいま……おや、これは珍しい、ずいぶんお若いお客様でいらっしゃいますね」

「若くないよ。中学生だもの」

​ムカつく言い方をされたから、ついムキになっちゃった。どうせ小学生に見えたんでしょ? 別に珈琲飲みにきたわけじゃないのに。

​それにしても……なんで客がいないんだろう。
ぜったい待たされると思っていたのに、これじゃあ、何か頼まないとだめじゃない。

「ご旅行ですか?」

わたしの

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『スクラップ・カフェ』第二章(2)

「今宵は一年に一度、大いにどんちゃん騒ぎをして湯水のようにお金を使う日ですね」

​なにそれ。

​「と、<神様>がおっしゃってます」

「カミサマ? いったい、どこの神様よ」
「<神様>は、世界中のありとあらゆることをご存じなのですよ」

​このひと胸張ってニコニコしてるけど、それってネットのことだよね?

​「ところでお客様、ご注文は?」

​あ、やっぱり聞かれた。
そうだよね、大人にとって一

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『スクラップ・カフェ』第二章(3)



「いえいえ、お客様にぴったりの珈琲は、<神様>ではなく、私が選ぶのです」

だって。

「ここにある豆のことはすべて把握しておりますし、お話を伺っているうちにピ~ンとひらめきまして――」

聞いてないのに、このひと、自分のことをペラペラしゃべり出した。まあ、時間つぶしにはいっか、と聞いてあげてたのに、すぐに語り終えちゃった。

だって、この店のマスターだってこと以外、自分のことは何も覚えていな

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『スクラップ・カフェ』第二章(4)

わたしにはパパがいない。
でも、一年に一度、クリスマスイヴにだけ帰ってくる――

「パパが家にいないのはね、遠い国でお仕事をしているからよ」

​わたしはママの言葉を信じてた。
だから、一年に一度しか帰ってこられないんだって思ってた。

それが嘘だとわかったのは、いつだろう……

ママの言う遠い国は、空の上。
だから、イヴに帰ってくるのは、本当のパパじゃない。

あなたは誰?
ママの恋人? それと

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『スクラップ・カフェ』第二章(5)

「なるほど、それはおかしな話ですね。それでしたら、聞いてみましょう」

​わたしは振り向いた。
大きなモニタに『このパパは誰?』って検索画面が映ってる。
ただそれだけでわかるなら、ほんとに神様なのかもしれない。

なんて……あるはずないよ。
検索はいつまで経っても終わらない。

​「おかしいですね」なんて言ってるけれど、おかしいのはあなたでしょ。ちょっとでも期待した、わたしもおかしい。

​「いい

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『スクラップ・カフェ』第二章(6)

にやりと笑った顔を見て、わたし、気がついちゃった。
そっか……ここがそうだったんだ……

​ネットで知った秘密のお店。
どこにあるのか、誰も知らない。
噂では、クリスマスにだけ開くとか。
その店にたどり着けるのは、特別な思いを抱えた者だけ。
だからきっと、わたしなら見つけられると、そう思ってた。

わたしには、甘くて優しいとびきりの思い出がある。
でもそれは、嘘で飾った偽の記憶。

その心地よくも

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『スクラップ・カフェ』第三章(1)

『スクラップ・カフェ』第三章(1)

「いかがです? お客様。
幼い娘が、一年に一度帰ってくる父親を待つという甘い香り。けなげに待ち続ける心は、実に気高くコクがあります。
しかし、気づいてしまった真実が、その風味を一変させて、最後に舌に残るのは青臭い苦味……
ひとの記憶ほど贅沢な嗜好品は、ございません。どんな小さなエピソードにも、そのひとだけの心の秘密が、溶け込んでいますからね」

​マスターは、私に入れた珈琲と同じものを味わいながら

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